中国経済新論:実事求是

対照的な日中の農業問題
― 「超」国民待遇vs.「非」国民待遇 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国は「世界の工場」として注目されているが、その一方で、3億6000万人の農民が労働人口の半分を占める厳然たる「農業大国」であることを忘れてはならない。中国は人口の割には土地が少なく、農業が国際競争力に欠けている点に関しては日本と類似しているが、両国の農民は政治面での発言力の差を反映して、全く対照的な待遇を受けている。

中国の農業において最も重大な問題は、少ない土地にもかかわらず余剰労働力を抱え、しかも農業技術が立ち遅れていることから、労働生産性と一人当りの所得が非常に低くなっているということである。また、中国社会では建国以来、都市部対農村部という厳格な二元構造が存在し、そのため、今日になっても農民の社会における地位は低く、戸籍に縛られて移動の自由を厳しく制限されており、さらに経済面でも常に重い負担を強いられている。農民が都市部に出稼ぎに行っても、税制や子供の教育などの多くの面において差別されている。このように、農民は「非」国民待遇しか受けていない。近年の豊作とWTO加盟に伴う輸入の増大により農産品価格が低下していることから、農民の所得はますます伸び悩んでいる。農民と都市住民間の所得格差の拡大が、社会不安の要因となりつつあるのである。

それとは対照的に、日本の農業は、優遇税制や輸入制限といった様々な保障がなされるなど、「超」国民待遇ともいうべき厚い保護を受けている。しかし、その一方で、日本の農村部では若者が都市に流出し、過疎化が進んでいる。農民の高齢化が進み、後継者も不足している。こうした状況の下、政府の保護策にもかかわらず、自給率が低下するなど、日本の農業は衰退の一途を辿っている。

以上のような相違は、ある面、政治において農民の意見がどの程度反映されるかに依存している。戦後まもなく導入された日本の選挙制度では、当時の人口分布を反映して、農村部の代表が国会の議席の大半を占めた。その後の工業化と都市化の進展にもかかわらず、こうした状況は続き、選挙区によって国会議員が当選するために必要な得票数が際立って違うという一票の格差の問題をもたらしている。現在の一票の格差を見てみると、衆議院では下がったとはいえ最大約2倍、参議院では最大約5倍となっており、農業を中心とする地域の意見が政府の政策に反映されやすい仕組みとなっている。これに対して、中国では、国会に当たる人民代表大会に一人の代表を送るのに、農村部は都市部に比べ4倍の票が必要であると決まっている。つまり、農民の票は都市住民の4分の1の重みしかないのである。

中国において、このような農業問題を解決するためには、農業分野における過剰な労働力を吸収することができる製造業・サービス業などの非農業分野を発展させることが必要であるが、これと同時に、農民に対する政策面での差別をなくし、本当の意味での「国民待遇」を与えなければならない。この目標を達成するためには、最終的に、民主化を通じて農民の政治における発言力を高める必要がある。これに対して、日本では、国内の構造改革と近隣諸国との自由貿易協定(FTA)の重要性が認識されているが、これらを推進するに当たり、常に農業問題という「聖域」にぶつかってしまう。日本としては、経済の閉塞感を打破するためにも、一票の格差の問題に真剣に取り込み、真の民主主義を目指すべきである。

2002年12月27日掲載

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