懸念される日中貿易摩擦-拡大均衡を目指して:投稿意見

関志雄
RIETI上席研究員

「懸念される日中貿易摩擦」について

東京大学大学院総合文化研究科教授 RIETIファカルティフェロー 小寺 彰

関さんのご意見に賛成です。ただし、関さんのご意見では以下の点が分からないためにセーフガードに関する政策提言としては不十分な感じがします。第1に、WTOルールに加えて、産構審の提言さえ守ればよいのか。日中の経済の相互補完性の実現と産構審提言の理論的な関係が分かりません。第2に、今回の3品目についてのセーフガード措置が不当だ、または政策当局の判断が間違っていたと考えていらっしゃるのかどうかがわかりません。最初の部分では否定的に見ていらっしゃるようにも思いますが、他方、今回の措置が産構審の提言に反しているとも言えないからです。

小寺さんの疑問にお答えいたします

上席研究員 関志雄

  1. 今回のセーフガードに対する評価
    私は貿易政策を次の四段階で評価していますが、今回のセーフガードの発動はその中でも最も低い評価の「最悪の策」になりかねません。
  2. 1)
    最善の策:経済効率の観点から、自由貿易を堅持します。
    2)
    次善の策:人道的な見地から打撃を受けている農家・業者を救済すべきであるというコンセンサスが国民の間にできた場合においても、セーフガードの発動よりも補助金の援助のほうが望ましい。なぜなら、これは効率面(損失が消費者に及ばないこと)だけでなく、透明性の面(予算の手続きを踏まざるを得ないためコストが明示されること)においても優れているからです。
    3)
    次々善の策:政治的配慮から、どうしてもセーフガードの発動が避けられない場合、せめてWTOのルールと産業構造審議会の提言は守って欲しいものです。今回の対象品目がこれらの条件を満たしているかどうか、多くの疑問点が残っています。
    4)
    最悪の策:無原則にセーフガードを乱発します。これにより貿易戦争が勃発し、日中双方の産業と消費者が多大なる損失を被ることになります。
  3. 日中の経済における相互補完性の実現と産業構造審議会の提言の理論的な関係
    日中の経済における相互補完性の実現と(セーフガード発動の条件に限定される)産業構造審議会の提言を関連させて議論するつもりはありません。ここで強調したいことは、むしろ「日本は経済の再活性化のために、衰退産業の海外移転と国内の新産業の育成を組み合わせた空洞化なき高度化戦略を採り、その一環として中国経済との補完関係を生かして、比較優位による国際分業体制の構築を目指すべきである」ことです。セーフガードの発動がその妨げになることは明白なものであると言わざるをえません。

関さんのご見解への再投稿

東京大学大学院総合文化研究科教授 ファカルティフェロー 小寺 彰

関さんから、ご見解を詳しく説明していただいてありがとうございます。関さんのご説明については、私は次のように考えています。

1.「次善の策」として補助金の供与が挙げられています。補助金が数量制限や関税引き上げより経済学的にはセーフガードとして適切だと判断されるのは分かりますが、セーフガード措置として補助金を供与することは現行の日本法上はできません(なお補助金供与がセーフガード措置として実際に効果的なものかという点には疑問の声もあります)。したがって、現在の日本では、国内産業が打撃を受けた場合は、何もしないか、数量制限または関税引き上げによるセーフガード措置をとるかのいずれかしか方策はありません。

2.昨日まで農業に従事していた人が明日からIT産業に従事することはほぼ不可能でしょう。この例が示すように、国際分業体制の確立のための国内の産業構造改革のためには時間的な猶予が必要です。セーフガードで保護されるべきものでもっとも重要なものは雇用だと僕は思います。セーフガードが適切であるためには、WTOルールに従っていなければならないことは当然ですが、それに加えて将来の国際分業体制のあり方を念頭において、国内産業構造をどのように変革していくかという見通しをもって実施することが必要です。つまりセーフガードは国内産業改革を実施するための「鎮痛剤」であり、在るべき国際分業体制を実現するための激変緩和措置なのです。

3.関さんは今回のセーフガードが国際分業体制の構築への妨げになると評価されていますが、今回のセーフガードが適切なものになるか否かは、今後政府当局や関係者がセーフガードの実施期間中に、産業構造の変革についてどのような政策をとるかにかかっていると思います。つまりセーフガードの評価は今後の対応に委ねられているのです。私も委員の一人として審議に参加して産構審の提言はこのような政策に基づくものだと考えています。「良い」セーフガードは比較優位に基づく国際分業体制の確立を政治的に促進するものであって、妨げになるものではありません。逆に「悪い」セーフガードは「害」しか生まないものでしょう。今重要なことは、今回のセーフガードが「悪い」セーフガードにならないように監視し続けることではないでしょうか。

4.本日(6月19日)付の朝日新聞朝刊は中国が近々日本からの特定の輸入品に報復関税を課すと報道しています。中国はWTOに加盟していませんから、WTO加盟国なら許されないセーフガードに対する報復措置を発動する可能性があることは、セーフガード発動前から分かっていました。「良い」セーフガードであっても、中国をおもなターゲットとして発動する場合は、WTO加盟国なら考えなくてもすむ、経済的・政治的なコストを払う必要があるのです。「良い」セーフガードであってもコスト(消費者が同じ物を買うのに高い値段を払わなければならない等)を払わなければならないのですが、中国をおもなターゲットにすると通常のセーフガードと比べてコストが高くなるのです。中国をおもな相手にした場合の「鎮痛剤」は、値段が高いのです。今回のセーフガードが普通より値段が高くつくとすれば、ますます将来の産業構造の変革を目指した、より「良い」セーフガードにしていかなければならないのです。もちろん、そんなに高くつくなら、セーフガードは中止する、または本発動は行わない(現在は正式には「暫定発動」です)という選択肢もあります。

5.蛇足ですが中国の報復関税についてもう一点だけ付け加えたいと思います。中国は日本の貿易相手国としてはアメリカ、EUについて第3位です。EUはヨーロッパ15カ国の集まりですから、国別では中国は2位です。報復関税が課される可能性があると予想されてきたという書き方からも分かるように、中国がどのような貿易措置をとるかが十分予測できない一因は中国がWTOに加盟していないことにあります。もし中国がWTOに加盟していて今回のセーフガード発動に対して報復措置をとれば、それはWTO協定違反ですから日本はWTO紛争解決手続に訴えて是正を求めることができます。つまり中国も報復措置をとることができないのです。他方、現在のように中国がWTOに入っていないと、日本がセーフガード措置を発動しなくとも、他の日本の行動が引き金になって経済的な報復措置が発動される可能性も皆無ではありません。つまり中国がWTOに入っていないために中国の行動の予測可能性が低いのです。現在中国のWTO加盟が最終段階に入っています。中国をWTOルールのもとにおくことを可能にする中国のWTO加盟は、日本のように中国との貿易量の多い国にとっては、考えられている以上に大きな意味があることが分かると思います。

日本繊維産業の21世紀展望とセーフガード問題

タオル製造業(愛媛県今治市) 原田政一

関志雄氏のセーフガードは現在の日本の政策としては不適切である、と言う説に賛成します。
タオル産業の実態面からこの問題に関して意見を提出します。

1.私共は中国に工場進出したタオル製造業者です。日本の今治タオル産地において1930年の創業以来現在に至るまで生産と販売を行っております。プラザ合意以降の為替リスクとグローバル経済の発展に危機感を抱き、中国において1992年に会社を設立し、1995年から一貫工場を稼動させております。製造メーカーの企業家として将来を展望しリスクを乗り越えて、海外に自社経営の工場を建設しました。国内本社と海外生産を連動させる事業モデルを構築し、国内生産では高付加価値製品を多品種少量短納期で製造し、中国生産と「棲み分け」=企業内国際分業体制を構築し、消費者と市場の変化に対応してきました。今回のタオル製品のセーフガード措置が発動された場合、中国からの輸出枠が中国政府からは与えられない恐れが高く、日本と中国双方の会社と従業員が深刻な打撃を受けることを危惧しております。

2.セーフガード措置は確かにWTOルールとして存在しますが、この政策は果たして現在も国内的にも国際的にも妥当な措置であるのか多いに疑問を持っています。
輸入国の製造企業が輸出国内に直接投資し生産をした製品を輸入する事は繊維産業だけでなくあらゆる産業で一般化した現実ですが、このように資本と財の流れが世界中に広範に展開する世界市場の現段階で、工業製品に対して発動される事は妥当かどうか、多いに疑問を持つところであります。
一国の通商政策としての側面では経済の変化に対応が遅れた企業に一定の猶予期間を与える為に輸入の増大を制限し、産業再生の機会を用意することは考えられます。
しかし、産業政策あるいは、産業構造の適切な高度化の観点からは、先に構造改革をしてきた企業に深刻な打撃となる事は避けるべきだと考えます。
むしろ政府は(市場)経済外的な要因である輸入の制限措置をとるのではなく、市場の選択に任せる事が経済構造を適切に高度化させる事となります。

3.製造業の機能は製造するだけでなく多岐にわたります。
日本において高付加価値製品の製造工場を維持すると同時に、市場調査から、商品開発、デザインと設計、試作、生産の計画と統制、販売、物流、その他の本社機能を持ち、海外において製造工程を維持管理するというビジネスモデルは十分に成立します。またこの事で一定の市場シェアを海外メーカーに奪われることなく維持する事が出来ます。この事で上記の多岐にわたる企業機能と関連の雇用を維持できるのです。
3Kとも言われる職場に若い労働力が不足している中で、製造工程を海外に持つことでより高度化した雇用を維持しているのです。この新しいビジネスモデルは既に10年以上前からタオル業界には出現しております。そして全国タオル産地の10社を超える企業が1990年代に入り次々と中国に日本独資の現地法人を設立し、一貫工場を建設していったのでした。
この新しい事業モデルによって生産され日本で販売される商品は確実に消費者に支持されて成長を続けております。過去5年間で167%の伸び率で増加しております。

この産業の変化は企業努力によって生じた適切な雇用構造と産業構造の高度化であると確信しています。

4.また、この様に国際化を図って行くことで日本において製造メーカーとして21世紀においても十分に産業を残す事が出来るのです。逆説的な議論ですが国際化を図らなければ繊維産業は残らなくなる恐れがあります。
タオル以外の繊維業界では、ニット業界などでは国際化した企業が多くセーフガードを申請しない決定をしたところも出てきている。タオルは繊維産業の中でも「装置産業」的な要素が高く、市場におけるプレゼンスと企業の絶対数が比例しない寡占化した産業と言える。この為業界団体では「貿易保護」的政策の発動申請が決定されてしまった。

5.既にタオル業界も過去10年の間、既に大きく産業の構造改革が進行しております。
日本企業が日本の消費者の選好に適合した製品を海外の自社工場で製造し、日本に輸入してくることは、既に日本のタオル市場の不可欠な要素となっております。
中国から輸入されるタオル製品の内重量で25%、金額で38%は、進出した日本企業が生産している製品です。
また、日本のタオル産地である今治地区の企業から販売されるタオル製品のうち重量で36%、金額で約50%近くは中国に進出した7つの企業がシェアを持っております。その約半数は進出先の中国で生産し輸入した製品です。(財務省統計、四国タオル工業組合統計、「中国進出タオル企業連絡協議会調べ」に基づく)

6.ここまで進んだタオル業界の国際化を制限し、先行企業に深刻な経営難をもたらす恐れのあるセーフガードはまさに「歴史の歯車を逆回転させる」政策に他ならないものです。
この産業内の実態を政策判断の際には十分に考慮頂くことを希望しております。

コラム(セーフガード)へのコメント

研究員 桐山伸夫

1.セーフガードに関する本欄での議論は、セーフガードという制度の本質を考える上で興味深いものだと思います。関氏と小寺氏の議論は、WTO協定の遵守を当然の前提としつつ、セーフガード措置の適用には、それだけではなく政策としての合理性を担保する必要があるという点で一致しているように読めます。ただしその合理性の内容として、関氏は自由貿易の利益と比較優位に基づく国際的経済補完関係の発展を、小寺氏は一般論として時限的な貿易制限措置の長期的な合理性を肯定できるという可能性をそれぞれ重視しておられる点に違いが見られます。これらの相違は、セーフガードという措置が持つ二つの側面を示すものと思われます。

2.セーフガード制度(正確にはセーフガード協定に基づく「一般セーフガード」の他、2004年までは繊維協定に基づく「経過的セーフガード」がありますが、関氏が言及される産業構造審議会の「考え方」(編集部注1)は特に対象を限定していません)の枠組みを定めるWTOルールは、措置適用のための実体的・手続的要件を定め、輸出国による対抗措置を制限し、加えて紛争処理手続きを通じて客観的な協定適合性判断を行う仕組みを用意しています。これは、加盟国の権利・義務の均衡と措置の一定の合理性の確保を図るものであり、制度が本質的に不合理とは言えないと思われます。たしかにセーフガード制度は、時限的に国内経済主体の保護を許容するものですが、究極的には自由貿易体制を保護する制度として捉えるべきであり、実際にそのように機能するか否かは、協定適合性に加え政策的合理性を確保する慎重な運用と、措置適用対象産品の輸出国によるルールに則った対応にかかっていると考えられます。なお、セーフガード措置の国内実施法の一つである外為法も、輸入制限は外国貿易と国民経済の健全な発展と整合的な範囲内で課しうると定めています。

3.関氏が指摘されるように、セーフガードは直接的には経済に対して悪影響を与えるものであることは直視する必要があります。他方で小寺氏が指摘されるように長期的には良い影響をもたらす可能性も認めるべきでしょう。国際分業体制確立のための激変緩和が国内的な社会政策的機能を持つのみならず、所定の猶予期間を経ることによって、その期間を経ない場合よりも、経済厚生として優位な国際分業体制に到達する可能性もあり、セーフガードの政策的効果は、このような短期的なマイナス効果と長期的な効果との比較によって得られます。したがって、重要なのは、個別の措置の政策効果についての事前の厳正・合理的な判断に加え、適用期間終了後(セーフガード協定では原則として4年間以内)にあってはその政策効果について客観的な評価を行い、果たして「良い」セーフガードだったのかどうかを問うことであると考えられます。この意味で、セーフガードは「鎮痛剤」であるばかりでなく、麻酔が効いている間に治療を行う「外科手術」という比喩も可能でしょう。外科手術の効果は、麻酔や手術の手段としての身体を傷つける行為によってではなく、究極的に健康に役立ったか否かで判断され、その成否は事後的に明らかになります。

4.個別の措置の評価については多様な意見がありますが、最後にこのようなオープンな議論が行われていること自体の意義については指摘しておいてよいでしょう。そもそもWTO協定(及びその他の二国間協定等)がなければ、調査手続を経ずに輸入制限を課すことができます。これに対し、現行WTOルールでは、措置適用の前提として調査手続の透明性の確保が要請されています。輸入制限の政策的合理性がオープンな議論にさらされる昨年末以来のセーフガードに関する一連の動きは、WTOルールが貿易政策をめぐる国内環境にもたらした変化の一端を示すものと言ってよいと思われます。

(編集部注1)
「セーフガード措置についての考え方」
産業構造審議会貿易経済協力分科会特殊貿易措置小委員会
「特殊貿易措置小委員会(第3回)議事要旨(平成13年5月9日)」でご覧いただけます。

セーフガードに関する議論興味深く拝見しております

通商法研究者

制度の濫用防止の重要性に対しては異論ありません。その観点から問題提起をさせていただきたいと思います。

セーフガードに関して産構審は、「自由化交渉の当時に予見できなかった事情の発展の結果、特定の産品の輸入が急増し、国内産業に重大な損害が生じる場合に」採用される「一種の緊急避難的措置」と捉えています。セーフガードを発動するためには、
(1)予見不可能な事情の進展
(2)輸入急増
(3)国内産業に対する重大な損害
という3要件を満たすことが要求されているわけです。これに加え、「調整を容易にするために必要な限度」および「期間」に措置発動がセーフガード協定上制限されているところから、国内手続においては、(4)産業調整のための計画の提出が求められているようです。なおガット19条は、予見不可能な事情の進展の結果であることに加え、(5)輸入急増がガット上の義務を負う効果として生じたこと、も要求しています。(編集部注2)

さて、(2)の輸入急増、(3)の重大な損害および(4)の計画の3つは、濫用の歯止めになかなかなりにくいと思われます。(2)および(3)は、数量的に線を引けるものではないし、また(4)の計画にしても、どの程度の具体性・実現性を要求するかによって要件を満たす難易度がまったく異なってきます。つまり、(2)から(4)の要件適合性の判断においては裁量の幅がきわめて広く、したがって濫用される可能性が高いと考えます。

さて、私見では、一般の理解とは反対に、歯止めとして有効なのは(1)です。一般的理解では、この要件はほとんど意味がないとされています。ガットのパネル先例において、帽子の形の流行が変わったことが「予見不可能な事情の進展」に含まれるとされたためです。そのためかセーフガード協定には言及されていません。この点に関して、「国内産業が重大な損害を被るような事態を自由化交渉時に政府が予想していれば、そもそも関税譲許をするはずがない」という議論があります。この議論を前提とすると、セーフガードを採用した輸入国政府が「予見できなかった」という主張をした場合にこれをパネルが覆すことはきわめて困難でしょう。これでは確かに歯止めになりません。

しかし自由化交渉の時に政府が何を考えて行動するのか(あるいはすべきか)を考慮すると、この要件には重要な含意があると思われます。すなわち、比較優位産業への特化を期待して貿易自由化を行うとすると、自由化交渉にあたって政府は「どのように貿易を自由化すれば(関税を下げれば)比較優位産業への特化をもっとも効率的に実現できるか」を検討しているはずです。この検討にあたっては、将来起こりうる環境変化を当然考慮しているでしょう。ここで考慮されていない将来の環境変化こそが、「予見されていない事態の進展」ではないでしょうか。そう捉えると、セーフガードが許されるのは、「予見されていない事態の進展」によって、期待と異なり、「比較優位産業であるはずなのに競争で負けている」あるいは「比較劣位産業であるが、退出させられている速度が速すぎて(国内経済において)不効率が生じている」場合に限られますので、「比較優位の理論」と不整合ではないということになると考えます。以上のように解すると、ガット19条が規定する、ガット上の義務を負担する効果として、という要件につき、期待の基準時を定めるものとしてその必要性を理解できます。おおざっぱにいえば、直近の自由化交渉時点での期待を基準とせよ、というわけです。

この理解に立てば、自由化交渉をまとめるにあたって「将来の環境変化をどこまで考慮したのか」を文書化し公表することによって、(1)の「予見不可能な事態の進展」という要件を明確な歯止めに利用できるでしょう。将来のセーフガード発動を阻止したい利害関係者は、上記文書作成時に政府に対して将来起き得る環境変化に関して情報を提供してくるでしょう。これに対し、保護を求める可能性のある国内生産者としても、「これこれの環境変化が予想され、したがって提案の関税譲許は下げすぎであり、比較優位産業への特化がスムーズに達成されない」等々の議論をしてくるはずです。いったん関税譲許がなされてしまうと、よほどのことがない限り、「予見不可能な事態の進展」の要件が満たされず、したがってセーフガード発動もなされないからです。これら利害関係者の自発的情報提供の結果として、「予見不可能な事情の進展」と後に認定できる事実が明確に限定されていくでしょう。ありきたりの結論ですが、簡単に言えば、利害関係者が後にクレームをつけにくいように自由化交渉における政策決定を透明化してセーフガード発動の余地をきわめて小さくするということです。

上記仕組みに対しては、将来に関して活発に議論させると自由化交渉において国内をまとめることが困難になり、自由化を遅らせないかという懸念があるかもしれません。しかし、比較優位の存否に基づく棲み分けを実現するということを政策目標とするならば、可能な限りデータに基づく予測をすべきでしょう。また、自由化が遅れることよりも、自由化されたがセーフガードが発動される可能性もあるという予見不可能な政策の振れがあることのほうが、私企業の投資判断を困難にし、棲み分けの促進を阻害すると考えます。

(編集部注2)
WTO協定集(ダウンロードページ)

セーフガード措置問題に関して当サイトでの今までの議論を踏まえ、措置発動の可否判断の要因と基準に関して意見を提出します

株式会社ハートウエル タオル製造業 原田政一

セーフガードに関する国内の規定や答申及び議論は(当然ではありますが)WTO協定に規定された内容に基づき運用上の妥当性の可否を問う事が中心です。自由な貿易による経済全般の利益と産業の調整をセーフガードが阻害することによるデメリットと、対象産業保護による「鎮痛剤」としてのメリットを比較すべきであるとの議論、措置濫用歯止め策として貿易協定締結時の予見すべき事態等に関する議論を含め、それ自体は意義を持つものでありますが、残念ながら既に現在問題となり発動の可否が争点となっている産業における政策判断の為の議論としては、未だ不十分ではないかと考えます。
私は、現在広範に成立している輸入国と輸出国の双方の産業と市場の相互補完性をもつ経済実態への打撃とその発展の阻害、経済の国際化による当該国内産業の高度化と厚生が貿易制限により被る打撃、これら短期長期のデメリットを重要な判断要因として検証する事が必要であり、新たな考え方の枠組が求められていると考えます。

1.措置発動対象国に進出し輸入する企業群が大打撃を受け、適切な産業の国際化と調整が大きく遅れます。またこの打撃により進出した国内企業が市場から退出する事態は当該産業自体の将来の危険性を生じ、発動期間後に国際競争力を持つ企業は従来国内に産業基盤を持たない外国の企業だけになる可能性が大です。
中国に工場進出した企業は、セーフガード発動により中国政府から対日輸出枠を与えられることなく、(実質的に)有償でその権利を確保しなければならなくなります。これは繊維製品に数量制限を課している米国向け輸出において中国で現在発生している事態です。そのコストは価格競争が極めて厳しい日本市場において販売価格に転嫁できず、事業は壊滅状態となります。

2.セーフガード措置政策決定の際には、発動で被る進出企業の被害をデメリットとして評価し、セーフガード措置の可否に関する重要な判断要素とする必要があります。現在国際競争力を失った企業から「鎮痛剤」或いは構造改善の手術時の「麻酔剤」として発動を強く求める声が出ております。しかしその「鎮痛剤」は同時に、それによって貿易制限対象国に進出している我が国企業の輸出を大きく阻害する点で、産業内での構造改革に逆効果となる「劇薬」でもあるのです。
その「劇薬」は日本の進出企業が既に大きなシェアを占めている輸入を制限する事によりこの企業群に大打撃を与え、その産業の適切な国際化と構造改革を遅らせるか或いは壊滅させる恐れが大です。セーフガードは、国際化と構造改革を先行させた産業の将来を担う可能性のある企業に「罰」を与え、競争力を弱めた企業に「褒美」を与えるものであり、適切な産業の高度化を大きく阻害する長期的デメリットをもたらす政策であると言えます。この点でセーフガード問題は、国際化と構造改革を先に進めた企業群と遅れたグループとの対立の問題であり、通商問題ではなく日本の国内問題なのです。

3.措置発動条件としての産業改善案について保護を求める業界団体が立案する「産業構造改善計画」は大きな問題を含んでおります。その計画はセーフガード措置を発動する条件として立案される為、企業や産業の国際化の要素を排除し、市場への影響度の点で極めて限定的なものとなる必然性があります。市場で輸入が増えている事は消費者の選択であり、その問題に対する正面からの回答にはなり得ないものです。また、計画の妥当性を客観的に評価する方法や基準も問題です。それは産業改善のメリットの定性的評価にとどまらず、極力定量的な評価がなされるべきですが、これは極めて困難なことと思われます。また更に、その「計画」の実現を誰がどう保証するのか問題とされるべきです。一方でデメリットが発生しコストを被る立場がある場合、それらの点は明快でありかつ国民の理解を得る必要があります。

4.現在の世界市場は、従来の貿易理論の枠組やセーフガード協定が想定した市場環境とは段階を異にしたものであり、その理論的枠組みでは整理しきれない「大競争」段階であると考えます。「段階」に関しての明確な理論構成が必要ではないでしょうか。この段階での密接かつ補完的な経済関係の中の二国間の貿易問題を扱う場合、比較優位論の原理的な枠内で自由貿易の利益と国内産業調整のメリットと、貿易制限措置による急激な構造変化への緩和策としての社会政策的メリットの二つの比較だけで検討して良いものかどうか(既に産業政策としては意味を持ちません。進出企業は可能な全ての国内的企業構造改革をした上で進出しているのです。それは過去に可能だった事です)。

GATT、WTOの理論的背景となった近代貿易理論では自由な貿易の結果として一国の比較優位のある産業の成長により、厚生を高めるセクターが比較劣位にあるセクターの厚生の損失を十分に補償することができ、総体として一国の厚生が高まるとされてきました。それは一国内の市場が完全競争下に有り、なおかつ資本と労働など生産要素の国際間の移動が自由でない条件での交換原理を出発点としたものでした。
しかし今や世界市場の現実は、資本・技術・情報・知的労働などの重要な生産要素が自由に国際移動する段階を迎えていています。特に工業では既に大きく国際分業が進み、日本と中国の二国間では補完関係を持った産業構造が多くの分野で充分に成長しています。比較劣位にある産業から優位にある産業へ一国内部で資本や労働の移動が発生し産業構造調整が行われるだけでなく、むしろその前に資本や技術は国境を越えて優位にある生産要素を求めて迅速に自由に移動します。国内において生産要素が移行するより前に国際間で移行しているのが現実です。その企業の行動は、国内においても国際分業によって高度化された産業と雇用を維持し、競争力を確保して生き残る条件を作り出そうとするものです。これにより産業と市場において既に十分な産業の補完関係が形成されているのです。タオル業界では、国内への製品輸入を目的として、四国地区の7企業で中国へ約140億円の直接投資が行われ、その他の地区を含め200億円以上の資本が既に移動し、日本独資企業が経営されております。

このように世界市場の段階にあっては、産業は企業進出により輸出国内部のより有利な生産要素を利用して生産性を高め、その製品を輸入する事で輸入国内部での産業の高度化と厚生の増大に貢献する事ができるのです。
企業は直接の製造工程以外の多様な企業活動と雇用を高度化させ維持するのです。(前投稿文参照)
本年度の「通商白書」では中国の成長と世界経済の現状について、中国への資本と技術の流入によって、先進国産業が主導する整然とした雁行形態発展による産業の国際的棲み分けの前提条件が崩れ、各国の各産業が入り乱れてのまさに「大競争時代」が始まっている、との認識が明示されております。
この認識の基となる実態は既にタオル産業に存在しており、進出企業の製品品質水準は国内製品と同等か中位以下の国内企業を上回るものとなっています。
したがって政策決定の際には、条約規定の解釈の枠を越え、実証的検討を重視し、現在を世界市場の新たな段階として認識した上での基本的視座と枠組みが必要と考えます。

セーフガード措置は、WTOルール規定や、国内規定をめぐる議論、ならびにその評価の客観性と実現保証に難点のある「産業再生案」の可否にその発動の条件を求めるだけでなく、既に進んだ産業の国際化と構造改革の進展を阻害する危険性とデメリットについて十分な実証的な検討を行い、それを発動の可否の重要な判断要素として明確に規定されるべきであると考えます。

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