中国経済新論:実事求是

加速する農村部における土地の流動化
― 本格化する信託制度の活用 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国では、農村部の土地は集団所有となっており、農民にはその使用権しか認められていない。そのため、農地の流動性は低く、このことは、大規模経営を前提とする農業の近代化と、労働力の都市部への流出によって荒廃した農地の活用の妨げとなっている。これに対して、近年、農地の所有権を変えないまま、その使用権に当たる請負経営権だけを流動化させる試みが各地で行われており、政府もこれらを奨励している。その最新の手法として、土地流動化信託が注目されつつある。

中国における土地制度とその問題点

社会主義を標榜している中国では、土地はすべて公有であり、私有財産として認められていない。土地の公有制は都市部では国有だが、農村部では集団所有という形をとっている。ここでいう「集団」とは、農業生産合作社などの農民の集団経済組織のことで、農民を代表して土地を所有している。1980年代以降、改革開放が進むにつれて、農村部の基本的生産方式は、それまでの「人民公社」から「家庭請負制」に変わった。「家庭請負制」の下では、農民は請け負った土地の「所有権」を持っておらず、あくまでもその「使用権」しか与えられていない。土地の使用権の期限は、都市部の宅地が70年間、工業用地が50年間、商業用地が40年間になっているのに対して、農地(請負経営権)は30年間と短くなっている(図1)。

図1 中国における都市化の進展
都市農村
所有権国有集団所有
使用権
(年限)
宅地(70年)
工業用地(50年)
商業用地(40年)
農地〔請負経営権〕(30年)
集団建設用地
 ・宅地
 ・公益性公共施設用地
(出所)各種資料より作成

こうした土地の集団所有制の下では、農民が都市部への移住などにより農業戸籍を失えば、彼らの農地に対する権利は消滅し、極端な場合、何の補償も受けられない。その一方で、現在、多くの農村の若年労働者は都市部に出稼ぎに行っているが、彼らが請け負った農地は処分できないまま、荒廃してしまっている。

また、農業の生産性を高めるためには、農地の集約化による大規模経営が必要だが、農地の流動化が大きく制約されているため、なかなか実現できない。

さらに、土地が地方政府に収用される際の補償条件は、都市部より農村部のほうがはるかに劣っているだけでなく、それに関わる法律も不明確である。実際、政府による土地の収用を巡って、全国各地で農民暴動が起こるなど、大きな社会問題になっている。

対策としての土地の流動化

これらの問題を解決するためには、最終的には、農地の私有化、すなわち、所有権を含めて、農地に対する諸権利を農民に帰属させることを認めるしかない。しかし、イデオロギーや、土地収入を維持したい地方政府の反対、食糧自給率維持のための農地の他用途への転換に関する厳しい制限などが妨げとなっており、現段階では、農地の私有化が実施される可能性はほとんどない。これを背景に、集団所有という原則を尊重しながら、農地の効率的な利用を目指して、各地域では、農地の流動化を通じた土地の集約化の試みが続いている。農村部における土地の流動化の対象は、農地のみならず、宅地を含む建設用地にも及ぶが、ここでは、農地の流動化に焦点を当てる。

改革開放当初、農地の流動化の手法は、農地(厳密には農地の請負経営権)の交換、賃貸、譲渡といった農家の間の相対取引にとどまったが、市場化改革が進むにつれて、より多くの農家が同時に参加でき、流動化の対象となる農地の面積も大きい土地株式合作社や土地流動化信託などに進化してきている。それぞれの内容について、次のようにまとめられる。

1)農地の交換
農地の交換とは、農地の請負側が耕作などの利便性を考え、自分の請負った農地を同じ集団経済組織に属する別の農家と交換することである。

2)農地の賃貸
農地の賃貸とは、農地の請負側が請け負った農地の一部または全部を別の農家や企業などに貸し出すことである。農地を借りる側は、同じ集団経済組織の内部(その場合、「下請け」という)にとどまらず、外部にも広がっている。

3)農地の譲渡
農地の譲渡とは,農地の請負側が請け負った農地の一部または全部を農業生産・経営に従事し、同じ集団経済組織に属する別の農家へ譲渡することである。都市部で戸籍を取得するなど、安定した生活基盤を築いた農民の家庭に限って認められている。

4)土地株式合作社
土地株式合作社とは、農家が自らの意思で農地の請負経営権を株式の取得の形で出資し、農地をプールして、共同経営を行う組織である。コストなどを控除した利益は、株式の持ち分に比例して配当される。その典型例として、広東省佛山市南海区で広く実施される「南海モデル」が挙げられる(BOX)。

5)土地流動化信託
土地流動化信託とは、農家(委託者)が土地の有効利用を図るため、土地を信託業者に信託し、信託業者が受託者として建物の建設・資金の調達・建物の賃貸などを行い、賃貸収益から経費や手数料(信託報酬)を差し引いた利益を信託配当として委託者(または他の受益者)に交付する制度である(図2)。これは、日本をはじめとする諸外国で広く実施されている土地信託の仕組みと類似している。ただし、中国の場合、信託の対象となる信託財産は、土地の所有権ではなく、その使用権(請負経営権)である。また、土地株式合作社または村民委員会が農家を代表して土地を信託業者に委託する場合や、地方政府が設立する機関が信託業者の役割を担う場合もある。

図2 土地流動化信託の仕組み
図2 土地流動化信託の仕組み
(出所)各種資料より作成

韓長賦・農業部部長によると、2013年6月末現在、農地流動化比率(農地全体に占める流動化された農地の面積)は23.9%に上る。(国務院新聞弁公室「食糧増産と農民増収及び三中全会の精神の徹底に関する記者会見」、中華人民共和国国務院新聞弁公室サイト、2013年12月6日)。

政府も後押し

農地の流動化は農民の自発的行為として始まったが、次第に政府に追認され、また奨励されるようになった。

具体的に、2003年に実施された「中華人民共和国農村土地請負法」は、次のように土地の請負経営権の流動化に法的根拠を与えた。

第32条:家庭請負という形式で取得した土地の請負経営権は、法律に基づき、下請け、賃貸、交換、譲渡またはその他の方式で移転することができる。

第33条:土地の請負経営権の移転に当たっては、以下の原則を遵守しなければならない。
(1)平等の立場での協議、自由意思、有償とし、如何なる組織と個人も土地の請負経営権の移転を進めるに当たって強迫または阻害をしてはならない。
(2)土地の所有権の性質と農業という用途を変えてはならない。
(3)移転の期限は土地の請負期限の残存期限を超過してはならない。
(4)譲受人は、農業の経営能力を有する者でなければならない。
(5)同等の条件下にあっては、当該集団経済組織の構成員が優先権を有する。

2008年10月に開催された中国共産党第17期中央委員会第三回全体会議(第17期三中全会)において採択された「農村の改革・発展を推進するに当たっての若干の重大な問題に関する中共中央の決定」では、「土地の請負経営権の流通市場を確立、整備し、法令順守・自由意思・有償の原則に従って、農民に下請け、賃貸、交換、譲渡、株式合作などの形での土地の請負経営権の流動化を認め、さまざまな形の適度な大規模経営を発展させる」と明記されている。2013年11月に開催された第18期三中全会で採択された「改革の全面的深化における若干の重大な問題に関する中共中央の決定」においても同じ方針が確認されている。

2013年12月に開催された「中央農村工作会議」では、「集団による所有権を徹底させ、農家の請負権を安定化させ、土地の経営権を活性化させる」という方針が決定された。それまでの「所有権」と「請負経営権」の「二権分離」に代わる、「所有権」、「請負権」、「経営権」の「三権分離」という概念が提出されたことで、流動化の対象はあくまでも土地の「経営権」であって、「請負権」ではないことが明確になった。

脚光を浴びる土地流動化信託

政府の後押しで土地の流動化の機運が高まる中で、信託業務を専門とする信託会社も仲介者として参入の機会を模索してきた。

信託会社として最初に土地流動化信託に本格参入したのは中信信托有限責任公司であった。2013年10月10日、中信信托は安徽省宿州市埇橋区人民政府と協力し、「中信・農村土地請負経営権集合信托計画1301期」を立ち上げた。中信信托は、農家から土地を受託し、信託期間は請負経営権の残存期間に当たる12年である。流動化の対象となる土地の面積は、第一期では5,400ムー(1ムー=1/15ヘクタール)、最終的には25,000ムーに上る。そこに近代的農業のモデルパークが建設される予定で、土地の開発・整理、テナントの誘致など、その経営と管理は、安徽帝元現代農業投資有限公司に委託する。農民が土地から得られる収入は、賃料に加え、それを上回る純利益の70%が、各農家の土地の持ち分に比例して分配される。残りの利益は、中信信托と安徽帝元をはじめとする関係者で分けることになる。また、農民は、土地からの財産収入の他に、従業員として働くことで賃金収入を得ることもできる。

農地の交換、賃貸、土地株式合作社といった従来の手法と比べて、土地流動化信託には次の利点がある。

まず、耕作者がいなくなり荒廃した農地を含めて、分散している土地を集約し、企業経営を導入することで、農業の大規模化、機械化、そして市場化が可能になる。

また、信託を導入することを通じて、農地の請負権と経営権を明確に分離することができる。土地の経営・管理を専門の会社に任せることによって、生産効率が高まり、農民の収入も増える上、仮に経営権を取得した企業などが事業に失敗したとしても、農民が持つ請負権には影響しない。

さらに、農民は、自ら土地の経営に直接関わらなくても、資産としての土地から生まれる収入を得られることで、農業から離れ、工業やサービス業などへ移動する自由度が高くなる。このことは、所得格差の是正を通じて、都市部と農村部の二重構造の解消につながる。

最後に、信託会社は、強い資金調達能力を備えており、農業の近代化を金融面からサポートすることもできる。

残された課題

このように中国における農地の流動化はかなり進んでいるが、未解決の問題も多い。

第一に、農地の流動化は、現行の法律法規と矛盾する点があり、関連法律による保障が不足している(劉衛柏、柳欽、李中「我が国における農村土地の流動化の新モデルに関する分析」、『調研世界』、2012年第4期」)。

具体的に、まず、農民には農地の所有権が認められていない。「中華人民共和国土地管理法」の第2条は「中華人民共和国は社会主義公有制を実行し、全民所有制と労働群衆集団所有制という二つの形式がある」と明記しており、すべての土地は国家と農民集団が所有し、農地の所有権は売買、もしくは違法譲渡してはならず、流動化の対象はあくまでも農地の使用権に当たる請負経営権であり、所有権ではないと定めている。

また、「中華人民共和国土地管理法」第4条の「国家が土地用途規制制度を実行する」、第63条の「農民集団所有の土地の使用権は農業以外の用途に譲渡、賃貸してはならない」など、流動化による農地の転用を制限する規定がある。しかし、実際、他の用途への転用がしばしば起きている。

そして、先述の「中華人民共和国農村土地請負法」の第33条の規定通り、流動化の期間が制限されている。しかし、実際には、農地の流動化に関する契約の多くは、記載された流動化の期間が請負契約の残存期間より長く、法律の規定と矛盾している。

第二に、農地の流動化の過程において、農民の利益は十分に保障されていない。農地の生産性が低いことを反映して、賃料など、農民が農地の流動化によって得られる収入は高くない。また、流動化された土地が転用されれば、将来、農民の生計に悪影響を与えてしまう。実際、企業が農地の経営権を取得した後、勝手に建物を建てるなどして、農地を劣化させてしまい、満期を迎えた後、その土地は従来のように農業生産に利用できなくなることもしばしば起きている。

第三に、農地を流動化させるための市場インフラが未熟である。まず、農地の請負経営権の帰属が未確定のままでは、有効な契約を結べない。政府は、農地の請負経営権の帰属を確定する作業を進めているが、完了するまでにはまだ時間がかかる。また、契約の内容が規範化されておらず、関係者間の口約束だけという場合さえある。そのため、紛争が起きた時に、法律による解決が難しい。さらに、専門的仲介機関も発達しておらず、このことは、大規模な農地の流動化の妨げとなっている。

最後に、農業への金融面のサポートが不足している。都市部の資本過剰に対し、農村部の資本は枯渇に近い状態にある。農家は経営規模が小さく、銀行から融資を受けることが難しい。伝統的農業から近代的農業への転換は、労働集約型農業から資本集約型、技術集約型農業への転換を意味する。近代的農業の発展の前提となる農地の流動化、農地の集約化、大規模経営の実現は、いずれも大量の資金が必要となる。そのために、銀行による農業への融資を奨励するとともに、都市部から農村部への投資を増やさなければならない。

これらの問題を解決していくことは、農地の本格的流動化の前提となる。それに向けて、関連法律の整備に加え、信託制度の一層の活用が求められる。

BOX:土地株式合作社に基づく「南海モデル」

広東省佛山市南海区(元広東省南海市)では、農家の収入を増やす一方で工業化に必要な建設用地の需要を満たすために、1990年代に多くの土地株式合作社がつくられた。「南海モデル」と呼ばれるようになったこの仕組みは、具体的に二つの部分によって構成される。一つは管轄区内の土地を、商業住宅区、経済発展区、基本農地保護区に再編し、農地の面積を一定の水準以上に維持しながら、その有効利用を図る。もう一つは、「全員が参加し、全員に配当する」という原則の下で、土地株式合作社の各メンバーに株式を割り当て、それに比例して配当金を支払うというものである。

当初、利益分配については、平等の原則が重視され、次のルールが広く採用されていた。まず、土地株式合作社のメンバーに割り当てられる株数、ひいては配当金額を決める際に、年齢が重要な基準となる。一般的に、年長者であるほど有利になる。また、土地株式合作社のメンバーに割り当てられる株数は、出生、婚姻、死亡などによる人口の変化と、メンバーの年齢の変化に合わせて定期的に調整される。さらに、メンバーに割り当てられる株式は、継承・贈与・譲渡が認められない。しかし、既存メンバーと新規メンバーの利益衝突が顕著になるにつれて、株式の帰属を一旦確定した後は、人口とメンバーの年齢が変化しても、原則として調整しない一方で、株式の継承・贈与・譲渡を認める地域が現れてきた。

2014年3月7日掲載

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