中国経済新論:実事求是

金融引き締めで大幅に鈍化してきたマネーサプライの伸び

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国では、2005年7月に行われた「人民元改革」を経て「管理変動制」に移ってからも、人民元レートの上昇を抑えるために、大規模な為替介入が実施されてきた。それに伴って、外貨準備とともにベースマネーも増えるため、国内のマネーサプライをコントロールすることは難しくなっている。当局は、流動性を抑える手段として、当初、中銀手形の発行を通じたベースマネーの回収に重点を置いたが、その後、利払いの負担を減らすために、法定預金準備率を引き上げることに切り替えた。特に、2010年以降、インフレが加速する中で、金融引き締めの一環として、法定預金準備率を過去最高の水準に引き上げてきた。これを受けて、マネーサプライの伸び率も2009年の金融緩和期の高水準から急速に低下してきている。それにより、今後インフレ圧力が低下すると予想される。

不胎化の手段の主役交代

中国は、人民元レートの上昇を抑えるために、日々人民元売り・ドル買いという形で為替介入を行ってきた。介入に伴って放出されたベースマネーを放置すると、流動性が膨脹することにより、資産バブルが発生し、インフレになりかねない。それを未然に防ぐために、当局は、主に自ら手形(中銀手形)を発行する「公開市場操作」や、市中銀行に適用する法定預金準備率を調整する「預金準備率操作」などを通じて、「不胎化」を図ってきた。近年、為替介入の規模の拡大とともに、不胎化の規模も大きくなってきており、その主な手段も、公開市場操作から預金準備率操作に変わってきている(表1)。

表1 不胎化の手段としての公開市場操作と預金準備率操作
表1 不胎化の手段としての公開市場操作と預金準備率操作
(注)1.介入規模は、中国人民銀行「金融機構人民幣信貸収支表」の「外匯占款」の増分。
   2.各変数の変化分は各年12月の値の前年比(ただし、2011年5月は2010年5月比)。
   3.法定預金準備金は預金×法定預金準備率により計算。預金は中国人民銀行「金融機構人民幣信貸収支表」の「各項存款」。
(出所)中国人民銀行より作成

為替介入の規模は、中国人民銀行が発表する「金融機構人民幣信貸収支表」の「外匯占款」の増分に当たる。それによると、2004年の介入規模は1兆7,746億元に達したが、その45.3%が中銀手形の発行(残高の純増)によって、また19.6%が法定預金準備金の積み上げによって、不胎化された。両者を合わせた「不胎化比率」は介入規模の64.9%に達した。

2005年に中国が「管理変動制」に移ってからも、介入規模は拡大し続け、2007年には、2兆9,397億元に達したが、中銀手形発行残高の純増分は減少しはじめ、介入規模の16.1%にとどまった。その一方で、法定預金準備率が年初の9.0%から年末には14.5%に引き上げられたことにより、法定預金準備金の増加による不胎化の規模は、中銀手形の発行によるものを上回るようになった。

このような情況はその後も続いている。特に、2009年以降、中銀手形の新規発行の規模が満期による償却の規模を下回るようになり、中銀手形発行残高の純増分はマイナスに転じている。その一方で、2010年1月に金融政策のスタンスが緩和から引き締めに転換されてから、法定預金準備率が12回にわたって計6%引き上げられ、2011年7月現在21.5%という過去最高の水準に達している。これによって凍結される資金は、介入規模を上回るようになった。

中央銀行は、このように政策手段を中銀手形の発行から預金準備率の引き上げに切り替えることを通じて、不胎化に伴うコストを抑えることができる。なぜならば、中央銀行は、自ら発行した手形に対しても、市中銀行から預けられた預金準備金に対しても利息を支払わなければならないが、後者の金利(2011年7月現在、法定預金準備金の場合は1.62%、超過準備金の場合は0.72%)は前者(同1年満期の場合3.4%)と比べて低いからである。しかし、その一方で、市中銀行にとって、法定預金準備率の引き上げは収益を圧迫させる要因になりかねない。

信用乗数の低下で鈍化するマネーサプライの伸び

金融政策の手段の中心が、公開市場操作から預金準備率操作に切り替えられたことは、中間目標であるマネーサプライ(M2)にどのような影響を与えているのだろうか。

M2の伸びは、概念的に、ベースマネーの伸びと、信用乗数の変化に分解することができる。すなわち、信用乗数はM2/ベースマネーと定義され、これを

M2=信用乗数×ベースマネー

と書き換えれば、M2の伸びはベースマネーの伸びと信用乗数の変化に比例することが分かる。中銀手形の発行は、直接ベースマネーの量を抑えるのに対して、法定預金準備率の引き上げは、ベースマネーの量には直接影響を及ぼさない代わりに、信用乗数を低下させる()。

中国では、外貨準備が増え続ける中で、中銀手形の発行による不胎化の規模が縮小している結果、ベースマネーの伸びは加速しているが、M2の伸び(前年比)はピークだった2009年11月の29.7%から2011年6月には15.9%に大幅に鈍化している。ベースマネーが急増しているにもかかわらず、M2の伸びが鈍化しているのは、度重なる法定預金準備率の引き上げが、超過準備金を含む預金準備率の上昇を通じて、信用乗数の低下をもたらしているからである(図1、図2)。

図1 M2の伸び率の要因分解
-ベースマネーと信用乗数による寄与度-

図1 M2の伸び率の要因分解
(注)M2の変化率=ベースマネーの変化率+信用乗数の変化率。但し、変化率は自然対数値の増分により算出。
(出所)中国人民銀行およびCEICデータベースより作成
図2 預金準備率と反比例する信用乗数
図2 預金準備率と反比例する信用乗数
(注)「法定預金準備率」は銀行の規模によって異なり、ここでは大手銀行に適用される準備率を使っている。これが中小銀行より高いことを反映して、銀行部門全体の(超過準備金を含む)預金準備率は、(大手銀行を対象とする)法定預金準備率を下回る場合がある。
(出所)中国人民銀行およびCEICデータベースより作成

沈静化に向かうインフレ

「インフレは常に貨幣的現象である」という経済学の常識のように、中国においても、マネーサプライは、インフレ率を左右するもっとも重要な変数である。2011年6月のインフレ率は6.4%と、3年ぶりの高水準に達しているが、これは、リーマン・ショックを受けて実施された超金融緩和政策が残した後遺症に他ならない。今後、インフレはさらに高まるのではないかと懸念されているが、金融引き締め政策が功を奏する形でマネーサプライの伸びが鈍化していることから、このような可能性は低いと思われる。

2011年7月28日掲載

脚注

^ 信用乗数は、次のように、非銀行部門の現金比率, 銀行部門の現金比率, 銀行部門の預金準備率の3つの要素で表すことができる。
H=Cn+Cb+Rb
M=Cn+D



ただし、

H ベースマネー(ハイパワードマネー)
M マネーサプライ
m 信用乗数
Cn 非銀行部門の保有現金
Cb 銀行部門の保有現金
Rb 銀行部門の預金準備
D 預金
cdn 非銀行部門の現金/預金比率
cdb 銀行部門の現金/預金比率
rdb 銀行部門の預金準備/預金比率
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2011年7月28日掲載