Economics Review

No.1 ハイブリッド型金融システムとしてのベンチャー・キャピタル:アメリカの経験から何を学ぶか

鶴 光太郎
上席研究員

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1. イントロダクション

金融危機を経験したアジアや日本と比較して、90年代に高成長を謳歌したアメリカ経済の立役者としてIT関連産業とそれをリードする新興企業が大きな注目を集めた。こうした新興企業を支えた諸要因の中で、アメリカの資本市場は最も重要なものの一つであろう。なぜなら、株式市場がよく発達している非干渉・市場型金融システム(arm's length financial system)では、投資家の異なった意見を市場が集約することにより、新規産業・技術に資金供給を行うことに優れているからである。しかし、アメリカの新規産業、新興企業を発展させる金融的な仕組みとして、やはり、世界で最も発達しているベンチャー・キャピタルを抜きにしては考えられない。ベンチャー・キャピタルは、リスクは高いが潜在的に高い利益を生む投資に対して資金仲介することを専門としており、アップル、コンパック、デジタル・イクイップメント、マイクロソフト、ネットスケイプなど現在のIT産業の巨人が起業する時に資金供給面でバック・アップしてきたことは有名である。日米ともITバブルがはじけた現在、ベンチャー・キャピタルの役割についての否定的な意見もみられるが、アメリカの産業・企業に大きな影響を与えてきたベンチャー・キャピタルの仕組みについて、金融システムの比較分析の立場から整理してみることは依然として重要であると考えられる。

なお、より包括的なベンチャー・キャピタルのサーベイとしては、例えば、Gompers and Lerner (1999, 2001)などが挙げられる。また、本稿では、ベンチャー・キャピタルの金融的・ガバナンス的な側面を紹介しているが、シリコンバレーのさまざまなモジュール化された企業の間の情報交換・共有、更にはトーナメント競争の仲介者としてのベンチャー・キャピタルの役割については、青木(2001)の第14章を参照されたい(また、第14章補節は本稿と同様のテーマを扱っており補完的である)。

本稿の結論を先取りして述べてみると、まず、ベンチャー・キャピタルは、金融仲介機関であり、関係依存型金融(relationship-based financing)の一種である (Gompers (1998))。しかし、その機能は、よく発達した非干渉・市場型(市場型)金融システムの土台に大きく依存することである(e.g. Black and Gilson (1998))。つまり、ベンチャー・キャピタルは、関係依存型と非干渉・市場型の金融システムが巧妙に組み合わさり、補完し合った、いわば、ハイブリッド型システムと呼ぶことができよう。

2. エイジェンシー・コストとコントロール機能

ベンチャー・キャピタリストは、通常、裕福な個人や機関投資家などの第三者から資金を調達し、それを新規開業企業に投資することを専門とする投資家である。新規開業企業や若い小規模企業は、資本市場において、「評判」をまだ確立していないため、貸し手と借り手の情報の非対称性に基づく利害の対立(エイジェンシー・コスト)の影響を最も深刻に受けると考えられる。特に、その結果として起こる逆選択の問題(金利を引き上げるとかえってリスキーな借り手が集まってしまうこと)は、こうした評判の低い借り手に対して信用割当が起こる可能性がある (Stiglitz and Weiss (1981))。したがって、通常、新規開業に当たっては、自己資金や家族、友人などの個人的な関係に依存する借入れを利用する場合が多いが、それらの資金では十分でない場合、外部資金を調達する必要がある。その際、ベンチャー・キャピタルが、こうした企業に対して大きな役割を果たすのである。

まず、問題となるエイジェンシー問題(逆選択、モラル・ハザード)を緩和するためには、借り手をスクリーニング、モニタリングし、必要に応じてコントロールしていくという関係依存型の金融システムが優れている。しかし、銀行がこうしたタイプの企業に資金供給することは難しい。なぜなら、担保可能な有形資産の蓄積が十分でなく、企業の将来の不確実性が非常に大きいためである。たとえば、こうした企業は、何年もの間、赤字を続け、元利の支払いができない場合も珍しくない。したがって、ベンチャー・キャピタルの機能を考える場合、リスクの問題にどのように対処しているのか、また、リスク負担を可能にする高いリターンをいかに達成しているのかという問題意識が重要となる。

この意味で、まず、ベンチャー・キャピタルは、借り手に対して緊密なモニタリングを行う積極的な金融仲介として、強力な、また、通常の銀行とは異なったさまざまなコントロール、ガバナンス・メカニズムを有している (Sahlman (1990), Gompers (1998))。典型的なベンチャー・キャピタルは、合資会社(リミティッド・パートナーシップ)の形態をとり、資金を提供する投資家(リミティッド・パートナー)と運営を行うジェネラル・パートナーに分けることができる。ベンチャー・キャピタル企業の運営を担うジェネラル・パートナーは、いくつもの新規開業企業を育て上げた経験があり、資金供給先の企業の属する産業及びその関連産業に関する豊富な知識を持っている。こうした専門的経験・知識を活かし、投資先企業の経営陣や技術者をリクルートしたり、サプライヤーの選定や顧客関係の形成などにも関与することで、当該企業の経営を積極的に支援している。したがって、ベンチャー・キャピタルは、銀行などよりも投資先企業に関する専門知識・情報は豊富といえる。さらに、ベンチャー・キャピタルは、投資先企業の株式を保有し、経営をモニタリング、コントロールする強いインセンティブを有する。投資先の取締役(ボード・メンバー)となり、CEOを任命したり、罷免したり、更には、彼らの報酬スキームを設定するなどの権限を有する場合が多い。

3. ベンチャー・キャピタル独特のコントロール・メカニズム

段階別資金供給
しかしながら、ベンチャー・キャピタルの最も重要かつ独特のコントロール・メカニズムは、段階別資金供給機能(staged capital infusion)である(Sahlman(1990), Gompers(1995))。通常、ベンチャー・キャピタルは、投資先企業の必要な資金を一度に全部供給するのではなく、発展・成長段階毎に、次のステップに到達するために必要な資金のみ提供することが多い。ベンチャー・キャピタリストは、企業のプロジェクトの将来性を定期的に見直すことにより、将来性が低いと判断した場合、更なる資金供給をストップするというオプションを維持することができ、それが投資先企業に対して強い規律を与えている。したがって、段階別資金供給は、関係依存型金融システムに起こりやすい「ソフトな予算制約」の問題(非効率な借り手に追加融資される現象、Dewatripont and Maskin (1995)参照)をうまく回避していることがわかる。

シンジケート団の形成
段階別資金供給とともに重要なメカニズムとして、いくつかのベンチャー・キャピタルがシンジケート団を形成することが挙げられる。シンジケートを作ることにより、ベンチャー・キャピタルは、異なった企業に投資を行うことができ(典型的なケースは15~20社、Gompers(1998))、投資先企業特有のリスクを分散化することができる。また、ベンチャー・キャピタルのようにリスクが高い投資を対象としている場合、どの企業にどの程度、投資を行ったらよいかということが、事前に明らかであるとは限らない。この場合、シンジケートを組み、複数の異なった観点からモニタリング、チェックを行うことで、投資先企業に対する評価を深め、投資プロジェクトを選別することは可能であろう。

転換証券の役割
その他の重要なコントロール・メカニズムとしては、投資先企業とベンチャー・キャピタルとの間の資金契約としての転換可能な証券(convertible securities)の使用である。ベンチャー・キャピタリストは、通常、転換優先株(convertible preferred stocks)(更には転換社債)を受け取る場合が多い(Sahlman (1990), Kaplan and Stromberg (2000))。転換優先株は、株式というよりも債務に近い役割を果たす。たとえば、通常の株主に対して配当を行う前に、転換優先株の持主に決まった額の「配当」を行う必要があり、清算時にも決まった額(一株当たり)の清算価値を持つ。しかし、債務の場合と異なるのは、「配当」ができない場合でもすぐ清算されず、将来の支払い義務が蓄積することである。このような契約方式は、通常の株式に比べて、業績不振の場合のコストを投資先企業も分担することで、投資先の企業に規律を与え、モラル・ハザードを防止するとともに、リスク・シェアリングに貢献していると考えられる(Sahlman (1990))。

4. 退出メカニズム(exit mechanism)と株式市場との連関

以上のような独特なコントロール・メカニズムは、新規開業企業や若い企業のファイナンスに関わるエイジェンシー・コストを低下させ、資源配分を向上させることに大きく貢献している。ベンチャー・キャピタルがつぎ込んできたモニタリング、コントロールのためのさまざまなコストと資金が回収できるかどうかは、ベンチャー・キャピタルの退出戦略(exit strategy)、つまり、こうした企業への投資をいかに回収(現金化)するかということに大きく依存する。特に、アメリカのベンチャー・キャピタルの場合、活動期間が予め決められた(通常10年、3年までの延長オプションあり)リミティッド・パートナーシップであるため、その間に、投資資金を回収する必要があるのである。

退出戦略は、具体的には、(1)別の企業による投資先の企業の買収、(2)投資企業による自社株の買戻し、などがあるが、最も重要なのは、(3)株式公開(IPO(initial public offering))を通じた株式売却であろう。アメリカの場合は、若く、技術力のある企業を対象とした流通市場であるNASDAQで株式を公開することで、うまく成功したベンチャー・キャピタルの投資による利益が回収されることが多く、ベンチャー・キャピタル全体の利益(回収金額)の大部分(約7、8割)を占めている。このため、ベンチャー・キャピタルは、利益が最大化されるような株式公開の時期を見計らうことが重要になる。

ベンチャー・キャピタルの投資回収方法としてのIPOの重要性をかんがみると、ベンチャー・キャピタルが機能するためには、非常に発達した株式市場が存在することが重要な前提条件であることがわかる。これまでもみてきたように、さまざまな独自のコントロール・メカニズムは、新規開業企業のファイナンスの大きな問題であるエイジェンシー・コストの削減には貢献してきたが、モラル・ハザードなどの問題が完全に解決したとしても、こうした企業に特有のハイ・リスク、不確実性は、関係依存型のシステムでは解決することができない。むしろ、このようなリスクは、株式市場の持つ「横断的なリスク・シェアリング」や異なった評価を価格等に集約するメカニズムがどうしても必要となってくるのである。

ベンチャー・キャピタルを支えるインフラストラクチャーとしての、非干渉・市場型金融システムの役割としては、ベンチャー・キャピタルの「出口」(投資回収)のみならず、「入口」(資金調達)にとっても重要である。アメリカの場合、ベンチャー・キャピタルへの資金供給者としては、機関投資家、特に、年金基金が半分近くの大きなシェアを占めている。年金基金のように、ポートフォリオ分散化のインセンティブが強く(つまり、ハイ・リスク、ハイ・リターンへの投資もポートフォリオの一部として高い需要を持つ)、資金力のある投資家の存在がなければ、ベンチャー・キャピタルのようにハイ・リスク、ハイ・リターンの投資対象に資金を継続して供給することは難しいであろう。しかし、このような機関投資家の存在は、やはり、よく発達した非干渉・市場型の金融システムを前提としているのである。また、年金基金のベンチャー・キャピタルへの投資解禁(全体のポートフォリオに悪影響を与えないという条件付)(79年)もベンチャー・キャピタルの隆盛に決定的な影響を与えたといわれている。以上のように、関係依存型によるコントロール・メカニズムと非干渉・市場型による資金調達及び投資回収メカニズムはいずれも重要であるという意味で、ベンチャー・キャピタルの「両輪」といえる。

5. 日本のベンチャー・キャピタル:現状と問題点

以上、ベンチャー・キャピタル産業が発達しているアメリカを例として、ベンチャー・キャピタルの役割を経済学的に評価してきた。ここで明らかになったメカニズムを理解すればするほど、逆に、日本におけるベンチャー・キャピタル産業がなぜ、未発達であるのかが理解できよう。

ここでは、(1)ベンチャー・キャピタル自体の機能、(2)ベンチャー・キャピタルへの資金供給、(3)退出戦略と株式公開、に分けて日本の現状と問題点を考えてみたい。日米のベンチャー・キャピタルを比較すると、日本は規模の面でかなり劣るのみならず、根本的な問題は、親会社が銀行、証券、生損保、外資等を含めた金融系が大きな割合を占めていることである。こうした金融系のベンチャー・キャピタルの場合、経営陣や職員は、親企業からの一定期間の出向である場合が多く、ベンチャー企業を育て、支援するとともに、モニタリング・コントロールにより、企業の将来性を効率的に把握していくことができるだけの専門的知識、経験、コミットメントがアメリカに比べて大きく欠けているといえる。また、経営方針については、親企業の金融機関に影響を受け易く、銀行系であれば実績・担保主義(保守的)に影響され、融資拡大や手数料取得が重視される。また、証券系であればIPOの際の引受獲得を意図するため、短期志向であるといったように、ベンチャー企業養成には必ずしも好ましいとはいえない場合もあるといわれている(Milhaupt (1997))。ベンチャー・キャピタルの資金調達をみても、金融機関からの借入れが主体(銀行系の場合、親企業やグループ内ファイナンス会社に依存)であり、投資方法も融資の割合がかなり高く、投資先企業の株式保有は大きいとはいえない。

こうのような資金調達、資金供給構造では、基本的に銀行やノンバンクに近く、ハイリスク、ハイリターンの新規開業企業にリスク・マネーを供給することは必然的に難しいことがわかる。むしろ、ノンバンクに典型的にみられるように、親企業では難しい、リスクの高い融資を別子会社に負担させる意図が基本的に強いと考えられる。この結果、アメリカに比べて、企業の初期段階への投資割合は増加しているものの、その水準は依然として低く、対象業種も、卸小売、サービス業を筆頭に、多くの業種に広がっている。

資金調達、資金供給において、借入れ、貸出しにある程度、依存しなければならないのは、やはり、店頭公開市場の未発達、IPOの難しさという関係依存型の金融システムの問題に帰着することになる。つまり、IPOまでの期間があまりにも長いので、その間に投資を回収できないベンチャー・キャピタルはある程度、貸出しによって得られる一定の収入に頼らざるを得ない。また、IPOでの成功がかなり現実的でなければ、ベンチャー企業も、ベンチャー・キャピタルによる株式保有とコントロール権行使を必ずしも望まないであろう。また、ハイリスク、ハイリターンの投資をできるような機関投資家が、日本の場合、育ってこなかったことも大きい。

その意味で、ベンチャー・キャピタルへのリスク・マネー供給者、経験・知識の豊かなベンチャー・キャピタル、IPOを助ける株式市場、ハイリスクであるがそれを上回るリターンが期待できる新規開業企業といったベンチャー・キャピタル・システムを形成する構成要素の間の補完性はかなり強い。この場合、アメリカのようにいずれの構成要素も発展してシステムとしてよりよい均衡が形成される場合と、日本のようにいずれも発展していないという均衡が生まれる場合がある。このような多重均衡が存在し、パレートの意味でランク付けができる場合、やはり、よりよい均衡へ移行することは、システム全体の問題といえる。したがって、店頭公開市場の創設や公開条件の緩和などは、システムの「片輪」だけの改革であり、豊富な経験と強力なコントロール・メカニズムを備えたベンチャー・キャピタリストの登場なくしては、新興企業はなかなか育たないことを肝に銘じる必要があるであろう。

2001年10月

2001年10月1日掲載

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