外貨準備減少の要因分解
中国の外貨準備は2014年6月の3兆9,932億ドルをピークに低下し始め、2015年11月には3兆4,383億ドルとなった。これは主にユーロなど中国の外貨準備の運用対象となるドル以外の主要通貨がドルに対して低下したことによる評価損に加え、中国からの資本流出が加速したことを反映している。ここでは、中国人民銀行が発表する「国家外貨準備規模」と、中国国家外国為替管理局が発表する「国際収支バランス表」を比較しながら、外貨準備が急減した原因を探る。ただし、「国家外貨準備規模」(月次)は2015年11月までの分がすでに発表されているが、「国際収支バランス表」(四半期)はまだ同第3四半期までの分しか発表されていないことを考慮し、分析の対象期間を2014年6月~2015年9月に限定する。
結論から言うと、2015年9月の外貨準備は3兆5,141億ドルと、2014年6月と比べて4,791億ドル減ったが、その内、2,213億ドルは為替レートと金利変動による評価損に当たり、2,578億ドルは国際収支の赤字を反映したものである。この期間における中国の経常収支が大幅な黒字を計上したのに、国際収支全体が赤字になったのは、資本収支(誤差脱漏を含む)の赤字がそれを上回ったからである(表1)。
ユーロ安などによる巨額に上る評価損
中国の外貨準備には、ドルのほかにユーロや円といった主要通貨も含まれている。これらの対ドルレートが変動すれば、ドルベースで評価すると損益が生じることになる。為替変動のほかに、運用対象が債券である場合、金利の変動によっても評価損益が生じる。
2014年6月から今年の9月にかけて、評価損益を反映している「国家外貨準備規模」ベースの中国の外貨準備は4,791億ドル減少したが、評価損益を考慮しない「国際収支バランス表」ベースで見ると、外貨準備の減少幅は2,578億ドルにとどまった。両者の差である2,213億ドルは評価損に当たると見られる。この時期において、主要通貨の金利は相対的に安定していたが、ユーロと円がそれぞれドルに対して20%ほど下落しており、評価損の大半は為替レートの変動によるものであると推測される(注1)。
資本収支の悪化
為替変動などによる運用の評価損に加え、国際収支における資本収支の悪化も、外貨準備の減少をもたらしている。
国際収支統計においては、次の恒等式が成り立つ(注2)。
経常収支+資本収支+外貨準備増減+誤差脱漏=0
⇒外貨準備増減=経常収支+資本収支+誤差脱漏
中国の場合、これに対応する「国際収支バランス表」ベースの「外貨準備増減」は2014年6月から2015年9月にかけて、累計2,578億ドル減となった。この期間において、輸出額が減少したが、その一方で輸入額がそれ以上落ち込んだため、経常収支の黒字幅はむしろ拡大した。それにもかかわらず、外貨準備が減少したのは、資本収支の赤字が、累計3,891億ドル、誤差脱漏を含むと同6,090億ドルに達し、経常収支の黒字を大幅に上回ったからである。
資本流出が加速している背景には、次の三つの内外の環境変化が挙げられる。
まず、米国をはじめ海外の主要市場における金利は概ね安定しているが、中国では金融緩和の結果、金利が急速に低下している。これによってもたらされた内外金利差の縮小は中国からの資本流出を誘発している。
また、これまで見られた人民元の切り上げ期待が切り下げ期待に変わってきている。このことは、これまで人民元の切り上げを見込んで中国に流入した資金が海外に還流するきっかけになる一方で、国内の資金が海外に流出することにも拍車をかけている。
さらに、政府が汚職撲滅に力を入れている中で、汚職官僚たちは、資産の海外への移転を加速させていると見られている(汪濤「資本流出が加速、人民元レートはどこへ向かうか」『証券時報』、2015年2月14日)。2014年以降、国際収支における誤差脱漏の赤字規模が大きくなっていることは、その表れである。
当面続く外貨準備の減少傾向
国際収支は、為替制度に大きく依存している。変動相場制の下では、当局は原則として為替市場に介入しないため、外貨準備も変動しない。その場合、為替レートの変動により、経常収支の黒字(赤字)が資本収支(誤差脱漏を含む)の赤字(黒字)に相殺され、両者を合わせた国際収支の不均衡は生じない。
しかし、中国が採用している「管理変動制」の下では、当局は取引の基準値となる中間レートを発表することや為替市場へ介入することを通じて、市場レートに決定的影響力を持っている。人民元の対ドル中間レートが市場の需給を反映する均衡レートより割安の水準に設定されると、人民元の上昇を抑えるために、ドル買い・人民元売り介入を実施しなければならない。その分だけ外貨準備が増える一方で国際収支の黒字が生じる(図1)。2014年6月までの状況はそれに当たる。逆に、人民元の対ドル中間レートが均衡レートより割高の水準に設定されると、人民元の下落を抑えるために、ドル売り・人民元買い介入を実施しなければならない。その分だけ外貨準備が減る一方で国際収支の赤字が生じる。2014年7月以降の状況はそれに当たる。
中国当局は、国際収支の赤字幅(=外貨準備の減少幅)と人民元切り下げ幅の間のトレードオフ関係に直面しており、次の3つの選択肢から政策を決めなければならない。
- ① 市場介入を止めて、人民元レートの決定を完全に市場に任せる(=完全変動制への移行)、または国際収支の赤字をなくすために人民元のレート均衡水準まで切り下げる。
- ② 現在の為替レートを維持する(または為替レートの調整を小幅にとどめる)ために大規模のドル売り・人民元買い介入を実施し続ける。
- ③ 人民元レートと国際収支赤字を部分的に調整する(①と②の中間的位置付け)。
2015年8月中旬に中国は③に当たる人民元の切り下げを実施した。切り下げ幅が比較的小さいため、その後も外貨準備が減り続けたように、それによる国際収支赤字の削減効果は限定的である。しかし、人民元の大幅な切り下げを意味する①の実施は、米国をはじめとする先進国との貿易摩擦を激化させる恐れがある上、中国からの資本流出と、東南アジアをはじめとする途上国を巻き込む切り下げ競争を誘発しかねないことから、中国としては慎重にならざるを得ない。結局、残っている選択肢は②しかなく、このことは、中国の外貨準備の減少傾向が今後も続く可能性が高いことを意味する。
2015年12月28日掲載