中国経済新論:実事求是

「第17期三中全会」の焦点となった農地の流動化

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国における社会主義革命の主役は、マルクスが想定した産業労働者ではなく、「耕者有其田」(耕作者がその土地を所有する)を求める農民であった。しかし、残念なことに、1949年に革命が成功した後、農民は自分の土地を持つどころか戸籍によって移動の自由が厳しく制限されるなど、二等公民の地位を強いられている。このような状況は、計画経済の時代はもとより、改革開放が始まって30年間近く経った今日でもそれほど変わっていない。戸籍による差別をなくすとともに、農民の土地に対する権利を認めることは、三農(農業、農村、農民)問題を解決するためのカギとなる。

胡錦濤・温家宝政権は、「調和の取れた社会」の構築という目標を掲げており、その一環として、三農問題の解決に向けて積極的に取り組んできた。2008年10月9日~12日に開催された中国共産党第17期中央委員会第三回全体会議(「第17期三中全会」)においても、農村改革の推進、中でも農地の流動化が議題の中心となった(注)

現行の農地制度とその問題点

社会主義を標榜している中国では、土地はすべて公有であり、私有財産として認められていない。土地の公有制は都市部では国有だが、農村部では集団所有という形をとっている。ここでいう「集団」とは、1つの村落、または村民組織といった集団組織のことで、農民を代表して土地を所有しているのである。ただし、農民は自分の意思でこの「集団」に参加したのではなく、それから脱退する自由もない。農民は「請け負った」土地の所有権を持っておらず、あくまでもその「使用権」しか与えられていない。都市部の土地の使用権の期限は住宅地が70年間、工業用地が50年間、商業用地が40年間になっているのに対して、農地の「請負契約」期限は30年間と短くなっている。

こうした土地の集団所有制の下では、農民が都市部への移住などにより農業戸籍を失えば、彼らの土地に対する権利は消滅し、何の補償も受けられない。また、現在多くの農村の若年労働者は都市部に出稼ぎに行っているが、請け負った農地は売却することができないまま、荒廃してしまっている。

また、農業の生産性を高めるためには、農地の集約化による規模の経済化を生かすことが必要だが、農地の転売が大きく制約されているため、なかなか実現できない。

さらに、「公共の利益」を理由に、土地が地方政府に収用される際の補償条件は、都市部より農村部のほうがはるかに劣っているだけでなく、それにかかわる法律も不明確である。実際、政府による農地の収用を巡って、全国各地で農民暴動が起こるなど、大きな社会問題になっている。

求められる農地の私有化

これらの問題を解決するためには、最終的には、農地の私有化、すなわち、所有権を含めて、農地に対する諸権利を農民に帰属させることを認めるしかない。これにより、農民の自らの意思で農地を売却することが可能になる。農民たちは、これによって得られる資金を使って、家族とともに都市部に移住することも可能になる。また、労働力や資本といった他の生産要素と同じように、農地の流動化は、生産性の向上にも寄与する。

しかし、以下のような中国の特殊な「国情」を理由に農地の私有化に反対する声がまだ根強い。

まず、土地の公有制は社会主義の根幹部分であるため、私有化は、それを揺るがすものである。農地の私有化を進めれば、地主階級が復活し、せっかく「解放された」農民が再び搾取の対象となる。

また、地方政府も、法律も頼れない現状では、「集団所有制」を強化し、農民を団結させることは、農地の強制収用など、農民の権利に対する侵害を抑えるために比較的有効な対策となる。

さらに、農民にとって、農地は生活保障の機能を兼ねているため、私有化を経て、農民が土地を売却してしまえば、最後の保障もなくなる(いわゆる「土地保障論」)。その結果、土地を失った農民(「失地農民」)が増え、社会不安は拡大する。

最後に、農地の私有化によって、政府による収用価格が上昇し、これが最終的に製品価格に転嫁されれば、中国製品の国際競争力の低下をもたらすという。

これに対して、農地私有化の推進派は、次のように反論している。

まず、マルクスが反対している私有制はあくまでも、資本家による私有制であり、労働者が持っている生産手段の私有制ではない。また、地主階級の復活により社会不安が拡大するという主張があるが、現在農民には借地権しか与えられていないため、農民の権利の方が侵害されやすい。皮肉なことに、その犯人は地主階級ではなく、「公益」の名の下で特権を振るう政府の役人である。

また、農民の意思に基づく自発的「集団化」には賛成するが、現在のような強制的「被集団化」は、農民の権利を保護するどころか、それを侵害するものである。農地の私有化は、農民にとって、自分の土地に対する権利を放棄しなくても、「集団」から脱退できる権利が与えられることを意味する。

さらに、「土地保障論」については、土地が農民の私有財産になれば、これを売るかどうかを自ら決められるようになるだけでなく、市場価格での販売も可能になることから、自分の意思に反して、わずかの補償で土地を失わなければならないリスクに常に直面している現状と比べて、農民の権利、ひいては生活保障がより強化されることになる。農民にとって土地は最後の拠り所だからこそ、よほどの良い条件でなければ、手放されることはないだろう。このように、農地の私有化に反対することは、農民の権利を守るどころか、むしろそれを剥奪することを容認し続けることになる。

最後に、確かに私有化に伴って土地収用のコストが上昇するが、工業化のコストをいつまでも農民だけに負担させるのは不公平である。都市住民と同じように、土地価格の上昇による売却益を得るという権利を農民にも与えるべきである。また、農地が農民の私有財産になれば、その生産性が高くなるだけでなく、農民の消費も拡大するため、経済成長率が供給と需要の両面から支えられることになる。このように、農地の私有化は、外需主導型成長から内需主導型成長への転換にも寄与しうるという。

私有化に近づく大きな一歩

農地の私有化を巡る議論が白熱化している中で、10月に開催された17期三中全会において、中国の今後の農村改革の方向性を示した「農村の改革・発展を推進するに当たっての若干の重大な問題に関する決定」(以下、「決定」)が採択され、農地の流動化に関する政府の新しい方針が注目されている。

「決定」では、①土地の集団所有制を変えてはならない、②農地の用途を変えてはならない、③請負農家の権益を損なってはならないことを条件に、「土地請負経営権の流通市場を確立、整備し、法令順守・自由意思・有償の原則に従って、農民が下請け、賃貸、交換、譲渡、株式合作(株式会社と組合の折衷型)などの形で土地請負経営権を流通させることを認め、さまざまな形の適度の大規模経営を発展させる」と明記している。このことは、農民が請け負った土地を自分で耕作するだけでなく、賃貸料をもらいながら他人に耕作させることも、売却することも可能になることを意味する。その結果、農地を手放して都市部に定住する農民が増えるだろう。

また、「決定」では、土地請負(使用権)の期限に関して、従来の「長期不変」から「長久不変」に変更され、制度の安定性が強調されている。その具体的内容はまだ発表されていないが、この方針に沿って、請負期限が現在の30年から、50年または70年にさらに延長されるのではないかと推測される。請負の期限が長ければ長いほど、土地の使用権と所有権の差が小さくなり、土地の資産としての価値も高くなる。一部の学者が提案しているように、「永久請負制」(「永包制」)を実施すれば、建前として土地の公有制が維持されたまま、実質的には、土地が農民の私有財産となる。

さらに、「決定」では、「土地収用制度を改革し、公益的建設用地と営利的建設用地を厳格に区別し、土地収用の範囲を徐々に縮小し、収用補償の仕組みを完備させる。法に基づいて農村の集団の土地を収用する場合、同一土地・同一価格の原則に従って、農村の集団組織と農民に遅滞なく合理的な全額補償を行い、土地が収用された農民の就業、住宅、社会保障問題をきちんと解決する」という方針も盛り込まれている。

このように、土地の流通が認められることや、「使用権」の期間が延長されること、土地収用に対する補償が改善されることは、私有化そのものではないが、農民の土地に対する権利が大幅に強化されたという意味において、それに近づくための大きな一歩だと理解すべきである。

2008年12月8日掲載

脚注
  • ^ 三中全会は5年毎に開催され、経済政策の方針を決めるもっとも重要な会議であると位置づけられている。実際、1978年12月に鄧小平の主導の下で開催された第11期三中全会は、改革開放の幕開けとなり、今年はその記念すべき30周年となる。
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2008年12月8日掲載