中国経済新論:実事求是

「日中経済格差は40年」が意味するもの

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

このコラムで、私は一貫して日中間の経済発展段階には依然として格差が大きく、これを反映して両国経済は補完関係にあると主張してきた。昨年9月、日本で中国脅威論が猛威を振るっていた頃、この旨の発言が「中国は日本より40年遅れている」というセンセーショナルな題でシンガポールの「聯合早報」(中国語紙)に掲載されたことも手伝って、中国でも大きな反響を呼んだ。「中国落后日本40年」と中国語のGoogleで検索すると、今でも100件以上の関連記事を見つけることができる。最近の日本人の自信喪失と中国人の自信過剰を反映しているせいか、私のこの観点に関し、日中双方の読者から今の中国経済のレベルを過小評価しているのではないかという批判を多く頂いている。また一方では、色々と誤解を招くような拡大解釈も見受けられる。中国脅威論が沈静化しつつある今、「日中経済格差は40年」の意味についてもう一度冷静に吟味してみよう。

「日中経済格差は40年」という結論は次のように導かれている。すなわち、平均寿命、乳児死亡率、一次産業のGDP比、都市部のエンゲル係数、一人当たり電力消費量を見ると、中国の直近の数字はおおむね1960年代前半の日本に対応しているのである。これらは恣意的、または都合のいいように選んだものではなく、経済構造や生活水準など、経済発展の段階を表す標準的指標ばかりである(注)。また、数字を見るまでもなく、経済の高成長や建設ラッシュ、労働力の農村部から都市部への大規模な移動、深刻な環境問題など、現在の中国と40年前の日本との間には多くの類似点が見られる。

表 主要経済指標による日中間の発展段階の比較
表 主要経済指標による日中間の発展段階の比較
(注)平均寿命は男女平均
(出所)『中国統計摘要2002』中国統計出版社, 『国際比較統計』日本銀行, 『日本の百年』国勢社, 『人口動態統計』厚生労働省より作成。

このような比較はあくまでも全国平均を対象とするもので、地域によって、また分野によってばらつきがあることは事実である。中国は地域格差が日本よりもずっと大きいことを考えると、上海を中心とする経済発展の目覚しい沿海地域と日本との格差はもはや40年もないだろうが、内陸部には日本より100年も遅れている地域が依然として存在している。また、近年のIT産業の発展によって、40年前にはまだ存在していなかった一部の分野においても、中国が活躍の場を確保しつつある。しかし、その一方では、中国が北京-上海間の高速鉄道計画に際し、自前の技術を持っていないため、すでに60年代初めに技術が確立された日本の新幹線を導入するか、それともまだ実験段階にあるドイツのリニア技術を導入するかという論争に終始している。さらに、高層ビルや高速道路の建設といったハード面においては、現在の中国は40年前の日本より進んでいると見ることができるが、法律の整備や民主政治の進展といった制度面においては、逆に当時の日本よりも遅れていると言わざるを得ない。

日中間の経済格差が40年と主張してはいるが、近年の中国の急速な経済成長を否定するつもりは全くない。実際、私は10年前にも上述の方法で日中間の経済格差を測ろうとしたが、当時の中国経済の発展段階を表す主な指標と近い日本の数字を探すとなると、戦前にまで遡らなければならなかった。そして、戦争期間中の異常な状態と統計の不連続性を考え、計算を途中で諦めざるを得なかった。このように、日中間の格差が急速に縮小していることを考えれば、まだ40年もの開きがあるというよりも、もはや40年しかないと理解すべきであろう。

先発国の技術や経験を低いコストで学べるという後発性のメリットを活かせば、中国は当面の間日本より高い成長率を達成することができるであろう。その結果、両国の発展段階における格差は着実に縮小し、中国が今日の日本のレベルに達するには40年もかからないだろう。ただし、日本経済が今後数十年にわたって全く成長しないという極端な状況に陥ることがない限り、中国が今日の日本のレベルに達しても、日中間の発展段階が逆転することはない。

2002年10月18日掲載

脚注
  • ^ 比較に当たり、あえて一人当たりGDPを対象としなかったのは、インフレや内外価格差の存在を反映し、同じ1ドルの購買力でも、40年前の日本と現在の中国とでは非常に違っているはずだからである。
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2002年10月18日掲載