中国経済新論:中国の経済改革

農業問題の根本的解決策:工業化による余剰労働力の吸収

樊綱
中国経済改革研究基金会国民経済研究所所長

中国経済にとって、農業・農村問題は、たいへん難しい課題である。中国の農村では、大半の労働力は農業に従事し、収入源も主に農業活動による。しかし、人口が多く土地が少ないという制約があり、農業の大規模化・産業化の推進が難しいため、農業技術が立ち遅れ、一人当たりの所得が非常に低い。所得を増やすために農業生産量を拡大しても、市場の需要に限界があるため、農産品の価格が下落する。その結果、農民所得はなかなか増えない。また、天災が発生した場合でも、価格は上昇するが、生産量は減少するため、所得も増えない。農村部住民の所得がなかなか増えない中、都市部住民との所得格差が広がっている。さらに、所得不均衡により、様々な社会問題(地方政府の「乱攤派」「乱収費」を含む)が発生している。これが今後の中国経済の発展にとって潜在的なリスク要因である。

これらの問題は相互に関連して一種の悪循環に陥っている。それを解決するには、農業分野だけではなく、他の分野の改革も必要となる。なぜなら、次の分析で分かるように農業分野だけの対策では農業の問題を解決することができないからである。

まず農業の大規模・産業化経営について見てみよう。農業の問題点の一つに、家族経営で規模が小さく効率が悪いことがある。農業の経営規模が小さいことは、技術の問題でも組織の問題でもなく、社会問題である。というのも、5億の労働力、9億の人口が農業を主な生計として営んでいるため、少人数しか要らない規模的経営を展開することは、多くの人が失業することを意味する。これは人口問題でありながら、雇用問題、所得問題でもある。多くの人が農地から離れなければ、この問題の解決は難しい。現に、一部の沿海地域では、人が去ったため規模的経営が実施され始めた。

二つ目に、農産品価格の引き上げという対策を考えてみる。中国国内の農産品価格は国際価格を上回っているが、WTO加盟で国際市場に組み込まれたため、今後、高い価格を維持することが難しくなっている。むろん、更なる値上げはもっと難しい。また、国内の需給状況からみても、今後市場価格が上昇することも困難である。農産品の輸入増加による値下げが起なければ幸いであろう。たとえ無理して価格を強引に引き上げても、供給が増え市場価格が下落することになるだけである。実際問題として、中国経済の発展の勢いを保ち経済の近代化を実現し、国際競争力を維持するには、農産品価格を国際価格より高く設定することができない。これは、農産品価格は非農業産業の労働コストを決める重要な要因で、労働コストが上昇すれば企業と製品の国際競争力が落ちるからである。今後も長い期間にわたって、中国の経済発展は低い労働コストに依存するため、農産品価格の引き上げは中国経済全体の発展にとって不利である。国際社会では、中国の農産品市場の開放を望む大規模農場を経営する企業などのような集団もあれば、中国の市場開放を望まない工業集団や労働組合のような集団もある。後者の場合、中国が「食糧の自給自足」「自分で自分を養う」ことが進めば、農産品価格の上昇により中国の労働コストが上昇し競争力が弱まるため、彼らは雇用を維持することができると考えているためである。一方、中国にとっては、経済発展のためにも農民の利益のためにも、農産品価格を現在の水準に維持することが重要である。農産品に対する需要が増え、供給が追いつかない時は、輸入すればよい。現在、中国の輸入食糧は消費の1%に過ぎないため、「食糧の安全保障」を損なわず輸入で国内の需給を調整する余地は大きい。しかし、このように農産品価格を調整しても、農民所得の伸びが他の産業より低いという問題を解決することができない。

三つ目の対策として、土地制度の改革が挙げられている。しかし、土地請負制は今後かなり長い期間にわたって続けるべきである。土地制度は農業の規模的経営に関連している。これについて国内外でも議論されている。しかし、現在の土地収益状況と農民所得の構造からみれば、農家が請け負っている小さな土地はもはや「高所得の源泉」ではなく命を維持する土地で一種の「社会保障」である。売却も譲渡(ただし一定の期間においてリースすることができる)もできない土地をもつことは、農民にとって最低所得が保証されることを意味する。都市部や郷鎮企業で職がなく高い所得がない時や、非農業産業での高い所得を失った時、その土地は農民の生活保障となる。この制度があるからこそ、中国は他の途上国のように工業化、都市化を進める時に発生した「都市貧民」という問題を避けることができた。中国経済が抜本的な変革を遂げ、大多数の農民が非農業産業で安定的な職業を得られるようになるまでは、土地制度を大きく変更すべきではない。

このため、以上のような対策をとっても、中国の農業問題を解決することはできない。中国の農業問題・農村問題を抜本的に解決するには「工業化」が必要である。すなわち、大半の農民が製造業、サービス業など非農業の分野で安定した職業が得られるという農村人口の雇用の非農業化である。中国の農業問題・農村問題の本質は農民問題である。そして、農民問題の根本的な解決策は、多数の農民の転業を実現させることにある。土地に依存する人口が減れば、土地の使用効率と農業の経営効率がよくなり、農業の近代化を実現することができる。農産品価格も市場の需給変化によって変動する。農業に残った労働力は専業化し、大規模な農場経営からより高い収入を得ることができる。これによって、農業と工業の一人あたり所得の格差、都市部と農村部の所得格差が縮小する。

中国の農業問題、農村問題、農民問題といういわゆる「三農」問題を解決するには、農業、農村、農民の範疇を超越して、工業など非農業産業の発展も重視すべきである。工業など非農業産業は、農民により高い収入が得られる雇用機会を提供することができる。この点を重視して、非農業産業の雇用機会を拡大すべきである。ここで、ある基本的な経済ルールを知っておく必要がある。人間にとって、「食」という基本的な生存条件が満たされれば、生活水準の向上や国民総生産の増加、経済全体の発展は、農業自体の発展よりも、衣、住、電気製品、交通、通信、旅行、娯楽、インフラストラクチャーなど非農業産業によって決められるのである。この時、経済発展あるいは経済の近代化は、農業に従事する人口と時間の減少、非農業産業に従事する人口と時間の増加に反映される。我々の直面している問題を解決するには、このような経済発展の基本的な特徴を十分に認識した上、経済発展の長期戦略を策定せねばならない。むろん、これはすぐにできることではない。しかし、すぐにできないということは、今後もその方向に向かって努力しなくていいという意味ではない。今から努力を重ねれば、最終的に問題を解決することができる。長期的な発展戦略に合わせて短期政策を策定すれば、短期的な課題によって問題の最終的な解決を妨げることなく持続的な発展の勢いを保つことができる。

2002年11月5日掲載

出所

『発展的道理』三聯書店、2002年

関連記事

2002年11月5日掲載

この著者の記事