近年、インドはIT産業を中心に目覚しい発展を遂げており、中国や、ロシア、ブラジルと共に、BRICsの一員として世界中から注目されている。特に日本では、中国に代わる投資先としてインドへの期待が高まっている。海外ではインドの台頭は中国にとって脅威であるという見方も一部あるが、当の中国はむしろこれをチャンスとして捉えている。
中国の脅威にならないインド
中国とインドは、双方の高成長と貿易自由化の進展を背景に、両国間の貿易が急速に増えている。2001年から2006年にかけて、中国の対インド貿易は7倍になり、249億ドルに達している(うち輸出は146億ドル、輸入は103億ドル)。こうした中で、インドにとって貿易相手国としての中国の重要性が高まっているが、中国から見てインドはまだ上位の貿易相手国にはなっていない。インドの対中輸出額はアメリカ、アラブ首長国連邦に次ぐ第3位となっており、対中輸入額はサウジアラビア、アメリカを抜いて第1位である(表1)。これに対して、中国にとって、インドは、輸出では、第13位、輸入では第17位の貿易相手国に過ぎない(表2)。
この非対称性は、(依存度の計算の分母に当たる)対世界の輸出と輸入の規模において、中国がインドより遥かに大きくなっていることを反映している。WTOによると、2006年における中国の輸出は9690億ドル(世界輸出の8.0%)、輸入は7920億ドル(世界輸入の6.4%)に達しており、今や中国は、アメリカ、ドイツに次ぐ第3位の貿易大国である。これに対して、インドの輸出は、1200億ドル(世界輸出の1.0%、世界ランキング第28位)、輸入総額は1740億ドル(世界輸入の1.4%、世界ランキング第17位)にとどまっている。
一方、両国の貿易の商品別構成を比較してみると、中国の輸出は工業製品が中心になっており、中でも機械類のウェイトが高まっていることと対照的に、インドの輸出は依然として一次産品と繊維など労働集約型製品が中心となっているまでである(BOX)。二国間貿易においても、中国の対インド輸出は機械類が中心であるのに対して、対インド輸入は鉄鉱石を中心以上とする鉱物性生産品が全体の半分以上を占めるなど、一次産品のウェイトが高い(表3)。このように、両国の貿易構造は競合的というよりも補完的であると言える。世界貿易に占めるインドのシェアが中国に遠く及ばないことを合わせて考えれば、中国がインドを脅威として見ていない理由は容易に理解できる。
戦略的協力パートナーシップに向けて
今後、インドは高成長が続き、世界経済におけるプレゼンスが高まると予想されるが、中国は、インドを競争相手と見ておらず、同国との「戦略的協力パートナーシップ」を目指している。それに向けて、2005年4月に温家宝総理がインドに訪問した際に、両国は「包括的経済貿易協力5カ年計画」に調印すると同時に、両国の自由貿易協定(FTA)の実現可能性の研究を始めることを決めた。また、両国の貿易額を2008年までに200億ドル以上に、2010年までに300億ドル以上とすることを目標とした。
訪印中に行った講演の中で、温総理は中印経済貿易協力の拡大に向けて5つの提案を行った。
- 貿易協力を積極的に拡大する。両国の原材料製品と鉄鋼、エレクトロニクス、有機化学工業、機械設備など従来型製品の貿易を引き続き広げ、貿易分野の拡大に尽力する。
- ハイテク分野での協力を強化する。インドは宇宙技術、情報技術、海洋技術などの分野が優れており、特にソフトウェア産業は世界をリードしている。中国は新素材技術、バイオテクノロジー、情報技術、特にコンピューター・ハードウェアと通信などの分野で著しく優れている。こうした分野での協力は双方にとってメリットが大きい。
- 相互投資協力を奨励する。現段階では、相互の直接投資はまだ少ないが、今後、増える見込みである。
- インフラ建設における協力を推進する。インドは現在、道路、鉄道、橋梁、港湾、発電所などのインフラ整備に力を入れている。中国企業はこうした分野で著しく優れたものを持っており、海外においても豊富な経験を蓄積している。両国のこの分野での協力展開は潜在力が大きい。
- WTOをはじめ、多国間の経済貿易協力を推進する。
その後、2006年11月に胡錦涛主席が訪印した際に、「中印二国間投資促進・保護協定」が調印され、また二国間貿易の2010年の目標は400億ドルに引上げられるなど、経済緊密化への取り組みが着々と進んでいる。
BOX インドをリードする中国の貿易構造
経済が発展するにつれて、貿易における比較優位が一次産品から次第に労働集約型製品へ、さらには資本・技術集約型製品へとシフトしていくというパターンは多くの国の経験から観測されている。このプロセスは、これまで日本をはじめとするアジア各国で見られた産業の雁行形態に沿ったものである。これを主要品目の特化係数(輸出と輸入の差を輸出と輸入の和で割ったもの、その値が大きいほど国際競争力が強いことを示す)の推移で追って見ることができる(図)。具体的に、一次産品(SITC0-4部)、一般製品(同5、6、8、9部、機械類を除く製品を指す)、機械類(同7部)のそれぞれの特化係数の相対的大きさによって、一国の貿易構造は、途上国型、未成熟NIEs型、成熟NIEs型、そして先進工業国型という四つの段階に分類することができる。
この枠組みに沿って言えば、80年代の初め、改革開放政策に転じた当初、中国は一次産品を輸出し、機械類を輸入する典型的な発展途上国の貿易構造を持っていた。香港と台湾から労働集約型産業の移転が進むにつれて、衣料品を中心に中国の一般製品の競争力が急速に伸び、特化係数で見て、92年には一次産品を上回るようになった。これをもって、中国の貿易構造は発展途上国型から未成熟NIEs型に移行した。これよりやや遅れて、機械産業の特化係数も徐々に上昇し、99年には一次産品のそれを抜き、中国は成熟NIEsの段階に邁進した。これに対して、インドの場合、一般製品の特化係数がもっとも高く、続いて一次産品と機械類の順になっていることを反映して、貿易構造は未成熟NIEsの段階にとどまっており、中国との間では10年以上の開きが見られている。
1)成熟NIEsとしての中国
2007年12月18日掲載