中国経済新論:実事求是

なぜ日本企業の対中投資は低水準に留まっているか
― カギとなる対中進出形態の多様化 ―

関志雄
経済産業研究所 上席研究員

日本では対中投資ブームが起こっていると言われながら、公式統計にはそれがなかなか表れてこない。6月14日に財務省が発表した「対外及び対内直接投資状況」によると、2001年度の対中直接投資は前年比で50%(ドルベース)増えたとはいえ、ピークだった1995年度の3分の1に当たる15億ドルに止まっている。これは日本の対外直接投資全体の4.6%に過ぎず、貿易における中国のシェア(輸出が8.0%、輸入が17.2%、2001年度実績)に遠く及ばない。これは直接投資統計の対象範囲が本来の定義よりも狭いことに加え、出資を伴わない進出形態が一般的になっていることを反映している(注)

対中ビジネスの形態として、これまで貿易と直接投資の二分法で議論が行われてきた。ここで言う「貿易」とは、純粋に物品やサービスを海外と取引することである。これに対して「直接投資」は大まかに言うと「海外の会社を一定の期間以上にわたってコントロールするために投資を行うこと」を指している。したがって、対中ビジネス戦略は「金は出さないが口も出さない」か「金も出すが口も出す」の二者択一であるかのような議論が進んでいたとも言える。

純粋な貿易は相手企業と距離を置きながら付き合うために、取引相手や方式の変更が容易である。つまり自らにとって望ましい製品を作る企業が他に存在すれば、そちらへ乗り換えることもそう難しくはない。その代わりに、相手企業の経営には一切口を挟む権利がない。これに対して、海外直接投資の場合、サンクコストが発生するため、経営計画の変更が難しく、これが弱みとなって賃金や土地の賃貸料の法外な引き上げを要求されることも度々生じている。ただし、直接投資の場合は、出資者として「自らにとって望ましいような」製品開発や生産を行わせやすい。

近年、対中ビジネスの中心としては、純粋な貿易でも直接投資でもない中間的な形態が急速に増えている。こうした新しい取引形態を活用して注目を浴びたのがユニクロ(会社名:ファーストリテイリング)である。ユニクロは、製品を販売するまでの企画を自社で行い、中国にある契約工場に発注を行う。契約工場には技術指導や品質管理を担当する社員を常駐させているが、ユニクロは工場には出資を行わず、経営にも参画していない。したがって、従来の「直接投資」の概念には当てはまらない。さらには30社以上の工場と別々に契約を結んでこれらの工場を競争させる戦略を採り、交渉のテーブルにおいて自社の優位性を崩さないよう取りはからっている。一方で、ユニクロ側は取引する製品の内容にまで注文をつけるため、純粋な貿易の形とも異なる。このように、純粋な貿易とも直接投資ともつかないビジネスモデルを展開している。一般的にこのような取引形態は「開発輸入」と呼ばれ、野菜などの食品でも広く行われている取引形態である。その他、自社ブランド用に製品の生産を発注するOEM生産のように、生産業務を委託する方式も家電やコンピュータ機器を中心に採られている。

直接投資を「結婚」に、貿易を「結婚を前提にしない交際」に例えれば、OEMなどの中間形態は「同棲」に当たるだろう。どれが理想的かはそれぞれの事情を反映し、ケース・バイ・ケースだが、結婚が幸せへの唯一の道でないことだけは確かである。

図 日本の輸出入及び直接投資に占める中国のシェア
図 日本の輸出入及び直接投資に占める中国のシェア
(出所)財務省「対外直接投資実績」、「通関統計」より作成

2002年6月28日掲載

脚注
  • ^ 実際、中国側の統計では、2001年の日本からの直接投資(実行ベース)は、前年比56.8%増の45億ドルに達している。このような差異が二国間の統計で生じる理由は2つ考えられる。まず、日本側の統計では原則として1億円相当額以下の取引は計上されないことになっている。一方で中国側は原則として受け入れた実績を統計として計上するので数字が大きくなっている。もう一つは、日本側の統計では海外現地法人の内部留保による再投資は計上されないが、中国側の統計では計上される。その上、中国では、外資系企業が増資や新たな法人の設立などの再投資を行った場合に所得税の還付を行うなどの優遇策を採用しているため、このような再投資は特に近年大きな割合を占めるようになっていると見られる。
関連記事

2002年6月28日掲載