中国経済新論:実事求是

今なぜ円安なのか

関志雄
経済産業研究所 上席研究員

昨秋以降の円安傾向が続く中、世界中から日本政府の円ドルレート安定に対する能力と意思に疑問が高まっている。中国においても円安を巡って、色々な議論が交わされているが、その原因に限ってみると、次の4つの視点が典型的である。

第一に、円安は日本政府の「無能さ」を反映したものであり、経済ファンダメンタルズに沿ったものであるとする見解がある。日本政府・日銀自身は、「円安は日本の経済状況を反映したもの」であり、「円のレベルは正常だ」という発言を繰り返している(注1)。こうした立場からは、円安は、日本の金融システムの不安定化や構造改革の遅れ、不況の長期化、貿易黒字の減少、といった現象を反映していると受け止められる。

第二に、日本政府は円安を放任しており、国際的責任を果たさず、近隣窮乏化を招いているという、「無責任論」がある(注2)。現実には能力がありながら、日本政府はその責任を果たさず、円安によってアジア諸国に第二の通貨危機を懸念させるほどの放任主義に陥っている、というのが、これらの批判の根拠である。この背景には、日本経済のファンダメンタルズや金融システムは、国内で悲観されているほど深刻ではなく、むしろ製造業は依然世界の最先端の地位を保っており、金融システムも破綻を免れている、とする見方がある。むしろ、現在の日本の困難は、本来充分に責任をとれるはずの政府・日銀といった政策当局がその責任を果たしていないことに起因するものである、というのがこの主張である。実際、GDP規模や対外債権残高を見ると、日本は依然経済大国であり、最大の債権国という立場にある。特に、日本は4000億ドル以上にのぼる、世界最大の外貨準備高を誇っており、日銀は潜在的に為替市場のプレーヤーとして大きな影響力を行使しうる。しかし、昨年12月以降日本政府は、円安を防ぐ声明を発表していないばかりか、円の水準を容認するような発言を繰り返している。

第三に、円安は、日本にとって構造改革の痛みを和らげる時間を稼ぐ一方で、景気回復を図る短期的「戦術」であるという見解がある(注3)。この背景には、円安は、(1)日本製品の価格競争力向上を通じて輸出伸長に寄与する、(2)円安は輸入価格上昇を通じて生産コスト、ひいては消費者物価を引き上げるため、デフレ解消につながる、(3)円安は日本の海外債権が円換算で増加する、といった点が指摘されている。昨年末には、外債購入を通じた円安誘導策の検討が報道されたことも、こうした見解を支持しよう(注4)

第四に、円安は台頭する中国に対する牽制策である中長期的「戦略」であるという見方がある(注5)。具体的に、円安は中国のWTO体制加盟に合わせた動きであり、人民元の不安定化を通じて、外資の対中投資を抑制し、中国の国際競争力を弱めることが真の目的であるとされている。特に、ハイテク産業において、コスト削減のために日本のリーディング企業が生産拠点を中国へ移すことは、国内の空洞化につながるので、円安という禁じ手を使っても阻止しなければならない。

日本の国内では二番目の「無責任説」よりも一番目の「無能説」、四番目の「戦略説」より三番目の「戦術説」が主流のようだが、中国では、まったく逆である。中国人の認識は根本的に日本政府を信用していないことに由来しているであろう。だが、「無責任説」にせよ、「陰謀説」の色彩の強い「戦略説」にせよ、日本経済の現状と日本政府の政策策定能力を高く評価している前提に立っていることに、論者たちははたして気づいているであろうか。

2002年2月8日掲載

脚注
  1. ^ 例えば、2002年1月9日の福田官房長官の記者会見や、2001年12月18日の速水日銀総裁の記者会見、11月5日の須田日銀審議委員記者会見などを参照。
  2. ^ 例えば、2001年12月30日付の人民日報華南版の論評を参照。
  3. ^ (注2)及び、2001年12月29日付の人民日報に掲載された、李堅氏の評論参照。
  4. ^ 例えば、2001年12月6日の三木日銀審議委員記者会見、11月22日の中原日銀審議委員記者会見などを参照。
  5. ^ 2002年2月4日付の人民網日本語版の記事参照。
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2002年2月8日掲載