中国経済新論:実事求是

生産過剰に直面する中国の自動車産業
― 見直しを迫られる日本メーカーの進出計画 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

6月1日に、「2010年までに中国を世界の主要な自動車生産国に引き上げ、国民経済の支柱となる産業に育てる」という目標を掲げた「自動車産業発展政策」が10年ぶりに発表された。それに続いて、6月10-16日に中国で増えている高所得者に照準に合わせて日米欧各社が最新の高級車を競って展示する「北京国際モーターショー」が盛大に行われた。しかし、生産側のこのような明るい見通しとは対照的に、生産過剰の黄信号はすでに点滅している。日本メーカーの対中進出が本格化しているが、現在は果たしてベストなタイミングと言えるか、疑問が残る。

2001年のWTO加盟を経て、中国では自動車生産が急拡大し、2003年には444万台(前年比36.6%増)と、フランスを追い抜き世界第4位の自動車生産国に躍進した。日本のホンダ、トヨタ、日産を始めとする外国メーカーの進出や設備増強といった供給要因に加え、中産階級の成長と好景気も需要側からこの自動車ブームを支えてきた。外国の自動車企業にとって、中国へ進出する最大の狙いは、生産コストの削減よりも、現地の市場に参入することである。本来、中国市場へのアクセスは、自動車を(自国を含む)海外で生産し中国に輸出することも考えられるが、輸入関税などの貿易障壁を乗り越えるために、現地生産に踏み切らざるを得ないのである。このように、中国の国内市場が関税によって国際市場から分断され、競争が制限されている状況では、現地生産を行っている外資の自動車メーカーが軒並み高い利潤を上げている。

しかし、これまで儲かったということが、これからも儲かるという保証にはならない。まず、WTO加盟に際して中国が自動車に対する関税を2006年までに25%まで引き下げると約束しており、今後、「国産車」対「輸入車」という競争が激しくなると予想される。また、世界のメジャー・プレーヤーが中国での増産計画を精力的に進めていることに加え、国内の他業種からの新規参入が続く中で、生産過剰の状況が避けられず、価格の下落圧力は高まっている。今年5月の自動車価格は、前年同月と比べて平均9.2%下落している。さらに、引き締め政策を受けて中国経済が調整局面を迎えつつあることから、生産過剰感がすでに顕著になってきた。現に、5月の全国乗用車生産台数は21万5100台と、2ヵ月連続で減少しており、3月のピーク時と比べて12.2%減っている(国家統計局)。販売の落ち込みはさらに大きく、在庫が急増している。

内需が減退したからといって、売れ残った分を輸出に回すという選択肢は残念ながら存在しない。確かに新しい「自動車産業発展政策」では、輸出を促進するために、輸出に特化する外資企業に限って50%を超える出資比率を認めるという特例が盛り込まれており、現にホンダのように、今回の政策の発表を待たずに認可された事例はすでにある。しかし、現時点においては、中国の自動車産業は規模の経済性と開発能力の欠如や部品産業の未発達など、多くのハンデを抱えているため、賃金水準が遥かに日本より安いにもかかわらず、国際競争力を持つに至っていない。

これから日系メーカーが技術と資金力をバックに中国で自動車を生産すれば、これらの弱点は幾分緩和されようが、中国からの輸出に至るまでにはまだ高いハードルが待ち構えている。まず、中国での現地販売は中国の輸入制限に守られるが、中国から輸出する場合、逆に相手国の輸入制限にぶつかることになる。中でも、相手国が発展途上国の場合は、輸入関税、先進国の場合は、環境基準が中国の輸出拡大の妨げとなろう。その上、中国産の自動車の国際競争力は、中国の賃金水準と人民元の為替レートに依存しており、中国の産業における生産性が上昇するにつれて、賃金と為替レートがともに上昇するだろう。現在の為替レートの下で、自動車産業が国際競争力を持つようになれば、中国の貿易収支が大きな黒字を計上することになり、人民元は大幅な切り上げ圧力に晒されることになろう。日本の自動車メーカーは、中国を輸出のための生産基地として活用しようとする際、これらのリスクを十分考慮に入れなければならない。

2004年6月30日掲載

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