中国経済新論:実事求是

四大銀行の株式上場は成功するか
― 国に支配されたままではコーポレート・ガバナンスの確立は不可能 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国では、四大国有銀行(中国工商銀行、中国農業銀行、中国銀行、中国建設銀行)が(海外での)株式上場を目指している。また、この上場計画は中国における金融改革の最重要課題として位置づけられている。その狙いは、銀行の資金調達のチャンネルを広げることに加え、市場経済に適するコーポレート・ガバナンス(企業統治)を確立することである。しかし、すでに上場している他の国有企業の経営状況が芳しくないことを見れば、このシナリオの実現がかなり難しいと言わざるを得ない。

株式上場を実現するためには各銀行は自己資本を充実化し、これまでに抱えた不良債権問題を解決しなければならない。政府は1998年の四大銀行に対する2700億元に上る資本注入に続き、1999年には1.4兆元に上る四大銀行の不良債権を簿価で買い上げた上、新たに成立した四つの資産管理会社への移転を行った。さらに2003年末には450億ドルの外貨準備を使った中国銀行と中国建設銀行の資本注入なども行ってきた。これを受けて、90年代末期に25%を超えた四大銀行の不良債権比率は2004年6月に15.6%まで下がっている。

しかし、不良債権の問題がすでに解決済みであると見るのはまだ早計である。銀行自身と主な融資先である国有企業のコーポレート・ガバナンスの欠如という不良債権が発生する原因を断ち切らなければ、いくら公的資金を使って処理に当たっても、新しい不良債権の発生には追いつけない。安易に銀行を援助するようになれば、モラル・ハザードが助長され、不良債権の増大に歯止めがかからなくなってしまう。その上、中国経済が過熱から調整局面を迎え、借り手である企業の業績が悪化する中で、銀行が抱える不良債権はいっそう増えることが懸念される。さらに、海外市場での上場を実現するためには、銀行が国内と比べてより厳しい国際基準に沿った査定を受けなければならず、不良債権の規模は各行の自己査定より大きくなる可能性が大きい。

株式上場に向けて、当局は今後の四大銀行の改革について三段階の戦略を打ち出している。第一段階として内部管理やリスク管理を強化し、比較的強い国際競争力をもつ近代的な金融機関へと脱皮させ、続く第二段階で、100%国有から国が過半数の株式を保有する株式制銀行へと転換し、最終段階として、この株式制銀行を上場させるというものである。その第二段階への邁進を象徴する一歩として、中国銀行は8月26日に株式制への移行作業が完了し、国が株式の全額を所有する株式制商業銀行として再出発した。しかし、実際、第一段階の目標を達成できたとは思われず、第二段階への移行を急いでも、上場を実現するまでにはまだ多くのハードルを乗り越えなければならない。現に、李礼輝頭取は8月26日の記者会見で「経営の質が上場企業の標準に達する必要がある」ことを理由に、上場の予定は最も早い場合でも来年後半になるという見通しを明らかにした。

「経営の質が上場企業の標準に達する」ためには、銀行は投資家が期待する利益率を上げる能力――すなわち、北京大学の林毅夫教授のいう「自生能力」――を持たなければならない。現在、四大国有銀行は、膨大な人員と多額の不良債権を抱えている。繰り返される公的資金による不良債権の処理と資本強化にもかわわらず、その従業員一人当たり経常収益と総資産収益率(ROA)はいずれも非常に低い水準に留まっている。その経営の脆弱さは、国内においても強い競争の相手となりつつある世界のトップの銀行と比較すれば明らかである(表)。政府からの政策面と資金面の支援がなければ、四大銀行は、利益を上げるどころか、もはや債務超過の状況に陥っているはずである。

国有銀行の経営効率と収益性が悪くなっている本質的原因は、計画経済から市場経済への移行過程で生じたコーポレート・ガバナンスの欠如に求めることができる。ほかの国有企業と同じように、国有銀行も「所有者不在」という問題に直面している。多くの国有企業は、株式制に転換し、さらに上場を果たしてからも、なお、監督者も経営者も政府に任命される官僚であるがゆえに、現代企業制度の求める株主総会、取締役会、監査会が形式上できたとしても、これらと経営者の間の相互制約メカニズムが形成されていない。国有銀行においても、各級政府、とりわけ地方政府から、人事や融資の面をはじめ経営活動に対する干渉を受けており、「政企不分」という弊害が深刻になっている。94年に政策性金融業務を専門とする中国進出口銀行、国家開発銀行、中国農業発展銀行が成立した後も、国有商業銀行はなお大量の政策性融資を引き受けなければならず、これは不良資産が増え続ける原因にもなっている。

国有銀行の株式上場の狙いは、まさに所有者の分散化を通じて、これらの問題の解決を図ることにある。しかし、すでに上場している他の国有企業の経営状況を見ればわかるように、四大銀行も、国が株の大半を保有したまま(「一股独大」)では、コーポレート・ガバナンスの確立が難しい。実際、中国の上場企業の株主資本収益率は年々低下しており、これが株価の低迷をもたらしている。国有企業の資本効率の低さには、非生産関連部門を抱えている政策的負担の影響が大きいとされるが、上場企業の場合は通常母体企業の優良資産を分離して株式会社に改組する方法がとられるため、このような言い訳は通らない。むしろ問題は、企業の上場後も、経営者は少数株主である一般の投資家の利益よりも、自らの利益を優先するような経営行動を取り続けることにある。

そもそも、公有制と市場経済は相容れないものである。市場経済に適するコーポレート・ガバナンスを確立するためには、国有銀行を上場させることに留まらず、最終的には、「民営化」を通じて、政府がその所有と経営から完全に撤退しなければならない。それによって、銀行の経営状況に強い関心を持つ内外投資家が大株主になってもらうことができる一方、政府は株式の持ち分を減らすことによって入手した資金で銀行から分離された不良債権を処理することもできる。

言うまでもないことだが、民営化の過程においては、企業の幹部をはじめとするインサイダーが、本来「全民所有」である国有財産を私物化するという不正行為を阻止しなければならない。現に、すでに上場した国有企業において、不正会計と虚偽報告が横行しており、資金調達や関連企業間取引などにかかわる不祥事が跡を絶たず、中国の資本市場に対する信認が揺らいでいる。四大銀行は中国の金融の中枢になっているだけに、経済全体の安定を保つためにも、当局は法律面の改善を含めてこれらに対する監督を強化しなければならない。

表 Fortune 500社にランクインした銀行
表 Fortune 500社にランクインした銀行
(出所)2004 Global 500,『FORTUNE』July 26, 2004

2004年8月31日掲載

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