外交再点検

特別編 対ベトナム経済協力の新時代

北野 充
コンサルティングフェロー

今、ベトナムを舞台にして、いくつもの新しい取り組みが始動している。

「最前線業務」とわれわれハノイの関係者が呼ぶこれらの作業は、いずれも東京の支援を受けつつ「現地発」で行われている作業であり、ここから、日本の開発援助、経済協力のこれまでの枠を破る構想が生まれ、国際社会への貢献・発信がなされ、内部の改革プログラムが進められている。

これらのうち、あるものは日本の開発援助全体におけるパイロットケースとされ、また、オールジャパンで対外発信する際の重要な一翼を担い、また、国際的な援助コミュニティーから注目されるに至っている。

日本のODAについて、「金額面での貢献のみならず、知的リーダーシップを」と言われて久しいが、こうした新しい取り組みは、日本のODAに従来の「金額」のみならず、「主張」における存在感をもたらしつつある。

Ⅱ 投資環境の飛躍的改善

この「最前線業務」を順に見ていこう。まず、投資環境改善のための「日越共同イニシアティブ」が挙げられる。

「投資」は、開発における新たなキーワードになりつつある。今、開発に関する国際的な議論の中で、投資を含め、成長を生み出すものの役割の重要性が注目されつつある。このような中、本年4月、ベトナムのファン・バン・カイ首相が来日した際、小泉総理大臣との会談において、投資環境改善のための「日越共同イニシアティブ」の立ち上げが合意され、早速、経団連会館において、この第一回日越合同委員会が開催された。

この構想の発端は、昨年12月の対ベトナム支援国会合に遡る。服部則夫駐ベトナム大使は、会合の冒頭のセッションにおける演説の中で、ベトナムと広東省の状況を比較し、ベトナムは、危機意識を持って、投資環境を飛躍的に改善させて行く必要があると説いた。そして、その具体的改善策を進めるために両国での共同作業を行う用意があると提唱した。この構想が本格的に始動する段取りとなったものだ。

政策・制度に関わる問題、インフラの未整備など、投資環境の改善のためには、さまざまな課題があるが、本年末までをタイムターゲットとして、官民合同かつ日越共同で検討を行い、行動計画として具体的な措置をまとめていく予定である。

この共同作業は、ODAの技術協力として行われるが、政策・制度の改善をODAで後押しする役割をできる限り推し進めてみたい。行動計画の実現にODAを役立てる考えであり、ODAが貿易や投資を活発化させることにより、経済全体のレベルアップを果たすとのチャネルをフルに機能させたい。そして、これらを通じて、競争力の強化による成長促進に役立てていきたいと考えている。

Ⅲ 新世代の国別援助計画

次に、「国別援助計画」の見直しの作業が挙げられる。

国別援助計画には、ODA改革の中核としての任務が与えられているが、ベトナムはその中のパイロットケースとなっている。

国別援助計画は、これまで、15カ国について策定されており、ベトナムについても、2000年に策定されたものがある。しかし、この各国の国別援助計画には、さまざまな課題や問題点が指摘されてきた。「なぜその国に援助するかの考え方が十分示されていない」「その国の開発課題についての分析が不十分」「重点分野が総花的で、どの国についても同工異曲」といった指摘である。

2002年6月に外務省に設置された「ODA総合戦略会議」は、こうした指摘を踏まえ、援助をより戦略的に意味のあるものにすべく、国別援助計画の策定・見直しを重点事項とし、まず、ベトナムからこれを着手することとした。作業のやり方としては、同会議委員の大野健一教授の参加を得つつ、現地を中心とするオープンネットワーク方式という方式が採用された。

2002年8月、作業が開始された。われわれ現地の大使館、JICA、JBIC、更にJETROが中心となって、骨格の案を作り、大野教授と意見交換をして練っていく。関係省庁、NGO、研究者の方々と討議し、その経緯を外務省ホームページ上で公開し、一般の方々からも意見を頂く。こうした作業を通じて、この3月には全体のエッセンスを示す「ショートドラフト」を作成した。9月には完成版を作るべく作業を進めている。

こうした作業を行うに当たって、われわれ「現地タスクフォース」には、現状追認型の作業を行うという発想は全くなかった。むしろ、ベトナムが「新世代」の国別援助計画を作るパイロットケースとなったという「チャンス」を生かし、われわれ自身も克服しなければと思っている日本の援助の課題の総ざらえをし、改革のプログラムを作っていきたい。そう思って取り組んできている。

ベトナムへ援助することで、どのような国益を実現しようとしているのか。援助の全体の規模を考える際に、政策・制度の状況を考慮に入れなくて良いのか。援助の重点分野をどう考えるか。どうやって要請主義を越えた対話型の案件形成に転換していくか。このような論点を突き詰めることによって、これまでの日本の経済協力の枠を越える新機軸を盛り込んでいきたい。

Ⅳ 手続きの調和化により効率的援助

三番目に、援助手続きの調和化についての取り組みが挙げられる。

「途上国の政策・制度に合わせた援助を。」ローマで開催された調和化ハイレベルフォーラムについての本誌5月号の寄稿記事で指摘があったように、国際的な援助の「ゲームのルール」は変わりつつある。援助を効率的に実施する観点から、各国の援助手続きの調和化にどう取り組むかが国際的な援助界の大きなテーマとなっているが、ベトナムは、前述のローマの会合における、オールジャパンの対応において、重要な役割を担った。

ローンの分野では、JBICがベトナムにおいて世銀、ADBと行っている手続きの調和化努力を報告し、意欲的な先行事例との評価を得た。また、グラントの分野では、JICAがベトナムで行った手続きコストについての調査を報告し、貴重な作業と認められた。

この援助手続きの調和化の議論に対しては、援助スキームの見直しを求められるとの観点から、防御的に対応すべきとの議論も国内には多い。しかし、大事なことは、ドナーとしてどうすれば効率的な援助を行うことができるかについて真剣に取り組み、国際的に主張すべきは主張する(「外への参画」)と共に、改善できるところは改善していく(「内なる改革」)ことである。

このような作業は、ローマの会合で終わるものではない。今後の「ローマからの道」は、実践の道である。それぞれのスキームにおける改善の実践が問われると共に、各セクターでの日本の援助を被援助国の開発戦略・計画にどのように効果的に振り向けて行くかの実践が正念場になっていく。

Ⅴ インフラの役割を国際的に発信

「最前線業務」の四番目としては、インフラの役割の的確な把握・認知を得るための発信の作業が挙げられる。

「ベトナムでの動きは注視していきたい。」本年1月の世銀のウォルフェンソン総裁が訪日した際の言葉であるが、これは、ベトナムの貧困削減戦略文書(PRSP)である「包括的貧困削減成長戦略(CPRGS)」の拡大を目指した日本のイニシアティブを念頭においた発言であった。日本は、昨年12月の対ベトナム支援国会合において、CPRGSに大規模インフラが経済成長と貧困削減に果たす役割が十分に盛り込まれていないのでこれを改善し、CPRGSを拡大して行くべきであると提案を行い、これが支持を受け、現在、ベトナム政府を中心として作業が進行中である(本誌3月号参照)。

塩野七生氏の「ローマ人の物語」を例に引くまでもなく、インフラの整備は国家の礎石であり、まして国造りの道程がまだ進んでいない途上国におけるインフラの重要性は極めて大きい。

ところが、近年、開発を巡る国際的な潮流の中で、インフラは影の薄い存在となっていた。貧困削減を開発の究極の目標とする考え方の中、社会セクターへの投入を重視する考え方が強まり、また、民営化重視の傾向の中、インフラは民間資金で整備できるとの考えが広まった。

しかしながら、貧困削減を進めるためには経済成長が重要であることは当然であるし、インフラの整備を民間資金のみに頼ることができないことも明らかである。

ベトナムにおいて日本のイニシアティブでCPRGS拡大についての作業が進行している一方で、世界の援助コミュニティーでは、成長の重要性、インフラの役割の重要性に再び目を向けようとする動きが起こっている。そのような流れにあるからこそ、ベトナムでの日本のイニシアティブは注目されている。日本が重視するアジア型開発モデルの意義を定着させるためにも、この作業をしっかりとやり遂げていく必要がある。

Ⅵ 成長促進に向けて各種手段を

これまで、四つの「最前線業務」を紹介してきた。これらは、バラバラな動きのように見えなくもない。しかし、我々が頭に描いているビジョンを下に「接線」を引いてみれば、「根」の部分でのつながりが見えてくる。

まず、どのようにベトナムの成長促進に寄与するか、との「接線」を引いて見てみよう。

ベトナムは、国際競争が激化する中で、一段高い経済成長の軌道に乗ることができるか、あるいは踊り場で立ち止まらざるを得ないかの岐路に立っている。その中で、力強い経済成長を果たしていく上で決定的に重要になるのが対外直接投資を呼び込み、それを起爆剤として経済活動の有機的な結びつきの高度化を図っていくことである。

対外直接投資の呼び込みの課題としては、ソフトウェアの障害と、ハードウェアの障害がある。前者は政策・制度の問題であり、後者は未整備なインフラの問題である。日越共同イニシアティブは、この双方を、「投資環境の整備」の問題と捉えてハイレベルを巻き込んで前進を図ろうとするものである。

更に、政策・制度の問題については、国別援助計画において検討中の援助の全体規模を考える際に政策・制度の状況を考慮の一要素に組み入れる仕組みが改善の一助になろう。これは新しい試みであるが、政策・制度が良くなければ、いくら援助してもめざましい発展は望めないことを考えれば、このようなやり方を試みる価値がある。

インフラ整備は、経済活動を結びつけるネットワークの機能を含め、多面的に成長に寄与する。日本は、ベトナムで電力と運輸を中心に多大の貢献をしてきたが、インフラの未整備が投資環境の隘路となることからも明らかなように、開発ニーズはまだまだ大きい。インフラの役割が的確に把握・認知されるよう対外発信を行っていく上で、ベトナムは格好の国であるが、それを実際に行っているのが、CPRGSの拡大の作業である。

このように、前述の「最前線業務」は、成長促進という軸の下につながっている。国別援助計画では、「成長促進」を重点事項として位置づける方向である。

Ⅶ セクター援助戦略の構築

「成長促進」の接線の次に、「効率的な援助」という接線を引いてみよう。

「援助手続きの調和化」は、援助の効率化のための一つのアプローチであるが、前述のように、今や、途上国の政策・制度にドナーの援助を合わせていくことが大きなテーマになっている。ローマの会合では、調和化の諸原則が確認されると共に、「今後は、各途上国毎に実践」とのこととなったが、援助の現場において重要になるのが、援助スキーム・手続きの合理化、簡素化、調整の努力とともに、セクター対応である。即ち、個々のセクターにおいて、被援助国のセクター開発戦略・計画に対し、どのように効果的に適合した援助を行っていけるかが焦点になってくるのである。

一方、国別援助計画において効率的な援助を考える際、鍵を握るのが重点分野をどう考えるか、である。重点分野は、被援助国毎に、我が国として援助する意義、我が国の対応能力、他のドナーの動向などを踏まえて特定していく必要がある。そして、どのサブセクターを重視するのか、どのような観点から関わっていくのかまで議論しなければならない。即ち、「教育」を重視するというだけではなく、「初等教育における質の向上に取り組んでいく」というレベルまで議論を進めていく必要がある。こうしたセクター援助戦略を構築するための作業は、国別援助計画の作業の最も重要な部分である。

このように、われわれは、「手続きの調和化」という道を歩み、また、「国別援助計画」という道を歩み、気がついたら同じ「セクター」という四つ辻に出ていたのである。

Ⅷ 連携とビジョンで新たな時代を

このように、本稿で紹介してきた「最前線業務」は、いずれも、どうすればベトナムの開発課題に効果的に応えられるか、日本の援助を更に効率的なものにできるかに取り組むものである。一方、それを行う上で、一つ大事なことがある。日本のさまざまな「力」をどうやって結集していくのか、である。

日本のODAは、複数の実施機関によって担われている。ODA以外のスキームにも、開発に関わる重要なものもある。現に、われわれの作業も、大使館、JICA、JBIC、JETROと多くの組織が関与している。それらの分担、連携、方針の整合性、相乗効果の発現が十分できているか、と言えば、課題があるのは事実である。

われわれは、お互いに、どういう方向性の援助をしていくべきかについて、共通のビジョンを持たなければ良い仕事ができない環境にある。しかし、そのことに気がつき、普段から、徹底的に議論をして共通のビジョンを持つことができるならばわれわれが生み出すものは、そのプロセスを経ることによって強靱なレベルの高いものになっていく可能性をもっている。この稿で紹介した、いくつかの取り組みが国際的な評価を得ていることは、それを実証するものといってよい。

「ベトナムは、日本のODAが目指すべき道を先取りできるのではないかと期待しています。」

ベトナムの作業に一緒に取り組んでいる仲間の言葉である。

まだまだ課題は大きい。しかし、そうできれば、と思う。

『国際開発ジャーナル』6月号より転載
きたの・みつる

東京大学文学部卒。ジュネーブ大学(国際問題高等研究所)修士。昭和55年外務省入省。内閣法制局参事官、外務省経済協力局有償資金協力課長などを経て、2002年9月から現職。経済産業研究所コンサルティングフェローを兼任。