中国では、市場経済化が進むにつれて、金利、為替(人民元)レート、株価といった主要な「価格」は、インフレと実質GDP成長率(経済成長率)を中心とする景気動向に大きく左右されるようになった。金利がインフレ率と経済成長率の変化に大きく影響されていることは、経済学の教科書において、「テイラー・ルール」として定式化されているが、ここでは、それを中国に応用し、金利に加え、人民元レートと株価がインフレ率と経済成長率の変動に対してどのように反応をするかを回帰分析という統計学の手法を使って明らかにする。なお、対象期間は、ドルペッグから管理変動制に移行した2005年7月を起点とする2005年第3四半期から2011年第4四半期とする。
金利の決定要因
まず、中国の銀行の預貸金利は未だ当局によって規制されており、金利の調整は、金融政策の重要な一環として位置づけられている。マクロ経済の安定のために、当局は経済成長率とインフレ率の上昇に対して金利を上げ、逆に経済成長率とインフレ率の低下に対して金利を下げることで対応する。
これを確認するために、金利のベンチマークとなる金融機関の一年満期の貸出基準金利を被説明変数に、インフレ率(CPIの上昇率、前年比)と経済成長率(前年比)を説明変数に回帰分析を行った。その際、政策金利の慣性を考慮して、一期前の貸出基準金利を三つ目の説明変数として推計式に加えた。それにより、インフレ率の1%の上昇(下落)に対して金利を0.11%引き上げ(引き下げ)、経済成長率の1%の上昇(下落)に対して金利を0.08%引き上げ(引き下げ)ているという推計結果が得られた(図1)。
貸出基準金利は一年満期、四半期のデータは月次データの期末値の平均。
推計期間:2005年第3四半期~2011年第4四半期
為替レートの決定要因
景気動向は、金利だけでなく、為替レートにも大きく影響している。これを確認するために、人民元の対ドルレート(前年比)を被説明変数に、またインフレ率と経済成長率(いずれも前年比)を説明変数に回帰分析を行った。その際、変数間のタイムラグと為替レートの慣性を考慮して、今期のインフレ率の代わりに一期前のインフレ率を使用し、また一期前の人民元の対ドルレートを説明変数に加えた。それにより、人民元の対ドルレート(前年比)は、一期前のインフレ率の1%上昇(下落)に対して0.54%上昇(下落)し、また経済成長率の1%上昇(下落)に対して0.24%上昇(下落)するという推計結果が得られた(図2)。
人民元の対ドルレートは四半期平均。推計期間:2005年第3四半期~2011年第4四半期
中でも、2005年7月以降の人民元の対ドルレート上昇率とインフレ率(いずれも前年比)の推移を比較してみると、市場原理に反して、インフレ率が高いほど人民元の対ドルレート上昇のペースも速いという強い傾向が見られる(図3)。このことは、当局が為替レートを、物価を安定化させる手段として活かしていることを反映している。
株価の決定要因
中国では、金利と為替レートと同様に、株価も景気動向に大きく左右される。これを確認するために、上海総合指数(前期比)を被説明変数に、経済成長率とインフレ率(いずれも前年比)を説明変数に回帰分析を行った。これにより、上海総合指数(前期比)は、経済成長率が1%上昇(下落)すれば5.37%上昇(下落)し、逆にインフレ率が1%上昇(下落)すれば3.62%下落(上昇)するという結果が得られた(図4)。この推計式に基づいて得られた推計値は、対象となる26四半期の内、実績値と同じ方向(上昇または下落)に動くのが21回に上り、実績値と逆の方向に動くのが5回だけで、「的中率」が極めて高いと言える。
―実績Vs.予測値―
上海総合指数は四半期平均。推計期間:2005年第3四半期~2011年第4四半期
○:予測値と実績値はともに上昇または下落、×:予測値と実績値は逆の方向に動く
実際、上海総合指数は、2006年第1四半期から2007年第4四半期までと2009年第1四半期から第4四半期までは上昇傾向を辿り、逆に2008年第1四半期から第4四半期までと2010年第1四半期以降は下落傾向を示しているが、二つの上昇局面は、いずれも低インフレから始まり、高成長を経て、インフレの上昇を受けた形で終焉を迎えた(図5)。
今後の金利・為替レート・株価の見通し
このように、中国において、金利、為替レート、株価の水準はいずれも、景気次第だと言える。2011年第4四半期の中国の経済成長率は8.9%と、2009年第2四半期以来の低水準となった。その一方で、インフレ率はピークに当たる2011年第3四半期の6.3%から低下しているものの、依然として高い水準にある。リーマンショック以降の平均値(経済成長率は9.4%、インフレ率は2.7%)を基準にすれば、中国経済は低成長・高インフレという「スタグフレーション期」にある(図6)。景気の遅行指標に当たるインフレ率は今後さらに低下し、中国経済は2012年上半期に低成長・低インフレという「後退期」に入るだろう。この段階において、金融緩和が行われ、金利が引き下げられるものと予想される。これがきっかけとなって、景気は下半期にかけて持ち直し、高成長・低インフレという「回復期」に向かうだろう。
低成長・低インフレという「後退期」に当たる2012年前半において、人民元の対ドルレート上昇のペースは鈍ってくると予想される。その一方で、低インフレと金融緩和の恩恵を受けて、株価は上昇し始めるが、本格的上げ相場は、年後半に訪れると予想される「回復期」を待たなければならないだろう。
2012年3月1日掲載