中国経済新論:日中関係

中国脅威論に異議あり

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国経済の本当の実力

ついこの間まで悲観論一色だった中国経済論が、いつのまにか楽観論へ、さらには脅威論へと変わった。「人民元切り下げの大合唱」が「切り上げ待望論」に取って代わられ、「誰が中国を養うのか」に象徴される食糧不足論が一転、中国の農産品輸出が日本の農民に脅威を与えるという過剰論に変わった。IT革命の影響に関しても、中国がデジタル・デバイドに陥るどころか、蛙が飛ぶように一挙に日本を抜いて先進国に躍進するのではないかという推測が盛んになっている。このように、これまで過小評価されてきた中国が、急に過大評価されるようになった。

中国脅威論を支えているのは中国がすでに巨大な生産力を持つ経済大国になっているという神話である。中国経済の実力を客観的に評価しようとすると、次の3点にとくに注意を払うべきである。

まず、中国経済の実力は生産の伸び率ではなく、その規模に反映される。確かに、この20年間中国は年率10%に近い高成長を続けてきた。しかし、GDPで見ると、中国の経済規模は日本の4分の1に止まっており、中国の人口が日本の10倍に当たることを考えると、一人当たりGDPは日本の2.5%程度に過ぎない。購買力平価(いわゆるPPP)で見ると、中国のGDPは4倍ほど大きくなるが、他の途上国のGDPも大幅に上方修正されることになるため、これを考慮しても中国の一人当たりGDPランキングは140位から128位にわずかだけ上昇しただけに過ぎない(世界銀行、『世界開発報告、2000』による)。

また、中国は資金と技術から設備と部品まで大きく海外に依存している。中国の対外貿易の半分が外資企業によって行われ、また、輸出を100万ドル増やすのに50万ドルの中間財を輸入しなければならない。例えば、米国市場でメイド・イン・チャイナと分類されるコンピュータは、そのブランド・ネームはもちろんのこと、インテルのCPU、マイクロソフトのWindowsなどの主要部品や基本ソフトも外資に頼らざるを得ないのである。そのコンピュータの単価が1000ドルだとすると、外資に支払う配当や、技術使用料、輸入代金などを引いてしまえば、中国のGNP(国民総生産)に計上される付加価値はそのほんの一部に過ぎない。

さらに、中国経済における地域の格差は依然として大きく、沿海地域だけを見て全体を語ることはできない。例えば、上海の一人当たりGDPは3000ドルに達しているのに対して、内陸部の貴州省はその10分の1に止まっている。政府が地域格差を是正すべく、西部大開発のプロジェクトに乗り出したが、その資金の調達が必ずしも容易ではない。沿海地域にとっても先進国の生活水準に追いつくには長い歳月がかかるが、内陸部にとっては、さらなる忍耐力を要する。

補完関係にある日中関係

中国の全国のレベルで、平均寿命(女性72才、男性68才)、乳児死亡率(1000分の31)、都市住民のエンゲル係数(39%)、一次産業のGDP比(16%)、一人当たりの電力消費量(1071kwh)など、主要な経済発展指標を見ると、中国はまだ1960年前後の日本の水準にしか達しておらず、両国間には40年ほどの格差が依然として存在している(表1)。もちろん、中国の高成長が今後も続けば、この格差が縮まり、20年以内に両国のGDP規模が逆転することは十分考えられる。しかし、その段階においてさえ、中国は、一人当たりGDPがやっと日本の10分の1程度に達し、先進国への道のりはまだ遠いのである。

表1 日中主要経済発展指標の比較
表1 日中主要経済発展指標の比較
(出所)『中国統計摘要2001』(中国統計出版社)、『日本の100年』(国勢社)、ADB, Key Indicators of Developing Asian and Developing Countries, 2000.

発展段階におけるこの厳然たる格差を反映して、日中両国間の経済構造も競合的というよりもむしろ補完的である。我々の推計によると、米国市場において、日本と中国が競合している品目が、拡大しているとはいえ、金額ベースで、2000年でもまだ16%に過ぎない(1990年には3%、1995年には8%)。同じ品目においても依然として日本が高級品、中国が低級品という棲み分けになっており、また、中国輸出に占める「輸入コンテンツ」の割合が日本よりずっと高いことを考えれば、日中間で競合している部分はさらに小さいと見られる。

日本の景気変動における中国要因

日中関係が補完的であるという認識に立てば、中国の高成長は日本にとってプラス・サム・ゲームであることが見えてくる。

まず、中国の台頭は競合関係にあるASEANにとっては脅威であっても、補完関係にある日本にとっては、むしろチャンスであるはずだ。70年代末以来、中国は改革・開放の道を歩み、その結果、比較優位に沿って世界経済に組み込まれつつある。中国の比較優位はいうまでもなく、豊富な労働力にある。中国が計画経済下の重工業化政策を放棄し、労働集約型製品に特化する結果として、国際市場において、労働集約型製品の供給が増大する一方、資本集約型製品に対する需要も増える(中国の国内生産が減少する分を補う形で)。この需給関係の変化は労働集約型製品の資本集約型製品に対する相対価格の低下、ひいては中国の交易条件(輸出価格と輸入価格の比率)の悪化と、中国を除く世界の交易条件の改善をもたらす。中国と競合する一部の国(すなわち、同じ労働集約型製品を輸出し、資本集約型製品を輸入する国)では中国につられる形で交易条件が悪化することも考えられるが、日本のように、中国と補完関係にある国(中国とは逆に、労働集約型製品を輸入し、資本集約型製品を輸出する)では、むしろ交易条件の改善を享受することができる。賃金調整や生産要素の産業間の移動によって完全雇用が達成される中長期において、交易条件の改善は国民の実質所得の上昇を意味する。

雇用と生産が需要に左右される短期においても、中国製品の価格の低下による輸入の上昇は日本の景気を支える可能性が大きい。ここでは、需要側と供給側双方への影響を考えなければならない。確かに、需要側では、日本の輸出または国内消費が中国製品に代替されるが、両国の製品があまり競合していないことを考えると、その度合いは小さいであろう。一方、中国からの輸入価格の低下は企業にとって生産コスト(または輸入業者の場合、入荷価格)の低下を意味し、生産規模の拡大を促す力として働く。需要と供給の枠組みに当てはめると、両国間の補完関係を反映して、需要のチャイナ・シフトによる需要曲線の左へのシフト(いわゆる悪いデフレ)よりも、輸入価格の低下による供給曲線の下へのシフト(いわゆる良いデフレ)の方が大きく、その結果、生産が拡大するのである(図1)。

図1 日本のデフレにおける中国要因
図1 日本のデフレにおける中国要因

一方、日本国内の不況が長引く中で、日本の輸出を伸ばすために、中国に圧力をかけて、人民元の切り上げを求めるべきであるという議論がにわかに浮上している(例えば、2001年8月7日付のファイナンシャル・タイムズ紙、"China's cheap money"、または2001年9月6日付の日経新聞、「人民元の切り上げ待望-強まる中国脅威論」)。しかし、中国と日本の経済関係が競合的であるというよりも、むしろ補完的であることを考えると、人民元の切り上げは必ずしも日本の景気にプラスの影響を及ぼすとは限らないことが分かる。まず、中国の輸出が労働集約型製品(または組み立てなど技術集約型製品の労働集約型の工程)に集中しており、国際市場において、日本の技術集約型製品とはあまり競合しないため、人民元が高くなっても、日本の輸出はそれほど伸びないであろう。その上、「元高」を受けて、中国経済が減速することになれば、日本の対中輸出も抑えられることになるであろう。この2つを合わせて考えると、人民元の切り上げは日本の製品に対する需要を抑える要因として働くと見られる(図2における需要曲線の左へのシフト)。一方、供給側においても、輸入価格の上昇が生産規模の縮小につながろう(図2における供給曲線の上へのシフト)。そもそも、中国経済が他のアジア諸国と比べて堅調であるとはいえ、輸出が急速に減速し、デフレ傾向も完全には払拭できていない現段階において、仮に日本政府から切り上げの圧力があっても、中国当局がこれに応じる可能性はまったくない。

図2 人民元の切り上げと日本の景気
図2 人民元の切り上げと日本の景気

中国の台頭と日本の空洞化問題

中国の台頭は、日本に多くの機会と挑戦をもたらしている。多くの日本企業は中国を潜在的に有望な市場として、また投資先として見ている。しかし一方で、中国からの輸入の増加は、企業の倒産や失業の増大など、国内産業の調整圧力を強めることになる。こうした状況が国内産業の「空洞化」の懸念を増幅させ、中国と日本の貿易摩擦をエスカレートさせている。

日本はこれらの課題に対し、輸出競争力を失った国内産業にセーフガードを発動するといった保護主義的な政策を行うべきではなく、むしろ積極的な産業調整によって対処すべきである。後者には、国内の衰退産業を海外に移転すると同時に、規制緩和や研究開発投資により国内の新たな成長部門を促進する政策も含んでいる。輸入の制限や衰退産業が移転されてしまうのを防ぐための障壁の設定は、対症療法に過ぎない。日本の衰退産業は、政府がいくら保護しても競争力を取り戻す可能性は少ない。そのような政策は、日中両国の産業構造の高度化を単に遅らせるだけである。日本もこうした長期的視野に基づいて、積極的に中国との分業体制の構築を図るべきである。

日本は、比較優位に沿った国際分業を促進すべきである。労働集約型産業を中国に移転させ、中国からそのような財を輸入することにより、日本の生産者と消費者は生産と輸入のコストを削減し、実質的な所得を上昇させることができる。さらに、中国の成長がアジア太平洋地域の安定に寄与し、日本の安全保障にも好影響を与えるであろう。実際、昨今のアジア金融危機に示されたように、日本にとっては近隣諸国の停滞と混乱よりも、その繁栄と安定のほうが自らの国益になることはいうまでもない。

2001年9月10日掲載

2001年9月10日掲載