中国経済新論:実事求是

馬英九政権下で改善した両岸関係
― 開かれた「平和的統一」への道 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

台湾において、2008年の総統選挙で成立した国民党の馬英九政権は、民進党の陳水扁・前政権が進めた本土化政策から、大陸との対話路線を重視するスタンスに転換した。一方、大陸側でも、2002年に登場した胡錦涛政権の対台湾政策は、強硬姿勢を採った江沢民政権の時代と比べてより柔軟なものになった。これを背景に、両岸関係は対立から和解への機運が高まっている。

全面的に実現された「三通」

2008年5月20日に馬英九氏が総統に就任してからわずか三週間後の6月12日に、台湾の海峡交流基金会(海基会)の江丙坤理事長が北京を訪問し、大陸側の海峡両岸関係協会(海協会)の陳雲林会長と会談を行った。約10年ぶりに再開されたこの中台の実務協議窓口機関のトップ会議で、両岸週末チャーター便及び大陸から台湾への観光客受け入れ等につき合意がなされた(同年7月4日より実施)。

続いて、11月4日に台北で開催された第二回「陳・江会談」では、①両岸チャーター便毎日運航等の空運に関する合意、②両岸直航等の海運に関する合意、③両岸直接輸送等の郵便に関する合意、④両岸即時通報体制確立等の食品安全に関する合意が調印された。

2009年4月に南京で開催された第三回「陳・江会談」では、「海峡両岸の航空輸送についての補充協議」(旅客や貨物運輸の定期便の開通を決定)、「海峡両岸の金融協力についての協議」、「海峡両岸の共同犯罪取締りの司法的互助についての協議」が調印された。

この一連の合意に基づき、大陸側が求め続けてきた両岸の「三通」(通信、通航、通商)が全面的に実施された。

そのほか、台湾は大陸企業の台湾への投資を公式に許可する方針を固めており、それに向けての法整備を急いでいる。これにより、長らく続いた、投資が台湾から大陸へ一方に流れる時代が終わり、今後は両岸間で双方向の投資や交流が行われるようになる。また、台湾側は、大陸に対し、関税撤廃などを含む一種の自由貿易協定である「両岸経済協力枠組み協定(ECFA)」を結ぶことを提案しており、大陸側もそれに応じる姿勢を見せている(BOX参照)

台湾との関係改善を機に、大陸側も両岸の経済交流の拡大に力を入れている。まず、①大陸企業の台湾への投資を促進する、②台湾製品の調達額を拡大する、③台湾資本企業の大陸での市場開拓を奨励する、④台湾に行く大陸の観光客を増やす、⑤両岸の経済発展の要請に応え、両岸の特色を持つ経済の仕組みを話し合いによってつくる、という五項目からなる措置を打ち出している(温家宝、2008年4月に海南島で開催された博鰲(ボアオ)アジアフォーラムにおける銭復・台湾両岸共同市場基金会顧問との会見での発言)。また、福建省を中心とする台湾海峡西岸を、両岸人民の交流と協力の先行実験区域と最前線と位置づけ、その発展を支援する計画を進めている(「福建省による海峡西岸経済区の建設加速を支援することに関する国務院の若干の意見」、2009年5月5日に開かれた国務院常務会議で原則的に採択)。

「平和的統一」も視野に

馬英九総統は就任一周年にあたり、両岸関係の変化について、「この一年間において、我々は台湾海峡を危険誘発地から平和で繁栄した通路へと変えたのである」と振り返った(馬英九総統就任一周年の外国記者会見、2009年5月20日)。これを確実なものにするために、「平和的統一」に向けて台湾と大陸の双方の知恵が試されている。

馬英九総統は、陳水扁前政権と違って、「一つの中国という原則の下で、具体的な内容は中台双方がそれぞれで解釈する」という中台間の「92年合意」を受け入れている。これにより、大陸側が求めている対話再開の条件がクリアされたのである。その一方で、馬英九総統の両岸政策は「3つのノー」(統一しない、独立しない、武力を用いない)という方針に基づき、当面、両岸の体制の「現状維持」を目指している。もっとも、ここで言う「統一しない」ことはあくまでも「総統の任期中に中国共産党と両岸統一問題を話し合わない」という意味であり、将来の統一の可能性を否定するものではない。

台湾側の両岸政策のスタンスが対立から和解へと転換したことを受けて、胡錦涛総書記は、2008年12月31日、「台湾同胞に告げる書」発表30周年記念座談会での演説において、更なる関係改善を呼びかけている。その中で、「一つの中国」という原則に基づく両岸の統一、台湾独立への反対、三通をはじめとする経済交流の促進、政党間を含む人的交流といった従来の主張に加え、
①両岸の総合的な経済協力協定の調印
②台湾が国際組織の活動に参加することへの容認
③政治関係についての実務的協議の推進
④両岸の軍事問題についての相互信頼システムの確立
⑤和平協定の締結を含む、両岸関係の平和的発展の枠組みの構築
など、台湾側の立場に配慮した内容も新たに盛り込まれている。

このように、大陸の江沢民政権と台湾の陳水扁政権の時代と比べて、胡錦涛政権と馬英九政権になってから、双方は両岸関係を巡るスタンスにおいて歩み寄りを見せている。

しかし、大陸側が望む「平和的統一」を実現するためには、まだ高いハードルが残っている。馬英九総統が言うように、「われわれは、両岸間において最も必要でないものは軍拡競争と外交の悪性競争であり、最も必要なのは法治と人権の向上の競争であると考えている。これらの普遍的価値観は、中華民族の次の世代が、自由、民主の未来を切り開くためにも、両岸住民の永遠の共通語となるべきである。」(「六四事件(天安門事件)」20周年に関する談話、2009年6月4日)。法治と人権の向上の競争を通じて、両岸の政治体制が収斂すれば、平和的統一の道も開かれるだろう。

BOX なぜ台湾にとって「両岸経済協力枠組み協定」が必要なのか

台湾が大陸と「両岸経済協力枠組み協定」の締結を望んでいるのは、台湾の対大陸輸出入の貿易全体に占める割合が年々増えているからである(図)。2008年の台湾の対大陸貿易は1054億ドルに上り、(うち、輸出は740億ドル、輸入は314億ドル)、対日本の641億ドル(輸出は176億ドル、輸入は465億ドル)と対米の571億ドル(輸出は308億ドル、輸入は263億ドル)を大幅に上回っている。これは多くの台湾企業が大陸を加工基地として活かしていることを反映している。実際、1991年から2008年まで台湾の対大陸投資は756億ドルに達し、台湾の対外直接投資の57.1%を占めている。

図 高まる台湾の対大陸輸出入依存度
図 高まる台湾の対大陸輸出入依存度
(出所)行政院大陸委員会

特に、2007年に締結された中国ASEAN自由貿易協定(CAFTA)により、2010年には両地域の製品の大部分の関税が免除となる。台湾製品は中国大陸に輸出する際5%~10%の関税がかかるため、ASEAN諸国と比べて競争力が大幅に弱体化することが予想される。台湾の輸出企業は、生産拠点の海外移転を迫られ、海外へ移転する力のない工場は閉鎖されることになる。このような状況を避けるために、「両岸経済協力枠組み協定」が欠かせないのである。

2009年6月30日掲載

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