中国経済新論:実事求是

岐路に立つ日本の自動車メーカーの対中戦略
― 現地生産か、輸出か ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国のWTO加盟を契機に、トヨタやホンダをはじめとする日本の自動車メーカーは中国での生産体制を強化する動きが活発化しており、対中進出の勢いは止まるところを知らない。本来、WTO加盟を経て、中国の輸入関税は大幅に下げられることになり、現地生産のメリットが薄れ、海外から中国に輸出したほうが有利になるはずである。それにもかかわらず、日系企業の対中戦略が、益々現地生産に傾斜していることは果たして得策であろうか。

これまで中国は外国の自動車メーカーに対して、「市場」開放と引き替えに海外の進んだ「技術」を導入するという政策を採ってきた。すなわち、輸入車に対して高い関税を設ける一方で、国内市場への販売を認める形で、外資企業の現地生産を奨励した。外資の自動車メーカーは、外から中国に輸出しようとすると高い関税の壁にぶつかるが、インサイダーとなって、現地生産に踏み切ると、逆に関税に守られる立場に変わる。例えば、日本のメーカーが国内で作った100万円の車を中国に輸出すると、100%の関税を上乗せして現地では200万円で売らなければならなかった。しかし、競争相手であるドイツのフォルクスワーゲンも米国のGMもすでに現地生産していることを考えると、この高い値段で売れるはずがなかった。従って、日系メーカーも中国に市場参入しようと思ったら現地で生産するしかなかった。

しかし、中国ではWTO加盟を経て、今まで行ってきた貿易関連政策が漸次に見直されるようになる。自動車の分野では、完成車の関税については2006年までに現在の80~100%から25%に引き下げられ、輸入数量制限も撤廃されることになる。これを受けて、現地生産よりも、むしろ中国へ完成車をそのまま輸出した方が安くつく可能性が出てきた。輸出による市場参入が選ばれた場合、中国における投資は、工場建設の代わりに、販売網とアフター・サービスの充実や、現地市場に適するように製品を改良するための研究開発施設に集中させることができる。また、国内工場から中国向け輸出を増やすことができれば、新たな雇用創出に寄与し、有効な「空洞化対策」にもなろう。

一方、中国の自動車産業は多くのハンデを抱えており、現地の賃金水準が安いからといって、生産コストも安いとは限らない。具体的に、中国の自動車産業は中小メーカーが広い範囲にわたって乱立した結果、まだ規模の経済性を享受できていない。また、生産性と開発能力が低く、品質面においても競争力がない。これを反映して、同じ品質の車を作る場合、国際価格と比べ、現地生産のほうが割高となってしまう。日系メーカーが技術と資金力をバックに中国で自動車を生産すれば、これらの弱点は幾分緩和されようが、関税が25%まで下げられると、輸入車と競争できるかどうか、疑問が残る。

これに対して、中国のマーケットで製品を販売する以上、ブランド・イメージを高めるためにも、消費者のニーズに対応するためにも、現地でつくる必要があるという考え方が、自動車業界では一般的である。しかし、工場を見て車を買う顧客はまずいないだろう。実際、日本市場でシェアを伸ばしているヨーロッパ系の自動車メーカーはみんな日本に工場を持っていない。中国においても、特に自動車のような高額商品に関して、「メイド・イン・チャイナ」よりも、舶来品である「メイド・イン・ジャパン」のほうが、人気があるはずである。その上で、どうしても中国における現地生産を拡大しようとするならば、外資企業が競って中国に進出する結果、そう遠くない将来、生産過剰の状況が発生しかねないというリスクについて覚悟しておかなければならない。

このように、中国の市場にアクセスするために、本社からの中国向け輸出も有力な一つの選択肢であろう。しかも、すでに中国に膨大な資金を投じた欧米メーカーに比べ、新規参入を目指す日本メーカーにとって、選択の幅がより広いはずである。各社は「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という安易な発想から脱却し、「現地生産か、輸出か」を軸に、対中戦略を再考すべきである。

2002年6月21日掲載

2002年6月21日掲載