Ⅰ.はじめに
2020年第1四半期に起きたコロナショックからV字回復を見せた中国経済は、2021年第1四半期にGDP成長率がピークを迎えた後、減速に転じている。2021年の中国のGDP成長率(前年比)は通年では8.1%と、2020年の2.2%を大きく上回ったが、四半期別では、2020年の「前低後高」型とは逆に、「前高後低」型に変わり、第4四半期には4.0%にとどまった。不動産市場の調整とコロナ情勢を巡る不確実性を前に、2022年には景気の低迷が続くと予想される。
Ⅱ.後半にかけて減速した2021年の中国経済
2020年初に中国から始まった新型コロナウイルスの感染拡大は、やがて世界規模のパンデミックに発展し、いまだ収まっていない。中国は、早い段階から感染地域における検査と大規模な都市封鎖を含む人口移動制限の徹底という対策を取り、2020年3月頃に感染拡大が収束した(図表1)。その後、局地的に小規模な新型コロナウイルスの感染事例が繰り返されているが、広範囲にわたる大規模な感染の再拡大が避けられ、感染者数や死亡者数は、諸外国と比べて極めて低水準に抑えられている。2022年1月末までの累計で、世界の新型コロナウイルスの感染者数は3.7億人、死亡者は560万人を超えているが、世界人口の2割弱を占める中国は、それぞれ12万人未満と5千人未満にとどまっている(注1)。
こうした中で、中国のGDP成長率(前年比)は、2020年の第1四半期に-6.9%に落ち込んだ後、V字回復を見せ、特に2021年第1四半期には、前年の大幅な落ち込みからの反動もあって、18.3%という高水準に達し、欧米との差が大きく開いた。しかし、その後の回復のペースが鈍化し、2021年の第4四半期のGDP成長率は4.0%まで低下してきており、米国(5.5%)とEU(4.6%)の水準を下回るようになった(図表2)。
各需要項目のGDP成長率(前年比)への寄与度をみると、中国におけるコロナショックからの回復過程において、外需(輸出から輸入を引いた純輸出)の寄与度は一貫してプラスとなっており、消費と投資からなる内需の不足を補った(図表3)。この現象は、内外の需給ギャップの非対称性を反映していると見られる。すなわち、中国において、生産が需要より一歩先に回復しており、供給が需要を上回っているのに対して、諸外国では政府が大規模な景気対策を実施しているため、需要の回復が生産に先行しており、需要が供給を上回っている。中国における純輸出の増加はちょうどこの二つのギャップを埋めているのである。
景気の減速にもかかわらず、2021年12月の生産者物価指数(PPI)は前年比10.3%と、二桁の上昇を見せている。これに対して、最終需要が弱いことを反映して、消費者物価指数(CPI)の同上昇率は1.5%にとどまっており、両者の間には大きな差が開いている(図表4)。このことは、サプライチェーン(供給網)の川上の企業(主に国有企業)の業績の向上に寄与している一方で、投入価格の上昇を産出価格に転嫁できていない川下の企業(主に非国有企業)にとって、業績悪化の要因となっている。
PPIはCPIの先行指標であることを考えれば、これまでのPPIの上昇は今後、ある程度CPIに波及すると思われる。GDP成長率が低下する一方で、インフレ率が上昇することになれば、中国経済は、スタグフレーションの局面に突入することになる。政府は、GDP成長率の低下に歯止めをかけようとして、預金準備率と金利の引き下げなど、金融緩和策を実施しているが、高まるインフレ懸念に制約されて、その余地が限られている。
2021年後半以降の低成長は、一部の地域において新型コロナウイルスの感染が広がり、これを抑えるために政府が経済活動への制限を強化したことを反映している。中でも、1,300万人の人口を有する西安は12月23日から1ヵ月にわたって都市封鎖が実施され、天津、寧波、深圳といった主要都市においても、一部の工場や港湾施設の閉鎖が相次いだ。
新型コロナウイルスの感染拡大に加え、夏に電力不足が深刻になったことも景気の悪化に追い打ちをかけた。電力不足の背景には、中国が国際公約となった「2030年までに二酸化炭素(CO2)排出量をピークアウトさせ、2060年までにカーボンニュートラル(炭素中立)を実現する」という目標に向けて、CO2排出量の多い石炭火力発電所を閉鎖したことがある。その上、石炭価格が高騰している一方で電力の末端価格は政府によって統制されている中で、電力会社は、石炭価格の上昇分を消費者に転嫁できず、収益の悪化に歯止めをかけるために、電力供給の制限に踏み切った。これに対して、政府が石炭の生産制限を緩和し、また企業向けの電力価格の引き上げを認めたことで、電力不足は第4四半期以降、ほぼ解消された。
また、2021年9月に顕在化した中国恒大グループをはじめとする中国の不動産企業の債務危機をきっかけに、住宅市場は調整局面に入っている(図表5)。住宅販売面積と住宅開発投資の伸び率(前年比)はすでにマイナスに落ち込んでおり、70大中都市の新築商品住宅販売価格指数(70大中都市の平均値)の伸び率(同)も鈍化している(前月比では9月以降マイナスに転じている)。
Ⅲ.懸念される住宅市場の調整の影響
2020年に、中国の主要都市における住宅販売価格の対世帯可処分所得比は、深圳(39.8倍)、上海(26.2倍)、北京(23.8倍)、をはじめ、すでに1980年代後半のバブル期の東京(20倍未満)を上回っている(図表6)。住宅価格が合理的水準に戻るまで、低下する余地が大きい。また、不動産は中国経済を牽引してきた重要な産業である(図表7)。住宅価格の低下は、実体面だけでなく、金融面と財政面においても、中国経済に大きな影響を与えると予想される。
まず、実体面では、2020年の住宅開発投資はGDPの10.3%に相当する10.4兆元に上っている。住宅市場が低迷すれば、住宅開発投資が従来ほど伸びなくなる。これは、直接GDP成長を抑えるだけでなく、鉄鋼、家電、家具などの関連産業における需要減を通じても、景気に水を差すことになる(住宅市場における調整の鉄鋼市場への波及については、BOXを参照)。
また、金融面では、2020年末現在、個人向け住宅ローンは34.4兆元(金融機関の融資総額の19.9%)に上る。銀行による不動産会社への融資と、シャドーバンキング(理財商品や信託商品など)経由の分を含めると、不動産市場に流れる資金の規模がさらに大きくなる。住宅価格が下がれば、銀行の不動産向け融資の中から大量な不良債権が発生すると懸念されている。もっとも、近年、頭金比率の引き上げなど、住宅ローンへの制限が実施された結果、その可能性は低い。
さらに、財政の面では、2020年の地方政府の土地譲渡金収入は8.4兆元に達しており、全国の財政総収入の約4分の1を占めている。不動産価格が急落すれば、土地価格が低迷し、土地も売れなくなるため、政府の財政収入が大幅に落ち込む恐れがある。その結果、インフラ関連を中心に、公的投資も抑制されるだろう。
住宅バブルが崩壊した場合、中国も「失われた20年」を経験した1990年代以降の日本と同じ運命を辿ることが懸念されている。しかし、すでに成熟した先進国であった当時の日本と異なり、現在の中国はまだ発展途上であるため、「後発の優位性」を生かせば、5%という中程度の潜在成長率が当面維持されると予想される。中国経済は、住宅バブルが崩壊しても長期低迷を免れるだろう。
Ⅳ.ゼロ感染政策はいつまで続くか
住宅市場の動向に加え、長引く新型コロナウイルスの感染拡大を巡る情勢と政府の政策対応も、2022年の中国経済の見通しを考える重要なポイントとなる。
ワクチン接種の普及とそれに伴う重症化率と死亡率の低下などを背景に、世界各国は経済活動の正常化を目指すべく、新型コロナウイルス対策として取ってきた各種の制限措置を緩和し、「コロナとの共存」政策への転換を模索している。それとは対照的に、中国はコロナを完全に封じ込めることを目指す「ゼロ感染」政策を堅持している。大規模検査や的を絞った都市封鎖、移動制限といった国内の対策だけでなく、入国者が指定施設で2~3週間の隔離措置を受けることを義務付けるなど、水際対策も徹底している。
中国政府がゼロ感染政策にこだわるのは、国民の生命を最優先するという強い意思表示に加え、コロナ禍を上手く克服することを通じて自国の制度的な優位性を世界にアピールするという意図もあるだろう。
2021年11月に始まった新型コロナウイルスのオミクロン株の世界的大流行をきっかけに、中国はゼロ感染政策を見直すことを迫られている。オミクロン株の感染力が強く、ゼロ感染を目指そうとすると、大規模な都市封鎖など、一層の厳しい措置が求められ、それによる経済へのダメージは甚大である。その一方で、オミクロン株による入院率や重症化率、死亡率が比較的に低く、ゼロ感染政策の実施によって得られるメリットは小さくなっている。
しかし、中国は、2022年2月に北京で開催される冬季オリンピック、年後半に習近平総書記の去就を含む次の五年間の指導部人事を決める中国共産党の第20回全国代表大会という二つの重要なイベントが控えており、これらを成功させるために、ゼロ感染政策を貫き、コロナの大流行を抑える必要がある。そのため、経済活動の正常化が遅れるという代償を払いながら、国内のみならず海外においても大流行が収まるまでは、ゼロ感染政策を維持せざるを得ないだろう(注2)。
BOX 住宅市場における調整の鉄鋼市場への波及
中国では、不動産市場が調整色を強める中で、鉄鋼需要が伸び悩んでいる。中国は世界の粗鋼生産の半分以上を占める鉄鋼大国であるだけに、その影響は、国内にとどまらず、産業連関などを通じて、海外にも及んでいる。
中国における粗鋼生産は、2020年には10.6億トンに達し、世界全体の56.7%を占めている(図表a)。
中国における鉄鋼生産を牽引しているのは、国内需要である。2020年の産業における鋼材の消費量は9.71億トンに上っており、業種別でみると、建設業は5.74億トン(全体の59.1%)、機械産業は1.58億トン(同16.3%)、自動車産業は0.53億トン(同5.5%)という順になっている(図表b)。その内、住宅建設を中心に、建設業は最大のシェアを占めている。
一方、鉄鋼業は、川上において、鉄鉱石や、エネルギーといった資源産業と強いリンケージを持っている。まず、中国は、2020年に世界の鉄鉱石輸入の67.4%のシェアを占める最大の輸入国である(注3)。また、鉄鋼は、中国における最大の電力消費産業であり、発電に次ぐ二番目の石炭消費産業である。
鉄鋼業は中国にとってだけでなく、世界全体で見ても重要な産業である。これを反映して、多くの多国籍企業の業績、ひいては各国の景気は、中国における鉄鋼の需給動向によって大きく左右される。まず、鉄鋼に対する国内需要が落ち込む中で、中国の鉄鋼会社は輸出ドライブをかけるだろう。その結果、国際市場において、鉄鋼の価格が低下するだろう。また、中国での鉄鋼の需給動向は、鉄鉱石と、石炭などのエネルギーへの需要、ひいては価格の変動を通じて、資源国の輸出企業に大きな影響を与える。実際、オーストラリア準備銀行(RBA)がまとめるRBA商品価格指数はややタイムラグを持って、中国における住宅開発投資の動き(いずれも前年比)に追随する傾向が見られている(図表c)。