外交再点検

特別編 ベトナム・カントリー・レポート第4回:援助効果向上に向けて:最前線での模索

北野 充
コンサルティングフェロー

菊地 文夫
国際協力機構ベトナム事務所長

唐沢 雅幸
国際協力銀行ハノイ首席駐在員

世界の援助潮流の中で重要性を増しつつあるテーマとして、「援助効果向上」の問題がある。これは、開発援助のためのさまざまな努力は開発途上国の開発に効果的に役立っているのだろうかとの問題意識のもと、援助手続きの調和化や合理化、開発援助を途上国の開発計画に沿ったものとすること、ODAマネージメントのための途上国の能力構築などを推進していこうとの流れである。

このような国際的な議論の中にあって、ベトナムは、ベトナム政府や関係ドナーが意欲的な取り組みを進めてきたことによって常に注目されてきた国であった。そして、日本も、現地中心のオールジャパン体制でこのための多方面にわたるイニシアティブをベトナムにおいて展開してきた。

Ⅱ 2005年パリに向けて

2005年パリにおいて援助効果をテーマとするハイレベル・フォーラムが開催される予定である。これは、2003年2月にローマで開催された援助手続きの調和化についてのハイレベル・フォーラムに続くものであり、この会合に向けて世界の途上国とドナーの間で「援助効果向上」のテーマがホットな話題となることが予期される。2003年のローマ・ハイレベル・フォーラムは、日本の援助のあり方を国際的な援助潮流の中で見直す好機となったが、同様の機会が、1年後に巡ってくる。日本のベトナム・チームでは、「2005年パリ」を意識しながら、「援助効果向上」のテーマに取り組んでいる。

この「援助効果向上」というテーマが国際的な援助コミュニティーの中で大きな注目を集めるようになってきたのには、いくつかの背景がある。1つは、援助実施に際する「手続コスト」の問題である。ドナーが援助を実施する際の、ミッションの派遣、報告義務、その他の各種手続きは、各ドナーのものを皆合わせてみると、援助を受け入れる途上国の側にとって大きな事務負担となっている。このような負担は、それぞれのドナーが、それぞれ異なった手続きを求めることにより、更に煩雑なものとなる。このような「手続コスト」を軽減するために、援助手続きの調和化や合理化を求める声が挙がっている。

2番目の背景としては、開発援助のあり方として、開発目標や開発戦略を共有化し、さまざまな主体がその活動を協調させながら効果的・効率的な開発協力を進めていこうとの「援助協調」の考え方が広く浸透してきていることが挙げられる。その背後には、開発援助を個々のプロジェクトの単体ではなく、開発のための活動の「全体」の中で捉えようとする考え方、援助においてどのような資源を投入するかのインプットよりも、それによって得られた成果である「アウトプット」や「アウトカム」をより大切にしていこうという考え方がその根本にある。

更に、3番目の背景としては、途上国のプライオリティに沿っていない援助、ドナー側の都合で行われている援助があるのではないかとの指摘がなされており、その改善が求められているとの事情がある。

Ⅲ 「外への主張・貢献」と「内なる改革」

日本は、ドナーとしてこのような議論に対し、どのように対応して行くべきであろうか。われわれが常に念頭に置いているのは、「外への主張・貢献」と「内なる改革」の2つの視点である。

まず、この「援助効果向上」というテーマに対しドナーとして正面から向きあうべきことは議論の余地がなかろう。この問題は、ドナーとして極めて重要な「途上国との関係」、「納税者との関係」のいずれから考えてみても真剣な取り組みが求められるものだからである。まず、「途上国との関係」について言えば、上記の「手続コスト」の観点を含め、途上国自身が「援助効果向上」というテーマを重視している現実がある。多くの途上国にとって、その国の開発を進める上で開発援助は極めて重要な存在である。そして、われわれが日々接しているベトナムを含め、多くの途上国が「開発援助は、更に効果の高い形で使用することができる」と考えている。開発援助が、途上国の開発に真に役だつために行われている以上、また、それによって日本の対外活動として意味あるものとして行うことを目指している以上、このような途上国の問題意識は正面から受けとめるべきである。次に、「納税者との関係」を考えてみても、貴重な公共の資金を用いて援助を行っている以上、「援助効果向上」のために不断に努力すべきことは当然のことであろう。

以上の基本的なスタンスに立った上で、援助の実施の仕組みにおいて改善すべきを改善して行く(「内なる改革」)とともに、助効果向上のための国際的な議論に日本の考え方を発信し、これをバランスのとれたものとしていく(「外への主張・貢献」)作業の両方に取り組んで行くことが重要である。

2002年2月のローマ調和化ハイレベル・フォーラムに際し、日本代表団は、このような考え方を下に、次のメッセージを持って会合に臨むとともに、国際協力銀行(JBIC)がベトナムにおいて世銀、ADBと進めている援助手続きの調和化努力などの実例を紹介しつつ、日本は調和化に向けて行動していくことを明確に述べた。

「調和化は、援助効果の向上のための手段であって目的ではない」

「調和化を進めるに当たっての原則として、途上国のオーナーシップの重要性、国別アプローチの重要性、多様な援助モダリティの重要性を踏まえるべきである」

そして、これらのメッセージは、ローマ調和化宣言の中に取り入れられた。

Ⅳ 現場での行動の時

ローマでのハイレベル・フォーラムから1年の時が過ぎた。そして、パリのハイレベル・フォーラムを迎えるまで約1年を数える「折り返し地点」にある現在は、具体的な行動を積み重ねるべき時と言える。そして、それを行う上で、途上国の現場での作業が極めて重要である。「ローマ以降」の今の時期は、ローマ調和化宣言がそれぞれの途上国においてどのように実施に移されるかが問われている時期であり、また、援助効果向上のための取り組みとは、詰まるところ、現場における作業であるからである。

ベトナムでは、政府自身がODAの受け入れ手続きのルール化など援助効果向上に積極的であり、これを受けて、多くのドナーがベトナムを援助効果向上のためのパイロット国として位置付け、さまざまなイニシアティブを展開している。

それでは、日本のベトナム・チームでは、「ローマ以降」のフォローアップをどのように進めようとしているのだろうか。ローマ調和化ハイレベル・フォーラムにおいて、日本代表団が今後の援助効果向上のための取り組みとして述べた「ドナー間の調和化」、「個別ドナーの取り組み」「ドナーと被援助国との調和化」の3つに分けて紹介したい。

Ⅴ ドナー間の調和化

ドナー間の調和化としては、国際協力銀行(JBIC)が、ベトナム側のニーズを踏まえて世銀、ADBと進めてきた援助手続きの調和化努力がその後更に進展を見せている。

JBICでは、世銀・ADBとともに援助手続きの調和化を通じて援助効果の向上を目指すに当たり、取り扱う分野について、(1)手続きコストの削減効果が高く、(2)短期間で目に見える成果があがり、(3)調和化によってベトナム側・ドナー側双方に裨益する分野を選択的に取りあげるとの方針を立てた。そして、この方針に基づき、ベトナム側の意向も踏まえて調達、財務管理、環境社会配慮、ポートフォリオマネジメントの各分野において調和化作業を推進してきている。

ローマ以降の進展の1つとしては、「3Banks」から「5Banks」への発展が挙げられる。JBIC・世銀・ADBの作業が高い評価を得たこともあり、これらの3機関にKfW(独)、AfD(仏)が新たに加わり、現在は5機関の間で手続の調和化作業が進められている。進展のもう1つは、中身の面での進展であり、国内競争入札の共通標準書類ドラフトの策定、プログレスレポート雛形の作成、F/Sの共通化などが進められている。こうした調和化作業により改善された手続きは、援助資金を用いない国内の公共事業にも活用されることが想定されており、ベトナム側にも裨益効果の高いものである。

これらの5機関の手続き調和化は、マルチのドナーとバイのドナーとの共同作業であることに加え、ドナーの対ベトナム援助の85%を占める大きな位置づけのドナー間の協力であることもあり、大きな注目を集めている。

Ⅵ 個別ドナーの取り組み

個別ドナーの取り組みとしては、グラント分野(無償資金協力と技術協力)での手続き合理化のためのベトナム側との協議が挙げられる。これは、在ベトナム大使館とJICAベトナム事務所とが共同でベトナム側と討議を進めているものである。

日本・ベトナムの双方から取りあげるべき論点を挙げて、討議の上、援助の仕組みの改善のための行動計画を作っていこうとするものである。取りあげるべき論点のリストには、ミッションの削減、案件の採択・不採択についての情報伝達の改善、案件形成段階へのベトナム側の参加の促進などが挙がっている。

これまでも、グラントの分野でもベトナム側との討議の場はもちろんあったが、援助の仕組み自体の改善をメイン・テーマに据えたものはなかった。今回の作業は、JICAベトナム事務所がベトナムの中央経済マネージメント研究所と共同で行った「手続コスト」調査の結果や、これまでの実務上の経験・知見を踏まえて手続きの改善を図ろうとしている。

往々にして、「調和化」の議論においては、複数のドナー間の手続きを調整する作業がクローズアップされるが、この議論が「手続コスト」から出発していることを考えるならば、個別ドナーとして援助手続きの合理化・簡素化を図ることも重要である。日本は、ベトナムにおいて単独でグラント分野における非常に規模の大きいドナーであるので、日本がグラント分野で援助手続きの合理化を目指すことは、ベトナム側にとっても大きなインパクトをもたらすものと期待されている。

Ⅵ ドナーと被援助国との調和化

ローマ調和化宣言は、開発援助が途上国の開発計画のプライオリティに沿って実施されることの重要性を指摘した。これは、途上国のプライオリティに沿っていない援助、ドナー側の都合で行われている援助からの脱却を目指すものであるが、われわれは、ベトナムにおいて、これを進めるためのツールとして「政策マトリクス」を各セクターにおいて策定していくことをベトナム政府、各ドナーに提唱している。

ドナーの一部には、ドナーが行う開発援助を途上国の開発計画に沿ったものとするために、財政援助やコモンファンドといった「新しい援助モダリティ」を採用していくべきであるという議論を行う向きがあるが、これは正当とは言えない議論である。なぜなら、ドナーの開発援助を途上国の開発計画に沿ったものとすることは、このような「新しい援助モダリティ」を採らずとも可能であるからである。

日本は、新しく策定中の対ベトナム国別援助計画における重点分野をベトナムの貧困削減戦略ペーパーに具現化されているベトナムの開発戦略に沿った形で構築した。更に、セクター別の重点事項を検討するに際し、それぞれのセクター毎に詳細な検討を行い、これがベトナムのセクター計画・戦略における重点事項に沿ったものとなるようにした。各ドナーがこのような努力を真剣に行うことを通じて、「ドナーの開発援助を途上国の開発計画に沿ったものとする」ことは実現していくのである。

「政策マトリックス」は、これを実際に可能とするためのツールである。その仕組みを一言で言えば、各セクター毎にベトナム政府の開発計画上の重点施策を整理した表を作成し、それぞれのドナーに自分たちの援助がそのどの重点施策に対応するものであるかを記入してもらうようにするのである。このような仕組みによって、それぞれのドナーが行う援助が被援助国の開発計画に沿ったものとなることを確保しようとするものである。今後、適当な分野をパイロットとして実際の作業が開始されることが期待される。

また、「援助効果」における課題というとき、プロジェクトの実施の遅れ、執行率の低さが指摘される。これは、土地収用や調達などのプロセスに関わる問題、ベトナム側関係機関の実施体制の弱さ、ベトナム政府部内の煩雑な手続きなど様々な要因に関連する問題であるが、これへの対応として、ベトナム側のODAマネージメントの向上のための能力構築についてベトナム側及び関係ドナーと一緒になって取り組んでいる。この「能力構築」に取り組むに当たっては、要員の訓練といった「人員」に関わる問題のみならず、細かな手続きでも首相府の決裁を得ないとプロセスが進まないといった「制度」面での改善をも視野に入れて進めようとしているところである。

Ⅵ 更なる課題

日本として、今後行っていくべきことはさまざまある。第一に、それぞれのスキームにおいて、援助効果向上のための作業を更に前進させていくことである。途上国との関係など国際的な文脈で求められている「援助効果向上」という要請と、国内的にODAに求められている要請との調整を図りながら「内なる改革」を進めていく作業である。日本の援助スキームをより柔軟で使いやすいものとすることや、現地への権限委譲の促進などにも取り組む必要がある。これは、国際協調のためというよりは、日本の対外関係において大きな意味を持つ活動である開発援助の有効性を確保するためのものである。

第二に、途上国側の努力とのタイアップが重要である。開発援助の効果向上という課題は、ドナーだけでは行い得ない。前記の執行率の問題の改善を図るためには、ドナー側の努力もさることながら、被援助国の側でなすべきことが多い。ドナーと途上国の双方の努力による援助効果の向上が求められる。

第三に、援助効果向上のための国際的な議論に日本の考え方を発信していく作業が重要である。日本として途上国の開発に真剣に取り組んできた中で、「どのようにすれば途上国の開発に効果的に役立つか」についての考えが形成されている。こうした開発哲学、援助哲学に基づき日本としてのメッセージをきちんと発信していくことも、この分野における重要な貢献である。

第四に、さまざまな課題にチャレンジしていく必要がある。開発援助を改善する作業は、企業の経営の改善のように終わりというものがない。われわれを取り巻く環境は、常に変化している。その中で、「途上国の開発に効果的に役立つ」という命題を果たすために取り組むべき課題は、時に応じて変化している。「成果重視」のような新たな課題にも対応していく必要がある。「援助効果向上」をミレニアム開発目標(MDG)との関係でどう位置付けていくのかも引き続き大きな課題である。日本の援助は、途上国の開発に効果的に役立ち、日本の対外活動として意味あるものであるよう、常に変革をおそれない、生き生きとしたものでありたいものと思う。

『国際開発ジャーナル』5月号より転載