懸念される日中貿易摩擦-拡大均衡を目指して

関志雄
上席研究員

中国からの輸入の急増を背景に、セーフガードなど輸入制限をめぐる動きが活発化している。今後、その対象品目が農産品から工業製品に広がり、これらに対して中国が対抗措置を講じることになれば、日本は消費者のみならず産業界にも膨大な負担が課せられることになろう。確かに、セーフガードはWTOの協定に基づく「権利」である。しかしながらそれは、自由貿易の精神に反するだけでなく、小泉新政権が断行しようとしている「聖域なき構造改革」にも逆行するものである。

日本は経済の再活性化のために、衰退産業の海外移転と国内の新産業の育成を組み合わせた「空洞化なき高度化」戦略を採ることを私は提案する。その一環として中国経済の活力を生かし、比較優位による国際分業体制の構築を目指すべきである。

今年4月、ねぎ、生しいたけ、畳表の農産品3品目についてセーフガードの暫定措置が発動されたことをきっかけに、日中の貿易摩擦は拡大と深化の兆しを示し始めている。すでに、うなぎ、わかめ、木材、タオル、ポリエステル短繊維などの各業界から、主に中国の産品をターゲットにセーフガードやアンチダンピングの要請が相次いでおり、このリストに連なる品目は日増しに数が増えている。中国のWTO加盟がまだ実現していない今、紛争の解決は二国間の交渉に委ねなければならないが、もし決裂することになれば中国としても対抗措置を辞さないであろう。

輸入制限の是非を論ずる際、保護の対象となる一部の業種や産地という枠にとらわれず、国全体の利益という観点に立つことが求められる。中国製品に対してセーフガードが発動されることになれば、その被害者は中国の生産者と日本の消費者にとどまらず、積極的に対中ビジネスに取り組む多くの日本企業の経営努力も報われなくなる。このような政策は、競争で負けた業者を救済し、そのツケが勝ち組に回されることを意味するため、悪平等を助長し国内構造改革の妨げになりかねない。また、中国にとって日本は最大の貿易相手国であり、日本にとっても中国は米国に次ぐ二番目の相手国であるだけに、貿易摩擦がエスカレートすれば双方の産業に大きい打撃を与えるであろう。

こうした事態を避けるために、セーフガード措置を発動するに当たっては、当局は適用期限(原則として4年間以内)が延長できないというWTOのルールに加え、「発動期間中に我が国産業が競争力を回復するか又はその他の態様で国内産業の調整が行われるという見通し」の立つ品目に限定するという原則(産業構造審議会・特殊貿易措置小委員会「セーフガード措置についての考え方」)を厳密に守るべきである。これは、適用期間を過ぎれば、敗者の退場を含め、競争原理を徹底させることを意味する。

セーフガードが乱発されることになれば、自由貿易を標榜する日本の国際社会における信用が傷つけられることとなろう。すでに、中国をはじめとする諸外国は日本が保護主義に傾斜するのではないかと警戒している。60年代以降、欧米諸国は、工業大国として登場した日本の製品に対して関税や数量規制など多くの障壁を設けた。こうした差別待遇と戦ってきた日本が立場の逆転した今、中国に同じような手段を講じようとするのであればそれは誠に残念なことである。

そもそも、国内の産業を守るために輸入に障壁を設けることは対症療法に過ぎない。これは産業構造の高度化を促すどころか、むしろ遅らせる要因になりかねないのである。実際、先進国における衰退産業が政府の保護政策によって競争力を回復した事例は皆無である。日本は「空洞化なき高度化」を達成するためにも、輸入制限や補助金で労働や資本、土地などの資源を競争力のなくなった産業に固定させるのではなく、生産性の上昇を妨げる要因を取り除き、新産業の育成に力を注がなければならない。その対象は製造業に限定せず、経済の情報化、ソフト化、ネットワーク化の流れに沿って、サービス分野の開拓を目指すべきである。

今回の貿易摩擦の背景として、夏の参議院選挙を睨んだ一部の「族議員」の思惑がクローズアップされているが、より本質的に中国経済の急速な追い上げに対して日本の政府と産業界は対応に戸惑いが生じていることも見逃してはならない。確かに中国と競合する産業は、企業倒産や失業の増大などの打撃を受けている。しかし、日中間は依然としてその発展段階に大きな格差が存在しており、競合的よりも補完的経済構造を持っている。双方が協力し合うことによって得られる利益は大きいはずである。

現に直接投資や委託加工、開発輸入など、いろいろな形で中国の豊富な労働力と日本の高い技術力を生かしながら成功を収めている企業が増えつつある。ユニクロ人気に象徴されるように、このような経営努力は企業自身の収益の向上につながるだけでなく、中国から安価で良質な輸入を増やすことを通じて日本の消費者にも大きなメリットをもたらしている。いかに摩擦を避けながら中国との潜在的補完性を実現していくか、日本にとって重要な課題になっている。

2001年5月29日

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2001年5月29日掲載