中国経済新論:実事求是

冷凍ホウレンソウをめぐる日中貿易摩擦
― 消費者保護に名を借りた生産者保護か ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

昨年のネギを始めとする農産物三品目に対するセーフガード暫定措置の発動に続き、今年に入って、中国産ホウレンソウの残留農薬問題を巡って日中間の貿易摩擦が再び激化している。日本の採った対応に対して、中国側は非関税障壁だと批判している。

今回の問題は、中国産冷凍ホウレンソウから基準値以上の残留農薬が検出されたため、2002年5月21日に厚生労働省が、輸入届出ごとに検査すると発表したことから表面化した。その後も中国産冷凍ホウレンソウから基準値以上の残留農薬が検出され、加工品の回収や販売自粛が相次いだ。7月10日には厚生労働省は、業者に対して輸入自粛を指導し、さらに輸入業者の検査を強化させた。これによって中国からの冷凍ホウレンソウの輸入は、8月中旬以降、完全に止まっているのである。検査の強化と販売自粛の影響は、他の農産物にも及んでおり、中国からの野菜輸入が全体的に大幅に落ち込んでいる。

これに対して、中国側は、冷凍ホウレンソウに関して残留農薬が基準値を超える現象がよく見られる原因は、それに適用される日本の残留農薬基準が他の野菜より厳しいことにあるとし、見直しを求めている。実際、ホウレンソウのクロルピリホス残留基準値の0.01ppmに比べ、同じような葉物野菜であり、食べ方も類似しているコマツナは2ppmで、両者の間には200倍の開きがある。また、日本が輸入しているホウレンソウの99%が中国産であることを併せて考えれば、WTOの無差別原則に反して、輸入制限の矛先が最初から中国に向いているのではないかという中国側の不満も理解できる。

一方、食料の安全性が大いに注目される中、7月31日には食品衛生法改正案が成立した。これにより、違反となる恐れの強い国で製造された食品などについて、輸入・販売等を包括的に規制する制度を創設する道が開かれるようになった。8月14日には日本と中国の間でこの問題についての課長級協議が北京で行われ、この法律を中国産の冷凍ホウレンソウに適用する可能性についても説明が行われた。今回成立した法律は、特定品を対象とした包括的な輸入禁止が可能になるため、国内農家の保護に直結している。実際に、以前から自民党農林水産部会を中心にこの法案の成立を求める声が強かった。今回の冷凍ホウレンソウを巡る騒動は、農業関係者に輸入に対する障壁を設ける絶好の口実を与えてしまったのである。

去年のセーフガード発動時には、日本国内においてさえ、一部の農水族議員の選挙対策ではないかとの理由から反対する意見が多かった。しかし、今回の一連の措置は生産者保護ではなく消費者保護という大義名分の下で行われているだけに、批判の声はほとんど聞こえてこない。確かに消費者保護自体は必要である。しかしながら、それを隠れ蓑に競争力を失った農業を保護することは、昨年のセーフガードと同様、構造改革を遅らせ、日本経済の資源配分をもゆがめる結果につながりかねないことを、当局のみならず、国民も認識すべきである。

2002年9月13日掲載

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