中国経済新論:日中関係

中国経済の台頭と日本:拡大均衡を目指して

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

はじめに

1970年代改革開放政策に転じて以来、中国が高度成長期に入っており、日本経済を考える上でも、その動向が益々重要になってきた。日本にとって、中国は有望な市場と投資先であると同時に、安い工業製品の供給元でもある。その反面、中国からの輸入の増加が、国内産業の調整圧力を強めており、「産業空洞化」の懸念を増幅させている。これを背景に、中国脅威論がにわかに盛んになり、また現実問題として日中貿易摩擦が激化している。

確かに、近年、中国は急速に日本に追い上げているが、冷静に分析してみると、両国間は発展段階の格差が依然として大きく、経済構造の面において、競合関係よりむしろ補完関係にある。しかし、日本から中国への投資が低水準にとどまっていることに示されるように、この補完関係は必ずしも十分に発揮されてない。中国の労働力と日本の技術力というそれぞれの比較優位に基づいて分業体制が確立されれば、日中両国とも大きな利益が得られるはずである。このプラス・サム・ゲームの状況を現実のものにするために、日本としては、衰退産業を高い関税で守るのではなく、中国に積極的に移転すべきである。これと同時に中国としては、直接投資の環境の改善に努めなければならない。

活発な日中貿易・低迷する日本の対中直接投資

中国の経済力の向上と対外開放を背景に、日本の対中経済関係も貿易取引を中心に深まってきた。2000年の対中輸出と対中輸入は、それぞれ303億ドル(輸出全体の6.3%)と551億ドル(輸入全体の14.5%)に達しており、日本にとって中国は米国に次ぐ第二の貿易相手国である。一方、中国にとっても日本は、米国を抜いて第一の貿易相手国となっている。

貿易が活発になってきたこととは対照的に、日本企業の対中直接投資は必ずしも順調に行かず、とくに新規投資が低迷している。財務省によると、日本企業による中国への投資は1995年度に44億8000万ドルでピークを迎え、1999年度には7億5100万ドルまで減少した。結果として、日本の海外直接投資に占める中国のシェアは8.7%から1.1%まで低下した。2000年度には日本の対中投資は回復を見せたが、全体の2%という低水準にとどまった。日本の対中直接投資の停滞は、増加し続けている米国とヨーロッパの対中直接投資と対照的である。この背景には、中国側の受け入れ体制の不備に加え、現地化が遅れている日本企業の経営上の問題も指摘される。

中国に投資する外資系企業は、未成熟な市場の環境に対処しなければならない。まず、煩雑な手続と曖昧なルールが当局に大きい裁量権を与えてしまい、その結果、許認可や行政指導を通じて企業経営への介入が頻繁に行われている。第二に、外資政策がしばしば変更される上、地域によって大きく異なるため、長期的な目標を立てることや広範な活動を行うことが困難な状況になっている。第三に、各省レベルで他地域の製品を排除しようとする保護主義が横行し、またインフラが整っていないことから、外資系企業は全国的な生産・販売網を構築していくことに膨大なコストがかかる。第四に、知的所有権の保護と企業情報の開示が不十分である。最後に、外資系企業に対して、当局は輸出を奨励するために税金やその他の優遇を行っている反面、いろいろな面でビジネス活動の範囲に制限を加えている。

これらの問題は日本企業に限らず、すべての外資系企業に当てはまるが、日本企業にはさらに追加的なハードルが待ち構えている。まず、教科書問題や靖国神社の参拝問題に象徴されるように、多くの中国人は、日本が第二次世界大戦中における侵略行為を反省していないと考えており、歴史認識は両国間の信頼醸成の妨げになっている。また、終身雇用と年功序列に基づく報酬制度により、能力主義を好む優秀な人材を確保しにくくなっている。そしてこのことが、本社派遣の日本人から中国のビジネス環境を把握している現地の経営者に権限を委譲することを難しくしている。マネジメントの現地化は中国市場を狙う日本企業にとってとりわけ緊急に取り組むべき課題である。さらに、日本企業は「ブーメラン効果」を恐れて中国へ技術移転することに消極的であるという批判もある。

中国のWTO加盟が、日本からの直接投資を呼び戻すか否かはまだ明らかではない。プラスの側面として、外国の投資家にとって新たな対象部門(とりわけサービス部門)が登場すること、そしてより安定的かつ透明性の高い法的枠組みが整備されつつあることから、中国はより魅力的な投資先になっていくであろう。一方、マイナスの側面としては、日本企業は新たに開放されたサービス部門において、米国やヨーロッパの企業に勝てるかどうか疑問である。さらに一部の製造業においても、輸入関税が大幅に削減されるため、日本企業にとっては、中国市場にアクセスする手段として、現地で生産するよりも日本(もしくは第三国)から中国に輸出したほうが有利になる。これまで幼稚産業として高い関税によって守られてきた自動車産業はその典型である。

懸念される日中貿易摩擦

直接投資の不振に加え、これまで順調に伸びてきた日中間貿易も、試練を迎えようとしている。中国からの輸入の急増を背景に、日本ではセーフガードなど輸入制限をめぐる動きが活発化している。その対象が農産品から工業製品に広がりを見せようとしている。確かに、日本にとって、セーフガードはWTOの協定に基づく「権利」である。しかしながらそれは、自由貿易の精神に反するだけでなく、小泉新政権が断行しようとしている「聖域なき構造改革」にも逆行するものである。

輸入制限の是非を論ずる際、保護の対象となる一部の業種や産地という枠にとらわれず、国全体の利益という観点に立つことが求められる。中国製品に対してセーフガードが発動されることになれば、その被害者は中国の生産者と日本の消費者にとどまらず、積極的に対中ビジネスに取り組む多くの日本企業の経営努力も報われなくなる。このような政策は、競争で負けた業者を救済し、そのツケが勝ち組に回されることを意味するため、悪平等を助長し国内構造改革の妨げになりかねない。

こうした事態を避けるために、セーフガード措置を発動するに当たっては、当局は適用期限(原則として4年間以内)が延長できないというWTOのルールに加え、「発動期間中に我が国産業が競争力を回復するか又はその他の態様で国内産業の調整が行われるという見通し」の立つ品目に限定するという原則(産業構造審議会・特殊貿易措置小委員会「セーフガード措置についての考え方」)を厳密に守るべきである。これは、適用期間を過ぎれば、敗者の退場を含め、競争原理を徹底させることを意味する。

セーフガードが乱発されることになれば、自由貿易を標榜する日本の国際社会における信用が傷つけられることとなろう。すでに、中国をはじめとする諸外国は日本が保護主義に傾斜するのではないかと警戒している。60年代以降、欧米諸国は、工業大国として登場した日本の製品に対して関税や数量規制など多くの障壁を設けた。こうした差別待遇と戦ってきた日本が、立場の逆転した今、中国に同じような手段を講じようとするのであればそれは誠に残念なことである。

そもそも、国内の産業を守るために輸入に障壁を設けることは対症療法に過ぎない。これは産業構造の高度化を促すどころか、むしろ遅らせる要因になりかねないのである。実際、先進国における衰退産業が政府の保護政策によって競争力を回復した事例は皆無である。日本は「空洞化なき高度化」を達成するためにも、輸入制限や補助金で労働や資本、土地などの資源を競争力のなくなった産業に固定させるのではなく、生産性の上昇を妨げる要因を取り除き、新産業の育成に力を注がなければならない。

今回の貿易摩擦の背景として、夏の参議院選挙を睨んだ一部の「族議員」の思惑がクローズアップされていたが、より本質的に中国経済の急速な追い上げに対して日本の政府と産業界は対応に戸惑いが生じていることも見逃してはならない。確かに中国と競合する産業は、企業倒産や失業の増大などの打撃を受けている。しかし、日中間は競合的よりも補完的経済構造を持っていることを考えれば、双方が協力し合うことによって得られる利益は大きいはずである。

現に直接投資や委託加工、開発輸入など、いろいろな形で中国の豊富な労働力と日本の高い技術力を活かしながら成功を収めている企業が増えつつある。ユニクロ人気に象徴されるように、このような経営努力は企業自身の収益の向上につながるだけでなく、中国から安価かつ良質な製品の輸入を増やすことを通じて日本の消費者にも大きなメリットをもたらしている。いかに摩擦を避けながら中国との潜在的補完性を実現していくかは、日本にとって重要な課題になっている。中国経済の台頭に対して、脅威論も一部登場しているが、昨今のアジア金融危機に示されたように、日本にとって近隣諸国の停滞と混乱よりも、その繁栄と安定のほうが自らの国益になることは言うまでもない。

2001年8月27日掲載

出所

本文は「通産ジャーナル」9月号に掲載した論文の一部を転載するものである。

2001年8月27日掲載