近年、中国経済が年平均10%を超える高成長を遂げているが、GDPの需要項目別構成を見ると、これは主に投資と外需によるものであり、消費はむしろ伸び悩んでいる。これを反映して、民間消費の対GDP比は、年々低下しており、2007年には35.3%と、米国の70.3%や、日本の56.3%など、諸外国と比べて非常に低い水準となっている(図1、2)。経済活動の最終目的は、消費を通じて国民の生活水準を向上させることである。消費振興は、「人間本位」(以人為本)を謳った胡錦涛政権にとって、重要な課題であり、特に昨年秋以降、中国経済が急速に減速していることを受けて、景気対策の一環としても注目を集めている。
カギとなる所得と富の再分配
中国における消費不振の背景には、国民の間の所得格差が拡大していることや、所得と富が国民よりも政府の手に集中していること、社会保障制度がまだ十分に整備されていないことなどが挙げられる。消費振興のために、このような状況を改めなければならない。
まず、中国において、都市と農村、沿海部と内陸部の格差に象徴されるように、所得の二極分化が進んでいる。高所得層ほど消費性向(所得に占める消費支出の割合)が低いため、所得格差が広がっていることは、ますます多くの所得が高所得者層に集中することを意味するため、国民全体の消費が抑えられることになる。実際、民間消費の対GDP比は、都市部と農村部の間の格差の拡大とともに低下している(図3)。所得格差を是正するためには、遺産相続税の導入や地方交付税制度の強化など、所得の再分配を目指した税制改革が欠かせない。
その上、所得と富が家計よりも政府に集中していることも、消費拡大の制約となっている。
近年、独占力の強い国有企業は、収益が大幅に改善しているにもかかわらず、これまで株主である「国」(政府)にほとんど配当金を支払っていなかった。2008年以降、中央管轄の大型国有企業は、業種によって利潤の5%または10%を配当金として政府に支払わなければならなくなったが、残りの大半が内部留保となり、企業部門の中で自己循環するという状況はほとんど変わっていない。もし、国有企業の利潤が、国の予算に財源として組み入れられることになれば、その恩恵を減税などを通じて国民に還元することができる。これにより、家計の可処分所得、ひいては消費も増えるだろう。
農民の購買力を高める最も有効な手段は、彼らの土地に対する権利を認め、保障することである。これまで、「集団所有制」の下では、農民は土地の使用権しか認められず、所有権を持っていなかった。彼らは、都市部に移住してしまえば、農地の使用権を放棄せざるを得なかった。しかし、土地が農民の私有財産になれば、その「資産効果」により、農村部の消費も盛り上がるだろう。2008年10月に開催された中国共産党第17期中央委員会第三回全体会議(17期3中全会)では、自らの意思で土地を売却することや、土地の収用に対する補償を改善すること、土地のリースの期限を従来の30年間からさらに延長することなど、農民の土地に対する権利を強化するという方針が打ち出されている。その実施による消費拡大効果が期待される。
最後に、社会保障制度が不十分な現状では、国民は、失業や病気、老後の生活に備えなければならないため、消費を抑え、貯蓄に励むしかない。多くの先進国では、失業保険、医療保険、養老年金などの社会保障が充実しているため、国民はその収入を安心して消費に充てることができる。中国においても、計画経済の時代には、農村部では人民公社、都市部では国有企業が、このような機能を果たしていた。しかし、計画経済から市場経済への移行が進むにつれて、人民公社は解体され、国有企業の民営化も進み、国有を維持している企業も経済活動に専念するようになった。その結果、従来の社会保障制度は実質上崩壊したが、それに代わる新しい社会保障制度がまだ整備できていない。この問題は、都市部以上に、農村部のほうが深刻である。農村部をもカバーする社会保障制度を整備していくことは、消費振興の前提条件であると言える。
景気対策の一環としても注目
中国政府は、景気対策として、昨年11月にインフラ投資を中心とする4兆元に上る内需拡大策を打ち出す一方で、消費拡大策を模索し始めている。今年、1月6日に開催された財政工作座談会において、李克強副総理(財政担当)は、今後の政策課題として、「国民所得の分配構造の調整を着実に推進し、国民生活の保障・改善に力を入れ、低所得家庭への補助・救済を強化し、個人の消費能力を高め、個人消費拡大に力を入れる」ことを強調している。
すでに、消費拡大策の目玉として、これまで一部の地域に限定して実施されている農民の家電購入時の補助金支給制度(「家電下郷」)の対象地域を、2月から全国に広げることが決まっている(注)。また、自動車販売拡大策としては、期限付きで、排気量1600cc未満の車の車両取得税を従来の10%から5%に引き下げるとともに、農民に対し、1300cc未満の小型トラックへの買い替えや小型バンを購入する場合、補助金を支給する計画も進められている。個別製品の購入への補助に加え、個人所得税の減税も視野に入りつつある。このような動きが本格化すれば、消費の拡大は、インフラ投資の増加に加えて、景気対策のもう一本の柱になるだろう。
2009年1月30日掲載