新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大を背景に、経済摩擦から始まった米中間の対立は、外交全般に及ぶようになった。2017年にトランプ政権が誕生してから、米国は対中政策を従来の「関与」から米中経済の分断を意味する「デカップリング」に転換した。デカップリングの対象となる範囲は、貿易から、直接投資、技術、金融へと広がっている。対中政策は、11月に行われる米大統領選挙の焦点の一つとなっており、選挙結果が米中関係の行方にどのような影響を及ぼすかが注目されている。
1. COVID-19の感染拡大で一層悪化した米中関係
中国から始まったCOVID-19感染症は、瞬く間に世界中に広がり、中でも米国は、最大の感染者と死者を出している。米国はその責任を中国に求め、また中国がそれを勢力拡大のチャンスとして捉えようとすることを警戒している。
1)中国に対する責任追及
トランプ大統領は、COVID-19の感染拡大における中国の責任を、次のように追及している(注1)。
中国が『武漢ウイルス』を隠蔽した結果、世界中に感染が拡散し、世界規模のパンデミックを引き起こし、10万人以上の米国民、世界中で100万人以上の命が失われた。中国当局がウイルスを発見した当初、中国の責任者は世界保健機関(WHO)への通報義務を無視し、WHOに圧力をかけ、世界をミスリードした結果、数え切れないほどの命が失われ、深刻な経済的苦痛を強いられている。(中略)中国は、感染者がヨーロッパと米国を含む海外に自由に旅することを許してしまった。それによってもたらされた死亡と破壊は計り知れない。
これに対して、中国側は次のように反論している(注2)。
COVID-19が発生してから、中国政府は直ちに最も全面的で厳格かつ徹底的な感染防止・抑制措置を講じ、感染拡大を全力で封じ込め、ウイルス伝染のルートを効果的に断ち切り、世界の公衆衛生上の安全を守るために重要な貢献をして、国際社会から広く称賛されてきた。『サイエンス』誌の研究報告は、中国側の講じた措置によって中国の感染者は70万人以上減ったと見積もっている。
事実が最良の回答だ。中国側は1月23日に武漢をロックダウン(都市封鎖)し、1月24日から4月8日まで武漢を発つ旅客機も列車もなかった。これには武漢から中国の他の都市へのものも、当然他の国々へのものも含まれる。米国の三大航空会社は1月31日に中米間の直行便の運航停止を発表し、米国政府は2月2日に中国国民及び過去14日間に中国を訪れたことのある外国人の入国を全面的に禁止した。何をもって、感染者を「自由に旅行させた」と言うのか。
中米両国のどちらが、感染症対策が不十分だったのかは、数字に語らせよう。現時点(6月1日)で、米国で感染が確認された人の数は180万人以上、死亡者数は10万人と、中国の約22倍だ。
中国に責任転嫁してもウイルスを追い払うことはできず、ましてや患者は救えない。我々は、依然としてウイルスのレッテル化と政治利用を望む米側の人達に、国内における感染症との闘いに力を尽くすよう忠告する。
トランプ大統領が中国への責任追及に固執しているのは、「政権の失策のせいで米国が世界最大の感染国になった」という批判をかわすためだと見られているが、この意図は達成されていないようである。米ABCニュースとイプソス社が2020年7月29-30日に行った世論調査では、米国において、トランプ大統領によるCOVID-19対応を評価しないと回答した人の割合は66%と、評価すると回答した人の34%を大きく上回っている(図表1)。また、Dalia Researchが行った世論調査によると、米国自身と日本を除く51の対象国・地域において、米国よりも中国のほうが上手くコロナ危機に対処していると考えている回答者の比率が高くなっている(注3)。
2)強まる中国脅威論
米国では、COVID-19の感染拡大を受けて、国民の間では、中国の台頭が米国にとって脅威であるという認識は一段と高まっている。
まず、中国は最初にCOVID-19の感染拡大に見舞われたが、都市封鎖など、厳しい対応を取ったため、米国など、他の国よりも一歩先に経済活動が正常化に向かっている。2020年第2四半期の実質GDP成長率(前年比)は、中国が3.2%と、米国のマイナス9.1%を大きく上回っている(2020年第1四半期の成長率は中国マイナス6.8%、米国0.3%)。米中間の成長率の差がコロナ危機の前よりも大きくなることは当面続くだろう。その結果、米中のGDP逆転は、従来の予想よりも早くやってくる可能性が高くなった。
また、米国ではCOVID-19の感染拡大を受けて、大量の医療設備や医薬品の供給が不足に陥っており、これらを中国から輸入を増やさなければならなくなった。こうした中で、中国が有事の際に米国への戦略的物資の提供を拒否すれば、米国の安全保障が脅かされることになるのではないかという懸念が高まっている。米国企業が生産拠点を中国から国内に移し、政府がそれを後押しすべきという議論が盛んになっている。
さらに、「体制間の競争」が米中間の対立の一因になっているが、今回のパンデミックへの対応においては、個人の権利を大きく制限する「中国モデル」は個人の権利を尊重する「米国モデル」を一歩リードする格好となっている。COVID-19の感染は中国において比較的短期間に収束しているのに対して、米国ではいまだ拡大し続けている。
最後に、中国は今回のパンデミックを、国際的影響力を高める機会として捉えようとしている。世界中でCOVID-19感染症の爆発的な流行が始まってからも、トランプ政権は「アメリカファースト」や一国主義を掲げ、速やかに他国への支援を提供できていないだけではなく、WHOから脱退することを決めた。米国とは対照的に、中国は発展途上国を中心に医療支援を行い、国際社会において存在感を高めている。
実際、ベルテルスマン財団、ドイツ・マーシャル基金(GMF)およびモンテーニュ研究所が2020年5月に行ったフランス、ドイツ、米国を対象とする世論調査は、今回のパンデミックを経て、世界における米国の影響力が大幅に低下したのに対して、中国の影響力は著しく高まったという認識が三ヵ国において広まっていることを示している(注4)。具体的に、中国を最も影響力のある国として挙げた回答者の割合は、フランスが28%、ドイツが20%、米国が14%と、それぞれ2020年1月に行われた調査(フランス13%、ドイツ12%、米国6%)の水準から大きく上昇した。
一部の有識者は、COVID-19が、米中間の覇権争いにおける重大局面であると位置づけている。この点について、元米国務次官補(東アジア・太平洋担当)のカート・M・キャンベル氏とブルッキングス研究所・中国戦略イニシアティブ・ディレクターのラッシュ・ドーシ氏が次のように指摘している(注5)。
ワシントンがパンデミック対策に失敗する一方、迅速な動きをみせた北京は、パンデミックの対応を主導するグローバルリーダーとして自らを位置づけようと試みている。自国の体制のメリットを喧伝し、諸外国に援助を提供し、外国政府を一つの方向へ動員しようとするなど、大胆な行動をみせている。アウトブレイクを隠蔽しようとした北京の初動ミスが、世界の多くの地域を苦しめている危機を助長したのは事実だろう。それでも、「中国がリーダーシップをとっているようにみなされ、ワシントンにはその能力も意思もないと判断されれば」、21世紀の世界のリーダー争いを根本的に変化させられることを北京は理解している。(中略)1956年のスエズ介入の失敗は、大英帝国の衰退を露呈させ、グローバルパワーとしてのイギリスの覇権に終止符を打った。米国の政策立案者たちは、現在の状況に適切に対処しなければ、「パンデミックが米国のスエズになるかもしれないこと」を認識すべきだろう。
2. 経済摩擦から全面対立へ
長い間、米中間の対立は経済問題が中心だったが、ここに来て、COVID-19の感染拡大に加え、香港、台湾、南シナ海、新疆、中国のスパイとプロパガンダ活動にかかわる問題など、外交全般に及ぶようになった。
1)「香港国家安全維持法」の実施
中国は2019年の「逃亡犯条例」改正反対デモ以来の香港の政治的混乱を収束させることを目指して、2020年5月に行われた全国人民代表大会において、「香港国家安全維持法」を制定する方針を決め、6月30日、全国人民代表大会常務委員会は、同法案を可決した。同法は、テロ活動、国家分裂、政権転覆、外国勢力との結託などを禁止している。最高刑は終身刑となる。また同法は、香港に幅広い権限を持つ治安機関を設立することや、中国本土で個々の事案を調査、審議する可能性も規定している。
中国主導の「香港国家安全維持法」の制定に対して、G7外相声明に象徴されるように、懸念の声が国際社会に広がっている(注6)。
我々、米国、カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、英国の外務大臣及びEU上級代表は、「香港国家安全維持法」を制定するとの中国の決定に関し、重大な懸念を強調する。
中国による決定は、「香港基本法」、及び、法的拘束力を有して国連に登録されている英中共同声明の諸原則の下での中国の国際的コミットメントと合致しないものである。提案されている「香港国家安全維持法」は、「一国二制度」の原則や香港の高度の自治を深刻に損なうおそれがある。この決定は香港を長年にわたり繁栄させ、成功させたシステムを危うくすることとなる。
開かれた討議、利害関係者との協議、そして香港において保護される権利や自由の尊重が不可欠である。
また、我々は、この行動が法の支配や独立した司法システムの存在により保護される全ての人民の基本的権利や自由を抑制し、脅かすことになると著しい懸念を有する。
我々は中国政府がこの決定を再考するよう強く求める。
特に、米国の反応が激しく、7月15日にトランプ大統領は、すでに米議会の全会一致で可決していた「香港自治法」に署名するとともに、香港への優遇措置を撤廃する大統領令を出した(注7)。
米国の「香港自治法」は、「香港国家安全維持法」の制定に関与した中国当局者と取引を行う銀行に制裁を科すほか、国務省に香港の「一国二制度」を形骸化しようとする当局者に関する報告を毎年行うよう義務付け、こうした当局者の米国への入国阻止や、資産を接収する権限を大統領に付与する。これを根拠に、トランプ政権は2020年8月7日に、香港政庁トップの林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官ら11人に制裁を科すと発表した。
また、米国は、1992年の「香港政策法」の下で、「一国二制度」下の香港を、貿易、商業、その他の分野で中国本土とは異なる独自の法制度と経済制度を以て扱ったが、大統領令では、香港のパスポート保有者の特別待遇、輸出管理規則に基づく香港への輸出にかかる許可の例外扱いなどが撤廃されることに加え、香港との犯罪人引渡し協定も停止される(注8)。
2)米国と台湾の関係強化
台湾は、民進党の蔡英文氏が2020年1月に行われた総統選挙において再選されてから、独立志向が一段と高まっており、「香港国家安全維持法」の実施はその傾向に拍車をかけている。台湾と北京との関係が冷え込む一方で、軍事面を含めて米国との関係は日増しに緊密化している。
2020年5月20日、米国のポンペオ国務長官は蔡英文氏の総統就任を祝う声明を発表し、台湾を「信頼できるパートナー」と位置づけ、関係を重視する考えを示した。これに対して、中国外務省は、米側のこのような行為は「一つの中国の原則と中米の三つの共同コミュニケの規定に著しく違反し、中国の内政に著しく干渉するものだ」と非難声明を発表した。
また、米国のアザー厚生長官が、2020年7月30日に亡くなった李登輝元総統を弔問するため台湾を訪問し、8月10日に蔡英文総統と会談した。これに対して、中国は、「どんな口実であっても米国と台湾で政府高官が往来することに断固反対する」と反発した(注9)。
さらに、中国は、米国の対台湾武器売却の拡大にも強く警戒している。特に、2020年7月に米政府が台湾の地上配備型迎撃ミサイルパトリオット(PAC3)の更新計画を承認したことを受けて、中国はミサイル売却の契約主体である米ロッキード・マーチン社に制裁を科すと発表した(注10)。
これらの動きを背景に、中台双方が軍事演習を行ったり、中国の戦闘機が台湾の防空識別圏に入ったり、米軍艦が台湾海峡を頻繁に航行したりするなど、米中台の三者の軍事の動きが活発化しており、台湾海峡を巡って緊張が高まっている。
3)南シナ海を巡る領土主権問題
米国は、中国が南シナ海に対する主権の主張を強めて軍事的プレゼンスを拡張していることを、次のように警戒している(注11)。
世界的な航行の自由作戦計画の一環として、米国は中国の覇権主義的な主張と過剰な主張を後退させることに努めている。米軍は、国際法が許す限り、南シナ海を含む範囲における航行及び作戦の権利を引き続き行使する。我々は、この地域にある友好諸国とパートナーが、北京政府の軍、準軍事組織および警察組織による強制的問題解決と対抗する能力を保有することを支援していく。中国の軍事行動に対して耐える能力を構築するための安全保障上の支援を提供している。2018年に、中国が南シナ海の人工物に先進的なミサイルシステムを配備していることを受けて、米軍は隔年で行われる環太平洋合同演習の人民解放軍への参加要請を撤回した。
また、ポンペオ米国務長官は2020年7月13日、南シナ海での中国の海洋進出に関して声明を出し「南シナ海の大半の地域にまたがる中国の海洋権益に関する主張は完全に違法だ」と公式に批判し、南シナ海を巡る中国の主張を否定した2016年7月のオランダ・ハーグの仲裁裁判所の判決を支持する考えを示した(注12)。
さらに、米政府は2020年8月26日に、中国による南シナ海における軍事演習実施と人口島の建設に関与したとして、24社の中国企業に輸出禁止措置を取ると同時に、複数の個人に対する制裁措置を発動させた(注13)。
南シナ海を巡る米国の一連の言動に対して、中国は、「南海(南シナ海)における中国の領土主権と海洋権益は、十分な歴史的根拠と法的根拠があり、関係する国際法と国際的慣行に合致する」とした上、「域外国である米国は自国の私利のためから、あらゆる手を尽くして南海で挑発し、波風を引き起こし、地域の国々と中国との関係に水を差し、南海の平和・安定維持に向けた中国とASEAN諸国の努力を妨害し、破壊している」と反論している(注14)。
こうした中で、南シナ海において、双方の大規模な軍事演習が行われるなど、対立が激しさを増している。
4)新疆における人権問題
米国政府は、2017年以来、中国政府は新疆ウイグル自治区で百万人以上のウイグル人やその他の民族・宗教的少数派を再教育キャンプに拘禁し、これらのキャンプの外では、政権は人工知能や生物遺伝学などの新技術を用いた警察国家を建設し、少数民族の活動を監視して共産党への忠誠を確保していると批判している(注15)。
米国政府は、中国に圧力をかけようと、2020年7月9日に、新疆ウイグル自治区での人権侵害に関与したとして、同自治区共産党委員会書記の陳全国氏をはじめとする中国共産党の幹部ら4人に対し、制裁を科すと発表した。今回の制裁は「グローバル・マグニツキー法」(Global Magnitsky Act)に基づくもので、米政府は国を問わず人権侵害に関与した人物に対し、米国資産の凍結や、米国への渡航、米国人との取引を禁止することができる(注16)。
また、米国商務省産業安全保障局(BIS)は2020年7月20日に、中国の新疆ウイグル自治区での少数民族に対する人権侵害に関与しているとして、中国企業11社を輸出管理規則(EAR)に基づくエンティティ・リストに追加することを明らかにした。これに先立って、BISは今回と同様の理由で、2019年10月と2020年6月の二回にわたって、計37の中国企業・団体をエンティティ・リストに追加した。
5)「中国イニシアティブ」による告発
FBIのクリストファー・レイ長官は、中国政府によるスパイ活動と盗用行為が、米国にとっての「最大の長期的脅威」になっていると、2020年7月7日にワシントンのハドソン研究所で行われた講演において述べた。中国政府が経済スパイ活動や違法な政治活動を行うほか、賄賂や脅迫によって、米国の政策に影響を及ぼそうとしていると非難した。また、FBIは、今や10時間ごとに中国が絡む新たな対スパイ活動の調査を開始しており、これらのスパイ活動の対象範囲は、政府機関にとどまらず、企業や学界・研究機関などにも及んでいると指摘した(注17)。レイ長官は、特に中国が優れた科学者を世界各国から招致する事業である「千人計画」に応募した在米中国人科学者を利用して、米企業や研究機関の機密資料や情報を持ち出そうとしていることを批判した。
「中国の国家安全保障上の脅威に対抗し、米国の技術を保護する」ことを目指して、米司法省は2018年11月から「中国イニシアティブ」を実施している。司法省によると、同イニシアティブは、米国内で事業を展開している中国人や中国企業、あるいは米国企業や米国大学と提携している中国人や中国企業に対する米国政府の強制措置を優先的に実施しており、中国とつながりのある個々の研究者や科学者も対象となる。また、中国イニシアティブは、企業秘密の窃盗、ハッキング、経済スパイ活動に従事する者を特定し訴追することに加え、海外直接投資やサプライチェーンの面における譲歩を通じた外部からの脅威から重要なインフラを保護することや、適切な透明性を確保せずに米国国民や政策立案者に影響を及ぼそうとする秘密工作と闘うことにも焦点を当てているという(注18)。
中国イニシアティブの下で多くの取り組みが行われているが、特に次の事例が注目されている。
まず、2018年12月1日、ファーウェイの創業者の娘であり、同社の最高財務責任者(CFO)である孟晩舟氏は、米国政府の引渡し要請に基づき、カナダで逮捕された。米国当局は、ファーウェイがイランとの取引について金融機関に虚偽の説明をしたとして孟氏を銀行詐欺などの罪で起訴している。
また、2020年1月28日、ハーバード大学の化学・化学生物学部の学部長を務めていたチャールズ・リーバー教授が2020年1月28日、軍事関連の研究などで米国防総省や国立衛生研究所から資金援助を得ながら、中国や武漢理工大学との関係(中国の「千人計画」への参加)に関して虚偽の申告をした容疑で刑事告発された。
中国イニシアティブの案件ではないが、米国は、2020年7月に、ヒューストンの中国総領事館の閉鎖を命じた。その際に、同総領事館がスパイ活動と知的財産窃取の拠点であると主張した(注19)。
一方、米国における中国政府による宣伝活動を制限しようと、トランプ政権は2020年に入ってから、新華社、中国中央テレビ、中国新聞社、人民日報などの中国の報道機関に加え、孔子学院アメリカセンターを「中国共産党のプロパガンダ(政治宣伝)機関」として、「外交使節団」に認定し、規制を強化した。それにより、これらの機関は、米国内にある外国の大使館や総領事館と同様に、米国で活動する従業員の名簿や雇用状況、米国内で保有・賃貸する不動産を届け出ることが義務付けられるようになった。その上、米国は、2020年5月に中国の記者を対象とするビザ有効期間を90日に制限した。
3. デカップリングに向かう米中経済
米中関係が悪化の一途を辿っている中で、米国は、中国に対して、軍事面において圧力をかけるとともに、経済面においても打撃を与えようと、攻勢を強めている。2020年1月に「米中経済・貿易協定」が署名されたことで、両国の間では、貿易戦争は一旦休戦に入っているが、直接投資、技術、金融を含む経済全般にわたってむしろデカップリングが進んでいる。
1)休戦状態に入った貿易戦争
貿易戦争まで発展してきた今回の米中摩擦のきっかけは、2018年3月に、米国が通商法301条に基づいた中国を対象とする調査報告とともに、追加関税の実施を中心とする対中制裁策を発表したことである。これに対して、中国側は反発し、その後の両国間の関税切り上げ合戦に象徴されるように、米中貿易摩擦は、貿易戦争にエスカレートした。2019年9月まで、米国は4回にわたって、中国からの輸入の3分の2に当たる3,700億ドル分を対象に最大25%の追加関税を実施した。
2019年12月13日に、米中両国は第一段階の貿易合意に達したと発表した。これを受けて、米国のトランプ大統領と中国の劉鶴副首相は2020年1月15日にホワイトハウスで、「米中経済・貿易協定」に署名した。「協定」では、米国の要求に応じる形で、中国は対米輸入の大幅な拡大を約束している(注20)。しかし、米国が実施してきた対中追加関税の大部分が維持される上、米国が求めている中国における産業政策と補助金制度の見直しや、中国が求めている米国による対中追加関税の撤廃については、まだ合意に達しておらず、これらの課題を巡る今後の交渉は困難を極めると予想される(注21)。
2)勃発するハイテク戦争
米国は、安全保障上の懸念を理由に、中国資本による米国のハイテク企業の買収を阻止しようとしており、またファーウェイをはじめとする中国のハイテク企業を米国市場から排除しようとしている。
まず、外国企業の対米投資を審査する対米外国投資委員会(Committee on Foreign Investment in the United States, CFIUS)の権限を強化する「外国投資リスク審査近代化法」(Foreign Investment Risk Review Modernization Act, FIRRMA)が2018年8月13日にトランプ大統領の署名により成立した。FIRRMAは、重要な技術や産業基盤を持つ米国企業への外国企業による投資を規制するものである。同法により、従来の米国企業を「支配する」外国企業による投資に加え、重要技術・重要インフラ・機密性の高いデータを持つ米国企業に対する非受動的投資(少額出資でも米国企業が保有する非公開の技術情報へのアクセスが可能であったり、取締役会に参加・関与したりするといった条件を満たすような投資)も審査対象になった。
FIRRMAの実施により、CFIUSによる審査がより厳しくなり、その結果、中国企業による米国のハイテク企業の買収は、ほとんど止まっている。米中関係全国委員会とRhodium Groupの共同報告書によると、中国の対米直接投資は2016年の450億ドルをピークに、2017年290億ドル、2018年には54億ドルに、2019年に50億ドルに激減した。中国による米国へのベンチャー投資も2018年の47億ドルから2019年には26億ドルへ急減した(注22)。
また、米国は、国家安全保障上のリスクがあることを理由に、中国のIT企業を排除しようとしている。中国の「国家情報法」では「いかなる組織及び国民も、法に基づき国家情報活動に対する支持、援助及び協力を行われなければならない」と、また「国家サイバーセキュリティ法」では、「ネットの運営者は中国の公安機関と国家安全機関が行う国家安全を守る活動や捜査活動に協力しなければならない」と定められている。これを根拠に、米国は、ファーウェイや中興通訊(ZTE)などの企業が、中国国外でビジネスを行う場合でも、中国の公安機関と国家安全機関に協力することを強制されており、中国のベンダーの機器やサービスを利用する外国や企業にセキュリティ上の脆弱性をもたらしていると主張している(注23)。
米国は、まず世界の通信機器市場で大きなシェアを占め、5G(第5世代)通信技術において最先端に位置するファーウェイをターゲットにしており、同社をグローバル・サプライチェーンのアウトプット(販売)とインプット(部品調達)の両側から、切り離す措置を次から次へと打ち出している。
販売の面では、2018年8月に成立した「2019会計年度国防権限法」に盛り込まれている規定により、ファーウェイの製品は、ZTE、海能達通信(ハイテラ)、杭州海康威視数字技術(ハイクビジョン)、浙江大華技術(ダーファ・テクノロジー)の製品とともに政府調達を禁止する対象となった。禁止措置は、二段階に分けて実施された。第一段階に当たる2019年8月以降、これら製品・サービスを主要な部品または重要なテクノロジーとしている通信機器・サービスの政府による調達、取得、使用、契約および契約延長・更新が禁止されるようなった。第二段階に当たる2020年8月以降、これら製品・サービスを主要な部品または重要なテクノロジーとしている通信機器・サービスを利用している企業などと政府との契約および契約延長・更新も禁止されるようになった。
その上、2020年6月30に米連邦通信委員会(FCC)はZTEとともにファーウェイを米国の国家安全保障上の脅威に指定した。これにより、米国の地方の小規模通信事業者が連邦政府の補助金を両社製の機器購入やメンテナンスに充てることができなくなった。
一方、部品調達の面では、米商務省は2019年5月15日にファーウェイとその関連会社68社を輸出管理規則に基づくエンティティ・リストに載せ、同年8月にさらに関連会社46社を同リストに追加した。それにより、同社への米国製ハイテク部品などの輸出が原則として禁止されることになった。米国企業の部品やソフトウェアが原則25%超含まれれば、日本など、海外で生産した製品も輸出制限の対象となる。ただし、一部の禁輸の例外措置が期限付きで認められた(注24)。2020年5月に米国のファーウェイを対象とする輸出規制がさらに強化され、米国技術を使って外国で製造した半導体をファーウェイに輸出する場合にも原則禁止となった。これによりファーウェイの主要な半導体サプライヤーである台湾のTSMCはファーウェイに対して半導体の供給ができなくなった(注25)。2020年8月に、禁輸対象がさらに拡大され、第三者を使って半導体を調達し続けることも不可能になった(注26)。それと同時に、ファーウェイの38の関連会社が新たにエンティティ・リストに追加され、期限を迎えた禁輸の例外措置も打ち切られた。
米国が排除しようとする中国企業は、ファーウェイをはじめとする通信機器メーカーにとどまらず、モバイルアプリを運営する企業にも及んでいる。トランプ大統領は2020年8月6日に、米国民の個人情報が収集されることによる国家安全保障上のリスクを理由に、動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」を運営する中国の北京字節跳動科技(バイトダンス)に米国事業を分離、売却するよう命じ、また通信アプリの「微信(ウィーチャット)」が関わる取引を米国居住者が行うことを禁止する大統領令に署名した(注27)。いずれの大統領令も、45日後に発効する。その対応策として、バイトダンスは、マイクロソフトなど、米国企業への売却交渉を進めている(注28)。
米国政府のこのような取り組みは、「クリーン・パス」構想とその拡大版に当たる「クリーンネットワーク」構想に沿ったものである(注29)。「クリーン・パス」構想は、ファーウェイやZTEなど「信頼できない」ベンダーからの機器・サービスを排除することを訴え、「クリーンネットワーク」構想は、次の5つの取り組みを掲げた。
- ①クリーンキャリア
中国の「信頼できない通信キャリア」を米国の通信ネットワークに接続させない。 - ②クリーンストア
ティックトックやウィーチャットなど、中国製などの「信頼できないアプリ」を米国のアプリストアから排除する。 - ③クリーンアップス
ファーウェイなど「信頼できない中国のスマートフォンメーカー」の製品で、米国製アプリを利用できなくさせる。 - ④クリーンクラウド
アリババ、バイドゥ、テンセントなどの中国企業が、米国のクラウドにアクセスするのを防ぐ。 - ⑤クリーンケーブル
中国と各国のインターネットを繋げる海底ケーブルが、中国共産党の情報収集に使われないようにする。
このように、米国は対中ハイテク戦争の範囲を、5G、半導体、ソフトウェアからネットワークやデジタル全分野にまで広げており、その狙いは中国のハイテク産業を世界のネットワークから完全に排除することである。
3)金融の分野におけるデカップリングも視野に
米国は、米中経済のデカップリングを目指しており、対中制裁の対象範囲が、貿易や、直接投資、技術にとどまらず、金融の分野にも及んでいる。
まず、米国資金による中国株への投資について、トランプ政権が米連邦政府職員の退職年金基金に対し、人権侵害の疑いや米国の安全保障を脅かす恐れがあると米政府が認識する中国企業への投資を停止するよう圧力をかけている(注30)。これを受けて、この基金を運用する米連邦退職貯蓄投資理事会(FRTIB)は、2020年5月13日に予定されていた中国株への投資計画を無期限延期と発表した。
また、中国企業の米国株式市場での資金調達について、トランプ政権は2020年8月6日に米国内の証券取引所に上場している中国企業に関し、米国会計基準を順守しなければ上場廃止にする案を明らかにした。その内容は次のようなものである。まず、ニューヨーク証券取引所とナスダックに上場している中国企業は、2022年までに米国会計基準に従わなければ上場が廃止される。また、中国の監査人は米国の監査当局と監査調書を共有することが義務付けられる。さらに、米国での新規株式公開(IPO)を検討している中国企業は、事前に米国会計基準を順守しなければ、ニューヨーク証券取引所やナスダックに上場できない(注31)。
さらに、米国は、中国の金融機関の制裁を可能にする法律の整備を進めている。例えば、「香港自治法」では、香港の自治侵害に関与した人物だけでなく、それら人物と取引のある金融機関にも制裁を加えることも盛り込まれている。金融機関の場合は、①米金融機関からの融資の停止、②米国債のプライマリーディーラーとしての指定の禁止、③米政府基金の受け手になることの禁止、④外国為替市場での取引の禁止、⑤銀行取引の禁止、⑥資産の凍結、⑦制裁対象への米国製品の輸出などの制限、⑧米国民による制裁対象の株式・社債などへの投資・購入の禁止、⑨職員などの国外退去、⑩幹部への上記①~⑧の適用、が制裁措置となる。
香港における「一国二制度」の維持が米中摩擦の焦点となる中で、グローバル展開をしている銀行は中国政府の罰則と米国で進行中の制裁法案の板挟みになるリスクがある(注32)。具体的に、「香港国家安全維持法」の第29条は金融センターとしての香港と中国に対する制裁や封鎖、敵対的行為を禁止する内容となっている一方で、米国では銀行に中国の当局者や組織に対する制裁の順守を義務づける法の成立が近づいている。これらの法律に違反すれば、銀行には罰金や営業免許喪失のリスクが生じる。
こうした中で、金融制裁の一環として米国側に違法と判断された中国の銀行はSWIFT(国際銀行間通信協会)を中心とする国際決済システムから排除されることが懸念されている(注33)。中国銀行の投資銀行子会社である中銀国際は、それに備えて本土、香港、マカオ間の資金決済に人民元の国際決済システム(CIPS)の利用を増やすべきだと提言している(注34)。
4. 注目される米大統領選挙と次期政権の行方
COVID-19の感染拡大が止まらず、米中間の対立が激しさを増す中で、米国民の対中感情は悪化の一途をたどっている。ピュー・リサーチ・センターが2020年7月に発表した世論調査によると、中国を「好ましくない」とみる米国民は、2005年の調査開始以来最高の73%に上っている(図表2)。中国に対する厳しい見方は共和党支持層(83%)にとどまらず、民主党支持層(68%)にも広がっている。11月に行われる大統領選挙において、トランプ氏とバイデン氏の両候補にとって、中国に対して強硬な姿勢を見せることが、有効な選挙戦術になると思われている。特に劣勢を強いられているトランプ陣営にとって、なお更である。
通常、米国大統領選の焦点は国内問題、特に経済状況にある。一般国民にとって外交はさほど重要なことではない。同様に、トランプ氏再選のカギも、国内経済パフォーマンスにある。しかし、今年発生したCOVID-19の感染拡大とそれに対する政府の不十分な対応のせいで、政権一期目の経済成果が消えてしまった。これを背景に、トランプ氏は選挙戦略の重点を中国への批判に置いているのである。
一方、バイデン氏は、中国をけん制するために同盟国との提携を強めることを訴える一方で、一部の分野において、中国と協調する用意があると、次のように語っている(注35)。
米国は中国に対して強硬になる必要がある。そのままいくと、中国は米国や米企業からテクノロジーや知的財産を盗み、国有企業の不公正な優位を支え、未来の技術と産業を支配するために補助金を出し続けるだろう。この課題に対処していくもっと効果的な方法は、中国の乱用的な経済行動と人権問題に対処するために、同盟国やパートナーとの共同戦線をまとめることだ。もちろん、気候変動、核不拡散、グローバルな公衆衛生など、中国との利益が重なり合う領域では北京との協調を模索しなければならない。
また、バイデン氏は、トランプ大統領が実施した中国からの輸入品に対する関税が実質上米国の消費者と企業を対象とする課税に当たり、それを撤廃すべきだとも述べている(注36)。
このように、バイデン氏はトランプ氏と同様に、中国を脅威としてとして捉えているが、対中政策の面においては、より柔軟な姿勢を見せている。それゆえに、中国は、トランプ氏よりもバイデン氏の当選を望んでいると見られている。
ロイターがある中国高官の発言として伝えているように、「米中関係が古き良き時代に戻るなどという幻想は抱いていないが、大統領が変われば少なくとも関係を一新するチャンスは生まれる」と中国側は期待している(注37)。米国家防諜安全保障センターのエバニナ長官も、中国政府がトランプ氏を「予測し難い」人物と見なしており、その再選を望んでいないという分析を示している(注38)。
もっとも、仮にトランプ氏が再選されても、米国は中国に対する圧力を一旦緩める可能性がある。ボルトン前米大統領補佐官が指摘するように、トランプ氏の対中姿勢の硬化はあくまでも選挙対策の一環であり、その目的が達成されれば、一転して融和姿勢を示し、さらなる貿易合意を模索するだろう(注39)。
むろん、過度の楽観論は禁物である。警戒すべきは、それまでの間に、米国の出方と中国の反応次第で、両国の対立がむしろ一層先鋭化し、不測の事態が起こりうることである。また、大統領選挙後に、米中関係が幾分緩和されても、両国経済がデカップリングに向かうという流れは変わらないだろう。