中国経済新論:実事求是

中国における政策金利の決定要因
― テイラー・ルールによる示唆 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国では、昨年以来、インフレが加速し、今年7月のCPI上昇率は6.5%と、37ヵ月ぶりの高い水準となった。インフレを抑えるために、当局は金融政策のスタンスを緩和から引き締めに転換しており、中でも、ベンチマークとなる一年満期の貸出基準金利が2010年10月以降、5回にわたって計1.25%引き上げられた。金利の動向は、今後の景気を大きく左右するだけに、その行方が注目されている。8月のCPI上昇率が6.2%と、7月より幾分低下したが、市場における利上げ懸念はまだ完全に払拭されていない。ここでは、当局が政策金利をインフレと景気動向に合せて調整すべきだと主張する「テイラー・ルール」を、金融当局の「政策反応関数」として捉えた上、中国の金利政策の分析に応用し、更なる利上げの可能性について検討する。

テイラー・ルールとは

テイラー・ルールとは、元米財務次官(2001~2005年)を務め、現在、スタンフォード大学の経済学者であるのJ.テイラーが提唱する、金融政策を策定する上で、目安となるルールである。それによると、物価上昇率と長期的な目標値からの乖離幅と、景気変動を表す指標(例えば、GDPギャップ)の均衡値からの乖離幅に応じて、政策金利の水準を決めるべきである。当局は、現実のインフレ率が目標値を上回ったり、また実質GDPがその潜在水準を上回ったりする場合、政策金利を引き上げ、逆の場合、政策金利を引き下げなければならない。テイラー・ルールによる政策金利の適正水準は、次の式によって求められる。

政策金利の適正水準=現実のインフレ率+均衡実質金利+0.5×(現実のインフレ率-目標インフレ率)+0.5×(GDPギャップ)(注1)。

米国の例に沿って言えば、均衡実質金利が2%、目標インフレ率が2%とすると、政策金利であるフェデラル・ファンド金利(FFレート)の適正水準は、次の式によって求められる。

FFレートの適正水準=現実のインフレ率+2%+0.5×(現実のインフレ率-2%)+0.5×(GDPギャップ)=1.5×(現実のインフレ率)+0.5×(GDPギャップ)+1%

テイラー・ルールに従えば、連銀は、インフレ率の1%ポイントの上昇に対して、FFレートを1.5%ポイント、GDPギャップの1%ポイントの拡大に対してFFレートを0.5%ポイント引き上げることが望ましい。マクロ経済を安定化させるために、金利をインフレ率の上昇分以上に上げなければならないという考え方は、「テイラー原則」と呼ばれている。

このように、テイラー・ルールは、元々政策金利の適正水準を求めるために開発されたものである。しかし、その後、米国における政策金利の推移の説明にも有効的であることが確認されており、当局のマクロ経済の変動に対する「政策反応関数」としての側面が強調されるようになった。その場合、インフレ率(と目標インフレ率の差)の変動とGDPギャップの変動に対する政策金利の「弾性値」は、あくまでも実証によって確認されるものであり、テイラー・ルールが元々想定した「適正値」(インフレ率とGDPギャップの変動幅に対してそれぞれの1.5倍と0.5倍)と一致することが分析の前提とされていない。

テイラー・ルールの中国への応用

ここでは、テイラー・ルールを「政策反応関数」として捉えた上、中国における政策金利の決定要因について、回帰分析という統計学の手法を使って検討する。なお、対象となる期間は、ドルペッグから管理変動制に移行した2005年7月を起点とする2005年第3四半期から2011年第2四半期とする。

中国の場合、被説明変数に当たる政策金利のベンチマークとなるのは、金融機関の一年満期の貸出基準金利である。一方、一つ目の説明変数となるインフレ率に対応しているのは、CPIの前年比の上昇率である。もう一つの説明変数であるGDPギャップに相当する指標が当局から発表されていないが、ここでは、その代理変数として実質GDP成長率を採用した(注2)。また、政策金利の慣性を考慮して、1期前の貸出基準金利を三つ目の説明変数として推計式に加えた(注3)。それにより、インフレ率の1%ポイントの上昇と成長率の1%ポイントの上昇に対して、当局が金利をそれぞれ0.10%ポイントと0.09%ポイント引き上げる形で対応しているという推計結果が得られた(図1)。

図1 一年満期の貸出基準金利の推移:推計値Vs.実績
図1 一年満期の貸出基準金利の推移:推計値Vs.実績
(注)推計値は以下の回帰分析による。
 貸出基準金利は一年満期。
推計期間:2005年第3四半期~2011年第2四半期
(出所)CEICデータに基づき推計

もっとも、インフレが1%ポイント上昇(低下)するときに、当局が政策金利を0.10%ポイントしか引き上げていない(下げていない)ことは、前述の「テイラー原則」に反している。これを反映して、中国における実質金利はインフレ率と逆相関を示しており、金利政策が景気を安定化させる手段として十分に効果を発揮できていないことは明らかである(図2)。

図2 インフレ率と逆相関をする実質貸出基準金利
図2 インフレ率と逆相関をする実質貸出基準金利
(注)貸出基準金利は一年満期。実質貸出基準金利=名目貸出基準金利-CPI(前年比)
(出所)CEICデータに基づき推計

更なる利上げが実施されるか

テイラー・ルールに基づいた分析は、これまでの金利の動向を説明するだけでなく、今後の金利の予測にも役に立つ。以上の回帰分析の結果をベースに、2011年の第3四半期現在、実質GDP成長率が9.2%、インフレ率が6.2%を前提に、一年満期の貸出基準金利の「理論値」は6.39%と推計されるが、2011年7月7日に実施された利上げ後の実際の水準は6.56%と、すでにそれを上回っている。その上、8月のインフレ率は7月の6.5%から6.2%に低下しており、今後、インフレ率と成長率がともに鈍化すると予想されることを合わせて考えれば、更なる利上げの可能性は小さいと見られる。

2011年9月30日掲載

脚注
  1. ^ GDPギャップは、現実の実質GDP-実質GDPの潜在水準によって計算され、計数が大きいほど、景気が過熱していることを意味する。
  2. ^ 厳密に言えば、GDPギャップの代理変数として、実質GDP成長率と潜在成長率の差を使うべきだが、ここでは、単純化のために、潜在成長率が一定であると仮定し、実質GDP成長率のみを推計式に加えた。
  3. ^ 単純化のために、テイラー・ルールの一部である均衡実質金利と目標インフレ率が一定だと仮定し、それらを推計式から除外した。
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2011年9月30日掲載