中国経済新論:実事求是

消費拡大のカギとなる所得分配政策

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

近年、中国における民間消費の対GDP比は低下傾向にあり、2008年には30.8%(家計調査ベース、GDPベースの35.3%より若干低い)にとどまっている。民間消費の対GDP比は、「家計所得の対GDP比」と「消費性向」(民間消費の家計所得に占める割合)に分解できる(注)。中国では、双方とも低下傾向を辿っており、消費が伸び悩む原因となっている。

まず、所得面におけるGDPの分配が家計よりも政府と企業に傾斜していることを反映して、家計所得の対GDP比、ひいては民間消費の対GDP比は低下してきている(図1)。特に、多くの独占型国有企業が大きな利益を上げているにもかかわらず、利益の大半は企業部門の内部留保として投資に回され、企業の所有者である「国」(政府)に配当金として支払われず、民間消費がクラウディングアウトされている。

図1 家計所得VS民間消費
図1 家計所得VS民間消費
(注)民間消費のデータは家計の一人当たり消費により計算しているため、必ずしもGDPベースの数値とは一致しない。
(出所)『中国統計摘要』各年版より作成

一方、消費性向は、一般的に社会保障制度の整備の度合いや人口の年齢構成などに加えて、所得分配の状況に大きく左右される。具体的に、所得水準と反比例し、高所得層ほど低く、低所得層ほど高くなる。所得格差が拡大することは、所得がますます消費性向の低い高所得層に集中することを意味し、全体の消費性向を低下させる要因となる。

中国では、所得格差は拡大し続けてきた。都市部と農村部の一人当たり所得の差は、2000年から2008年にかけて、2.8倍から3.3倍に拡大してきた。また、都市部と農村部の中でも、所得が一部の人に集中する傾向が顕著である。都市部の全世帯を所得別に5等分すると、最も所得の高い上位20%と最も低い下位20%の世帯所得の差は2000年の3.6倍から2008年に5.7倍に拡大している。農村においても、上位20%と下位20%の差は2000年の6.5倍から2008年には7.5倍に広がっている。

消費性向が高所得層になるほど低く、低所得層になるほど高いという傾向は中国でも見られている。まず、農村部の所得は都市部より低いことを反映して、2008年には、農村部の消費性向は76.9%と、都市部の71.2%を上回っている(いずれも2008年実績)。また、都市部と農村部のいずれにおいても、先述の世帯所得の5階級分類では、消費性向は、所得下位が最も高く、中下位、中位、中上位、上位の順で低下していく(図2)。例えば、都市部の場合、下位20%の家計の消費性向は88.5%と高く、上位20%の家計の消費性向は64.3%と低くなっている(いずれも2008年の調査による)。

図2 所得水準と反比例する消費性向(2008年)
図2 所得水準と反比例する消費性向(2008年)
(注)都市部と農村部の各階級はいずれも家計所得順による5階級分類(上位、中上位、中位、中下位、下位、それぞれ都市部または農村部の家計数の20%を占める)。
(出所)『中国統計摘要』2009より作成

このように、所得格差の拡大は、全体の消費性向を低下させ、消費拡大を制約しているのである。実際、消費性向は農村部の都市部に対する一人当たり所得の比率の低下(格差の拡大)とともに低下してきている(図3)。

図3 消費性向VS都市部と農村部の所得格差
図3 消費性向VS都市部と農村部の所得格差
(注)民間消費のデータは家計の一人当たり消費により計算しているため、必ずしもGDPベースの数値とは一致しない。
(出所)『中国統計摘要』各年版より作成

消費振興の方策

マルクスによると、資本主義の国では、労働者が搾取の対象となり、その所得が生産する分ほど増えないことから、生産過剰が生じ、恐慌が起こるのである。皮肉なことに、このような分析は、過剰消費に陥っている資本主義の米国よりも、「社会主義」を標榜する中国に当てはまるように思われる。

中国は、これまで、消費の低迷による内需不足にもかかわらず、内需を上回る生産を米国をはじめとする海外市場に輸出することを通じて、高成長を遂げてきた。しかし、米国が今回の金融危機を経て消費、ひいては輸入を控えざるを得ない状況に追い込まれている中で、中国としては、高成長を持続させるために、消費を中心に内需を拡大させていかなければならない。

そのために、所得を政府と企業部門から家計部門へと再分配しながら、都市部と農村部の間、また、高所得層と低所得層の間の格差を是正することを通じて消費性向を高めることが求められている。先述した都市部の5階級分類に沿って言えば、上位20%の家計から下位20%の家計に100元の所得が移転されれば、前者の消費が64.3元減少する代わりに、後者の消費が88.5元増える形で、全体の消費が24.2元増え、その結果、全体の消費性向も上昇することになる。

もっとも、この結論は、累進課税などの所得再分配政策が採られても、全体の所得は変わらない(またはそれほど減らない)という暗黙の前提に立ったものである。しかし、改革開放に転換する前の中国をはじめ、多くの国が経験したように、行き過ぎた再分配政策は、企業家の投資意欲や労働者の勤労意欲を低下させ、経済の低迷をもたらしかねない。その場合、全体の所得が低下するため、仮に消費性向が上がっても、消費全体が減ってしまうこともありうる。したがって、所得再分配政策を策定する際、公平性VS効率性のバランスはもちろんのこと、需要側と供給側双方への影響をも合わせて考慮しなければならない。

2009年6月29日掲載

脚注
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2009年6月29日掲載