中国では、長い間、需要面では投資、産業面では工業が経済成長を牽引してきた。しかし、高度成長期から中高成長期を意味する「新常態」の段階への移行が進むにつれて、これらに代わる成長エンジンとして、消費とサービス業が浮上している。
需要の主役は投資から消費へ
需要面では、中国経済の成長エンジンは投資から消費にシフトしつつある。
中国経済の一つの特徴は、GDPに占める投資(資本形成)のシェアが民間消費を大きく上回っていることである(図1)。両者の差が最も大きかった2010年には、前者は47.2%に達したのに対して、後者は35.9%にとどまった。投資比率をこれ以上高めると投資効率の低下が避けられないことから、内需拡大を実現するためには消費の拡大に頼らなければならない。
中国政府は「消費は経済成長の重要な『エンジン』であり、経済発展の巨大な潜在力だ。安定成長の原動力の中では消費需要が最大規模で、民生との関係も最も直接的だ。大衆の多様な需要に照準を合わせ、市場の力を引き出して需要に見合った供給を拡大し、消費の拡大と高度化を促し、新産業、新業態の発展を促し、ミドル・ハイクラスへの発展を後押しし、中国経済のアップグレード版を築く必要がある」という認識に立ち、2014年10月29日に開催された国務院常務会議において、消費の拡大と高度化を推進する方針を次のように決めた。
まず、大衆の収入を増やさなければならない。さまざまなチャネルで農民の所得増を図り、個人の所得が経済発展とともに伸びるよう努力する。国有資本収益の国庫納付率を引き上げ、民生保障により一層振り向ける。
また、社会保障システムを改善しなければならない。医療保険の保障水準を引き上げ、重病保険を全面的に推進しなければならない。社会福祉システムの構築を推進する全体計画を策定する。
さらに、消費環境を改善しなければならない。消費の安全を確保する立法を推進し、「粗悪」な食品の販売と観光業における「法外な料金の要求」などの違法行為を厳しく処罰する。
同会議においては、重点的に推進する消費分野として次の六つが挙げられている。
- ①モバイルインターネット、モノのインターネットなど情報消費を拡大し、ブロードバンドのスピードをアップし、ネット通販の発展とそれを支える農村における物流網の整備を支援する。保健医療、企業管理などビッグデータの応用を加速する。
- ②エコ消費を促進し、省エネ製品を普及させ、新エネルギー車用の充電施設の建設を奨励する。
- ③住宅需要を安定化させ、中低所得者向け住宅の建設を強化し、積立金から家賃を支払う条件を緩和する。
- ④観光レジャー消費を高度化し、有給休暇制度の実行を徹底し、農村部の貧困地域における観光業を発展させ、オートキャンプ場を建設する。
- ⑤国との提携による学校運営を拡大する。
- ⑥民間資本の養老サービスへの投資を後押しする税制を定め、民営医療機関の水道・電気料金などを公営機関と同価格にする。より良い製品とサービスを用いて、人々が安心して消費し、生活を楽しめるようにする。
政府の後押しに加え、労働力不足に伴う賃金上昇と所得格差の縮小も、消費の拡大に寄与している。その結果、2014年のGDPに占める民間消費のシェアは、ボトムであった2010年より1.8%ポイント上昇し、37.7%となった。
2015年に入ってから景気が減速している中でも、1-8月の社会消費品小売売上(名目ベース)は前年比10.5%と、比較的高い伸びを維持している。特に、ネット通販は前年比36.5%も増えている。また、2012年以来、農村部における小売売上の伸び率は都市部を上回っていることに象徴されるように、農村部では所得の向上とネット通販の普及を背景に、潜在的消費需要が顕在化しつつある。
産業の中心は工業からサービス業へ
消費の中でも、需要が財からサービスにシフトしている。多くの国が経験しているように、経済の発展に伴い、産業の中心が(農業を中心とする)第一次産業から(工業を中心とする)第二次産業、そして(サービス業を中心とする)第三次産業にシフトしていく。中国の場合、GDPに占める第三次産業のシェアは2013年に初めて第二次産業を超え、2015年上半期には52.5%に達している。しかし、このレベルは、先進国だけでなく、同じ発展段階にある新興国と比べても依然として低く、今後、上昇する余地が大きい(図2)。
サービス業の発展の重要性について、李克強首相は、次のような認識を示している(李克強「サービス業を経済・社会の持続可能な発展の新たなエンジンにする」第2回中国(北京)国際サービス貿易交易会(京交会)・世界サービスフォーラム北京サミットでの講演、2013年5月29日)。
現在、中国では多くの工業製品の供給が需要を上回っているのに対して、サービス業は、多くの分野において供給が需要の拡大に追いつかない状態である。サービス業の需要に見合った供給を増やし、サービス業のレベルを高めることは、潜在的内需を引き出し、経済の安定的成長を力強く支えると同時に、経済構造の改善に大いに貢献できる。サービス業に注力することは、雇用だけでなく、環境保全と経済の持続的発展にも有利である、という。
これを踏まえて、李首相は、経済社会の発展、中でも「新四化」(工業化、情報化、都市化、農業現代化)の調和的発展を促すために、サービス業を発展させ、工業化と情報化の高度な融合と、新型都市化と農業現代化が互いに促進し合うという相乗効果を図る必要があると指摘している。
サービス業の発展を進めるに当たり、生産関連サービスが優先分野となる。生産関連サービス業の発展を加速することは、構造調整と経済の安定成長を促すための重要な措置であり、内需の潜在力を効果的に引き出し、雇用を増やし、人民の生活を持続的に改善することができる上、産業をサプライチェーンのハイエンドに引き上げ、サービス業と農業、工業などのより高いレベルでの有機的融合を実現し、経済の質向上・効率改善・高度化を推進することにも役立つ。
このような認識に立って、政府は、2014年5月14日の国務院常務会議において、市場メカニズムとイノベーションによる駆動により一層依拠して、研究開発・設計、ビジネスサービス、マーケティング、アフターサービスなどの生産関連サービスを重点的に発展させ、国民経済の全体的な質と競争力の向上を図るべきであるという方針を決定した。生産関連サービス業の発展は、生産性の上昇とサプライチェーンの強化を通じて、中国製品の国際競争力の向上にもつながると期待される。
景気判断においても重要性を増す消費とサービス業関連の指標
これらの構造変化を反映して、2015年の上半期に、消費の伸び率は8.2%、GDP成長率への寄与度は4.2%と、それぞれ投資の伸び率の5.4%と寄与度の2.5%を上回っている(図3)。また、第三次産業の伸びは8.4%、GDP成長率への寄与度は4.2%と、それぞれ第二次産業の伸び率の6.1%と寄与度の2.7%を上回っている(図4)。
最近、工業生産や固定資産投資など、主要な経済指標が伸び悩む中で、実際の経済成長率は政府が発表している7.0%(2015年上半期実績)を大幅に下回っているのではないかと指摘されている。しかし、成長エンジンが、需要面では投資から消費へ、また産業面では工業からサービス業へシフトしつつあることを考えれば、公式統計は実態からそれほど乖離しているとは思わない。むしろ工業と投資の指標を中心に景気を判断することはバイアスがかかっていると言える。
例えば、製造業PMI(購買担当者景気指数)は注目されているが、サービス業を中心とする非製造業PMIはほとんど話題になっていない。確かに、足元では、2015年9月の製造業PMIは49.8と、8月(49.7)に続き景気判断の分かれ目とされる50を割っている。しかし、非製造業PMIだけでなく、製造業と非製造業のPMIの単純平均(「全産業PMI」の一次近似)も引き続き50を超えている(図5)。このことは、景気の実態がそれほど悪くないことを示している。
中国経済におけるこのような構造変化を考慮すれば、今後、景気を判断する際、消費とサービス業関連の指標をもっと重視すべきであろう。
2015年10月21日掲載