中国経済新論:実事求是

インフレ率を大きく左右する食料価格の行方

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

インフレも食料価格の上昇も景気次第

中国では、消費者物価指数(CPI)で見たインフレ率が、2008年9月のリーマンショック以来の高水準に達している。これは主にCPI指数の約3分の1のウェイトを占める食料価格の上昇を反映したものである(図1)。2011年1月の食料価格上昇率は10.3%と、インフレ率の4.9%を大きく上回っている。今後のインフレの行方を占う際、食料価格の動きはその鍵になると言える。

図1 CPIの上昇の主因となる食料価格の上昇
図1 CPIの上昇の主因となる食料価格の上昇
(出所)中国国家統計局より作成

中国では、食料価格は、天候や海外市場の動向などに大きく左右され、国内の景気動向とほとんど関係がないとされているが、このような認識は必ずしも正しくない。実際、実質GDPで見た経済成長率、賃金、食料価格(いずれも前年比)の間では、一定の連動性が見られ、変数間のタイムラグを考慮すると、相関関係がいっそう高くなる(図2)。

図2 連動する経済成長率、賃金、食料価格
図2 連動する経済成長率、賃金、食料価格
(出所)中国国家統計局より作成

景気変動は、賃金変動を通じて、食料価格(ひいてはCPI)の変動をもたらしていると見られる。この仮説を検証するために、①経済成長率と賃金上昇率の関係、②賃金上昇率と食料価格上昇率の関係、そして③経済成長率と食料価格上昇率の関係を、変数間のタイムラグを考慮した上、2006年第1四半期以降の四半期データを使って回帰分析で確認した。その結果は次のようにまとめられる(表1)。

表1 回帰分析による推計結果
表1 回帰分析による推計結果
(注)各係数は被説明変数の説明変数に対する弾力性に対応している。( )内はt値。
(出所)中国国家統計局より作成

まず、賃金上昇率(前年比)は、3四半期前の経済成長率と緊密に連動している。3四半期前の経済成長率が1%上昇すれば、今期の賃金上昇率は1.06%上がるという後者の前者に対する弾力性が得られ、賃金は景気の変動に対して敏感に反応することが確認できた。

また、賃金の上昇は、食料価格を押し上げるが、両者の間にタイムラグは見られない。食料価格の賃金変動に対する弾力性は、1.85%と推計される(図3)。これは、CPI、または非食料価格の賃金上昇に対する弾力性(それぞれ0.79%と0.27%)より高くなっている。

図3 食料価格上昇率と賃金上昇率の相関関係
(2006年Q1~2010年Q3)

図3 食料価格上昇率と賃金上昇率の相関関係
(注)直線は表1の推計結果による回帰線を示す。
(出所)中国国家統計局より作成

最後に、食料価格上昇率(前年比)は、賃金上昇率と同様に、3四半期前の経済成長率と緊密に連動している。3四半期前の成長率が1%上昇すれば、今期の食料価格上昇率は2.27%上昇するという結果が得られた。これは、CPIと非食料価格(いずれも上昇率)の経済成長率に対する弾力性(それぞれ、0.97%と0.32%)より高くなっている(注1)。

バラッサ=サミュエルソンの仮説による説明

経済成長率、賃金、食料価格(ひいてはCPI)のこのような関係は、国際経済学の教科書にも登場するバラッサ=サミュエルソンの仮説に沿って説明することができる(注2)。

すなわち、(国際市場で取引され、生産性の伸びが高い)貿易財と(国際市場から遮断され、生産性の伸びが鈍い)非貿易財という二つの部門からなる経済では、経済成長が加速すると、労働に対する需要が増え、賃金上昇、ひいてはインフレ圧力が高まる。貿易財部門においては、賃金が上昇しても、価格上昇圧力が比較的高い生産性の上昇によって吸収される上、その産出が国際市場での競争にさらされるため、コストの上昇は価格に転嫁されにくい。これに対して、労働力の部門間の移動が自由であれば、非貿易財部門では、生産性の上昇が低くても、賃金が貿易財部門並に上昇し、その産出が国際競争にさらされないため、コストの上昇は価格に転嫁されやすい。その結果、主に非貿易財価格の上昇という形でインフレが加速するのである。

一般的に、製造業部門や食料を生産する農業部門は貿易財部門に、サービス部門は非貿易財部門にそれぞれ分類される。しかし、中国の場合、食料は、自給率が95%を超える高い水準にあり、海外の市況の影響をそれほど受けていないことを考えれば、貿易財よりも、非貿易財としてとらえるべきであろう(注3)。その場合、先述の実証分析の結果が示しているように、経済成長の加速に伴う賃金上昇は、主に食料価格の上昇を通じて、物価を押し上げるのである(注4)。

転換点を迎えようとするインフレ率

中国では、リーマンショック以降に実施された4兆元に上る内需拡大策の効果が薄れてきたことに加え、インフレを抑えるために、金融政策のスタンスも緩和から引き締めに転じたことを受けて、経済成長率は2010年第1四半期の11.9%をピークに緩やかに低下してきている。賃金と食料価格、ひいてはCPIの上昇率が経済成長率より3四半期遅行することを合わせて考えれば、これまで上昇してきたインフレ率は、そろそろ転換点を迎えると思われる。

2011年2月25日掲載

脚注
  1. ^ 中国では2005年頃まで、このような経済成長率、賃金、食料価格(ひいてはCPI)の間の関係は必ずしも顕著ではなかった。その後の変化は、発展の過程における完全雇用の達成を意味するルイス転換点が近づいていることや、市場経済化の進展を反映したものだと考えられる。
  2. ^ バラッサ=サミュエルソンの仮説は、日本の内外価格差や円の実質為替レートの上昇を説明するときに広く使われている。
  3. ^ 穀物に限ってみると、2009年の中国における生産は48156万トンに達したが、輸出は132万トン、輸入は315万トンにとどまっている(『中国統計年鑑』、2010年)。中国の食料自給率が高いことを考えれば、最近の国際市場における食料価格の上昇による中国のインフレ率への影響はそれほど大きくないと見られる。
  4. ^ もっとも、中国ではほとんどの農民は、企業に雇われる形で農業に従事しているのではなく、「賃金」を得ているわけではない。そのため、経済成長の加速は、農業部門における賃金上昇を通じてではなく、あくまでも所得(他部門の賃金を含む)の上昇に伴う需要の拡大と、農業部門から他部門への労働力の流出による供給の縮小を通じて食料価格を押し上げていると見られる。
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2011年2月25日掲載