中国経済新論:実事求是

インドは中国に代わって日本の主要な投資先になるか
― 揺るがない中国の優位 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー
野村資本市場研究所 シニアフェロー

近年、インドが高成長を遂げている大国として注目され、中国、ロシア、ブラジルとともに、BRICsと呼ばれるようになった。特に、2005年春に中国で起きた反日デモをきっかけに、多くの日本企業は、リスクの分散を目指すチャイナ+1の戦略の一環として、インドへの投資を増やそうとしている。国際協力銀行が2006年11月に発表した「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告」よると、インドを中期的(今後3年間)有望事業展開先と考える企業の割合は、2004年の24%から47%へ、長期的(今後10年間)では41%から67%へとそれぞれ上昇している。これに対して、中国を有望事業展開先と考える企業の割合は中期的が91%から77%へ、長期的では85%から74%へと低下している。インドが中国に代わって日本の主要な投資先になる日がやがてくるのだろうか。両国の主要な経済指標を比較しながら、検討してみよう(表)。

表 中国とインドの主要経済指標の比較
表 中国とインドの主要経済指標の比較
(出所)中国とインドの公式統計、UNDP(人間開発指数)、WTO(輸出入)、UNCTAD(対内直接投資、対内直接投資潜在力指数)、JETRO(日本との輸出入と日本からの直接投資)

発展段階

1970年代において、中国とインドの一人当たりGDPは、ほぼ同水準であったが、2005年には、中国は1703ドル、インドは723ドルと差が広がる一方である。一人当たりGDP(PPP換算)に加え、平均寿命や、教育のレベルを合わせた、国連開発計画(UNDP)が発表する「人間開発指数」(『人間開発報告』、2006年)をベースに比較すると、2004年では、対象となる177カ国のうち、中国が81位であるのに対して、インドは126位とにとどまっている。人間開発指数を基準に比較すると、インドは、地域格差の大きい中国の中で一人当たり所得が最も低い貴州省にさえ及ばない。また、2004年のインドの発展段階は、おおむね1986年の中国に対応しており、両国間の格差は18年間ほどである。

成長性

中国は、1979年から2006年にわたって、年平均9.7%の経済成長を遂げており、インドの5.5%を大幅に上回っている。また、インドの成長率が、2003年以来、8%台に加速しているとはいえ、未だ中国には及ばない(図)。インドの人口増加率が中国より1%ほど高くなっていることを合わせて考えれば、一人当たりGDPで見た成長率の差は一層大きくなる。

図 インドを上回る中国の成長率
図 インドを上回る中国の成長率
(出所)中国とインドの公式統計

市場規模

インドは11億の人口を抱え、中国(13億人)に並ぶ人口大国である。近年、中国の人口増加率が0.6%に低下しているのに対して、インドは1.6%と高止まっている。国連の推計によると、2030年には、インドは中国を抜いて、世界一の人口大国になる。一方、2005年の中国のGDP規模は2.2兆ドルと、米国、日本、ドイツに次いで、世界第四位の規模になっているが、インドはまだ8000億ドルにとどまっている。

世界経済とのつながり

WTOの統計によると、2005年の中国の貿易規模は、1.42兆ドル(輸出が7620億ドル、輸入が6600億ドル)と、日本を抜いて、米国とドイツに次ぐ世界第三位になっている。これに対して、インドは輸出が951億ドル(世界ランキング29位)、輸入が1348億ドル(同17位)にとどまっている。製品輸出に至っては、インドは698億ドルと、中国(7003億ドル)の1割程度の規模に過ぎない。一方、国連貿易開発会議(UNCTAD)の『世界投資報告書』によると、2005年に、中国とインドはいずれも史上最高の直接投資の流入を記録しているが、中国の724億ドル(金融機関への投資を含む)に対して、インドは66億ドルと、両者の間では10倍の開きがある。

日本とつながり

貿易面では、2005年の日本の対中貿易は、輸出803億ドル(全体の13.4%)、輸入1091億ドル(全体21.0%)の計1894億ドル(全体の17.0%)に上る。中国はすでに米国(全体の17.8%)に次ぐ日本の第二位の貿易相手国となっており、中国は今後も米国の3~4倍という高い成長率が見込まれると考えれば、米国を抜いて日本の最大の貿易相手国になる日ももはや近い。これに対して、日本の対インド貿易は輸出が35億ドル、輸入は32億ドルの計67億ドル(全体の0.6%)と、中国の30分の1程度に過ぎない。一方、2005年の日本の対中投資は、65.8億ドル(全体の14.5%)に上り、中国は米国に次ぐ第二位の投資先となっている。これに対して、対インド投資は2.7億ドル(全体の0.6%)とわずかである。

投資環境

国連貿易開発会議(UNCTAD)が、世界各国の投資環境を評価する総合指標として、「対内直接投資潜在力指数」を毎年まとめ、『世界投資報告書』で発表している()。その最新版(2006年)によると、同指数に基づく世界ランキングでは、1995年から2004年にかけて、中国は64位から33位へ、インドは同93位から82位へと上昇しているが、両国間の差はむしろ開いており、中国の優位が揺るぎないものであることを示している。

このように、発展段階、成長性、市場規模、世界および日本とのつながり、投資環境といった点において、インドは、中国との格差が歴然としている。今後、日本のインドへの投資はある程度増えるだろうが、これにより、中国への投資が減らされるとは考えにくい。

2006年11月28日掲載

脚注
  • ^ 「対内直接投資潜在力指数」は、対象国の(1)一人当たりGDP、(2)GDP成長率、(3)輸出のGDP比、(4)通信インフラ、(5)一人当たりエネルギー消費量、(6)R&DのGDP比、(7)高等教育在学者数の総人口比、(8)カントリー・リスク、(9)天然資源輸出の世界全体に占めるシェア、(10)電子と自動車部品輸入の世界全体に占めるシェア、(11)サービス輸出の世界全体に占めるシェア、(12)対内直接投資(ストック)の世界全体に占めるシェアといった、直接投資の流入を大きく左右する12の指標に基づいて算出されるものである。

2006年11月28日掲載