中国経済は、労働力不足を背景に潜在成長率が低下しており、国内外の需要の低迷も加わり、リーマン・ショック以来の低成長に陥っている。従来の成長エンジンだった投資と工業生産が伸び悩む中で、消費とサービス業は比較的堅調に推移しており、このことは成長率の低下に歯止めをかけている。また、今年6月以降の株価の急落を受けて、景気の一層の悪化が懸念されているが、住宅市場の回復により、中国経済のハードランディングが避けられそうである。
景気減速と経済構造改善の同時進行
今年6月以降、上海総合株価指数は一時40%以上急落したが、今のところマクロ経済への影響が限定的である。主に投資と外需の低迷を反映して、第3四半期の成長率は上半期の7.0%をわずかに下回る6.9%となった。
成長率が減速しながらも、政府が進めている「経済発展パターンの転換」が功を奏している形で、成長エンジンが投資から消費へ、工業を中心とする第二次産業から第三次産業(サービス業)へとシフトし続けており、経済構造の改善も見られている。
産業の面では、今年の第1四半期から第3四半期までの第三次産業の成長率は8.4%と、第二次産業(6.0%)を上回り、その結果、第三次産業のウェイトは、前年同期比で2.3%ポイント上昇し、51.4%となった。
需要の面では、今年の第1四半期から第3四半期までの消費のGDP成長率への寄与度は4.0%に達しており、投資(=資本形成)の3.0%を上回っている(図1)。同じ時期の社会消費品小売売上(名目ベース)も前年比10.5%と、比較的高い伸びを維持している。特に、ネット通販は前年比36.2%も増えている。また、2012年以来、農村部における小売売上の伸び率は都市部を上回っている(今年の1~9月には都市部の伸びは前年比10.3%、農村部は同11.7%)ことに象徴されるように、農村部では所得の向上とネット通販の普及を背景に、潜在的消費需要が顕在化しつつある。
―GDP成長率の需要項目別寄与度の推移―
潜在成長率の低下を示す低成長下の労働力不足
足元の成長率は、リーマン・ショックを受けた2009年第1四半期(6.2%)以来の低水準となっているが、当時とは対照的に雇用状況が安定している。労働の需給を示す求人倍率は、2008年第4四半期には0.85に落ち込んだが、その後、上昇傾向をたどっており、2015年第3四半期には、1.09という高い水準を維持している(図2)。従来と比べて成長率が大幅に低下しているのに求人倍率が高止まっていることは、潜在成長率も大幅に低下しているため、労働市場において需給ギャップが拡大していないことを示している。つまり、「経済成長率が8%に届かないと、失業者が溢れ、社会が不安定化する」という時代はすでに終わったのである。
―潜在成長率の大幅な低下を示唆―
前回、雇用維持のために政府は4兆人民元に上る内需刺激策を実施したが、今回、その必要性が生じていない。このような認識に立って、国内外では前回のような大規模な景気対策の実施を求める声が高まっているが、これに対して、中国政府は積極的に応じようとしていない。無理して実力を超える高成長を拡張的財政・金融政策を以て実現しようとすると、バブルが起きるなど、経済が不安定化してしまう。設備の過剰、地方政府の債務の増加、シャドーバンキングによる融資の拡大、資産バブルの膨張など、現在中国が直面している多くの問題の根源は、行き過ぎたリーマン・ショック後の内需刺激策にあることを考えれば、今回の慎重な対応はその教訓を踏まえた結果であろう。
今後の景気の行方を決めるカギとなる住宅市場の動向
今後の景気動向を考える上で、住宅市場の行方がカギとなる。株価とともに住宅価格も急落すれば、1990年代以降、バブル崩壊後の日本のように長期低迷に陥る恐れがある。幸い、諸外国とは対照的に、中国の場合、株価と住宅価格の間には、プラスの相関関係よりも、マイナスの相関関係が見られる。これは、投資対象が「株式か、住宅か」に限られている中で、両部門間の大規模な資金移動が、価格の逆相関をもたらしていることを反映していると思われる。
実際2013年から2014年にかけて、住宅価格が急騰した頃には、株価が低迷しており、逆に2014年後半に住宅価格が調整局面に入ると、株価が急騰しはじめた。そして、今年6月以降の株価の急落を受けて、資金が住宅市場に流れるようになり、住宅価格が北京、上海、広州、深圳といった一線都市を中心に持ち直しつつある(図3)。住宅価格の上昇は、やがて住宅投資の回復につながると予想され、これにより、中国経済がハードランディングするという最悪のシナリオは、とりあえず回避されるだろう。
2015年11月24日掲載