中国経済新論:実事求是

中台関係を巡る三つのシナリオ
― 共産党が直面するトリレンマに基づく分析 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

国際金融では、どこの国においても、マクロ経済運営に当たって、自由な資本移動、為替の安定、独立した金融政策の3つの目標は同時に達成できないという「トリレンマ」説が有名である。同じように、中国共産党は、一党独裁の維持、高度成長の持続、中台統一という三つの目標を掲げているが、これらを「三立」させることは無理なようである。その中の二つを達成するために、残りの一つを犠牲にしなければならないことになる。これを考慮すれば、今後の中台関係は、「現状維持」(統一の放棄)、「武力統一」(高成長の放棄)、「平和統一」(一党独裁の放棄)という三つのシナリオが考えられる(表)。

(1)現状維持シナリオ

現状維持シナリオでは、中国政府は、共産党の政権維持と経済の高度成長を優先させる一方、統一問題の解決を棚上げする。現に、台湾がde jure(法律上)の独立さえ求めなければ、de facto(事実上)の独立を容認している。両岸関係は、政治面において対立が繰り返されているが、「政経分離」の下で、経済面の一体化が進んでいる。特に、台湾企業は直接投資を通じて大陸に多くの雇用機会を創出し、その経済発展にも大きく貢献している。その一方で、統一に向けて中国が台湾に対して取れる手段は限られている。台湾の現政権に対する批判や軍事演習は台湾の人々の心をつかむには逆効果であり、米国を通して台湾に圧力をかけることも米国の影響力を高めてしまいかねないので必ずしも得策ではない。

(2)武力統一シナリオ

武力を行使して中台統一を果たそうとする場合、共産政権の維持はできても、経済発展を犠牲にしなければならない。武力で台湾に侵攻すれば、米軍の介入が予想され、軍事的に勝てるかどうかも疑問である。仮に勝ったとしても、1989年の天安門事件後のように中国に対する西側からの制裁は避けられず、経済への打撃は計り知れないほど大きいであろう。武力で勝ち取った台湾は資金と人材の流出で経済が破綻し、中国にとって、資産よりも大きい負担となるであろう。

(3)平和統一シナリオ

平和統一は台湾の住民が、自ら「祖国へと回帰する」ことを選択することである。その前提は、彼らがこれまで享受してきた生活水準や自由・民主が保障されることである。これは、香港で実行された「一国両制」(一つの国、二つの制度)のような約束だけでは不十分である。なぜなら、大半の台湾住民は、回帰後の香港において、住民の意向が十分に北京当局に尊重されていると思っていないからである。結局、平和統一を実現するために、中国大陸自身が経済面にのみならず、政治面においても台湾に収斂しなければならないことを意味する。心情的に台湾が中国の一部であると思っても、自分の生活水準を落としてまでも一緒になりたいのかと問われれば、大半の台湾住民がノーというのが現状であろう。その上、彼らは共産党を信用しておらず、これまで築いた民主主義の果実も失いたくないため、共産党の一党独裁のままでは実現できないだろう。

この三つのシナリオの中で、短期的には「現状維持」、長期的には「平和統一」が実現される可能性が大きいと見ている。現在、中国は台湾の独立を阻止するために、武力の行使も辞さないと明言しているが、実際には武力をもって統一を急ぐつもりはない。独立でもなく、統一でもないという均衡状態は、中国の平和台頭を目指す胡錦涛・温家宝政権にとっても最良の選択であり、当面保たれると思われる。しかし将来、中国が現代化を遂げ、魅力のある国家になれば、台湾住民も中国人としての誇りを感じ、統一の機運が高まるだろう。このように、台湾との統一は、大陸側にとって、国力を消耗してまで急いで目指すべき目標ではなく、中国の現代化の結果として達成されるものである。

表 中台関係の三つのシナリオ
表 中台関係の三つのシナリオ
(出所)筆者作成

2004年10月21日掲載

2004年10月21日掲載