中国経済新論:中国の経済改革

市場化に向けた中国における農村土地改革
― 「農村土地請負法」と「土地管理法」の改定を中心に ―

関志雄
経済産業研究所

中国は、近年、生産年齢人口の減少と農村部における余剰労働力の枯渇や、高齢化に伴う貯蓄率の低下に制約され、成長率が大幅に低下している。その対応策として、政府は、「生産要素の投入量の拡大による成長から生産性の上昇による成長へ」という「経済発展パターンの転換」を図っている。それに向けて、イノベーションを促進することに加え、市場原理に基づいた生産要素の再配置を進めている。主要な生産要素の中で、労働力や資本に比べて、土地は、利用にかかわる規制が厳しいことから流動性が低く、市場による需給の調整機能が発揮できていない。特に、多くの農民が出稼ぎのために都市部に移住していることを受けて、都市部では土地不足により不動産価格が高騰している一方で、農村部では利用されずに放置された土地が荒廃しているという問題が深刻である。市場化による土地改革は、政府にとって急務となっている。実際、2020年4月10日に発表された「中共中央・国務院の一層完備した要素の市場化配置体制・メカニズムの構築に関する意見」では、市場化による生産要素の配置の改善において、土地は、労働力と資本よりも、重要な分野として位置付けられている。

中国政府は、市場化による土地の利用効率の向上を目指して、農業用地に関する権利を「所有権、請負権、経営権に分ける『三権分離』」と「農業用地の請負関係の安定維持」に加え、「農業用地の徴用の規範化」、「経営性建設用地の市場を通じた譲渡」、「住宅用地制度改革」の一括推進を中心に、農村土地改革を進めている。これらの改革に法的根拠を与えるために、「農村土地請負法」や、「土地地管理法」といった関連法律の改定が相次いでいる(注1)。

改革の必要性と市場化に向けた取り組み

社会主義を標榜している中国では、土地はすべて公有であり、私有財産として認められていない。土地の公有制は、都市部では国有だが、農村部では集団所有という形をとっている。ここでいう「集団」とは、農業生産合作社などの農村集団経済組織のことで、農民を代表して土地を所有している。1980年代以降、改革開放が進むにつれて、農村部の基本的生産方式は、それまでの「人民公社」から「家庭請負制」に変わった。「家庭請負制」の下では、農業用地の権利が「集団」に属する「所有権」と農家に属する「使用権」に当たる「請負経営権」に分けられた(「二権分離」)。都市部の土地の使用権は住宅用地が70年間、工業用地が50年間、商業用地が40年間になっているのに対して、農業用地の請負経営権は30年間と短くなっていた。

農村部では、農業用地のほか、農業以外に利用される「建設用地」も集団所有となっている。これは、経営性建設用地、公益性公共施設用地、住宅用地の三種類から成っている。経営性建設用地は、工場など、生産と経営のために使われる土地である。公益性公共施設用地は、住民が利用する各種の公共施設、例えば道路、学校などの関連用地を指す。住宅用地は、「一戸一宅」という原則に沿って、無償で農村集団経済組織から農民に提供される。

1980年代に導入された農村土地の集団所有を前提とする家庭請負制は、当初、農民の生産意欲を高め、農業における生産性の向上に大きく寄与した。しかし、工業化と都市化が進むにつれて、その問題点も顕在化してきた。

まず、農民が都市部への移住などにより農業戸籍を失えば、彼らの農業用地に対する権利は消滅し、極端な場合、何の補償も受けられなかった。その一方で、多くの農村の若者は都市部に出稼ぎに行っており、彼らが残した農業用地や住宅用地は処分できないまま、荒廃してしまっている。

また、都市部の土地ならば、一旦個人が購入すれば、市場価格で転売することができ、キャピタルゲインも期待できるのに対して、農業用地の場合、転売も、非農業用地への転換も認められないため、キャピタルゲインが期待できなかった。

さらに、「公共の利益」を理由に、政府が土地を徴用することが憲法や法律で認められているが、その際の補償条件は、都市部と比べて、農村部のほうがはるかに劣っていた。

そして、農業の生産性を高めるためには、所有権や請負経営権を、譲渡、賃貸などの形で第三者に利用してもらうこと(すなわち土地の流動化)を通じて土地を集約化し、大規模経営を行う必要があるが、各種の規制により、なかなか進まなかった。

これらの問題の解決を目指して、政府は、集団所有という原則を堅持しながら、①農業用地に関する権利を「所有権、請負権、経営権に分ける『三権分離』」と、②「農業用地の請負関係の安定維持」に加え、③「農業用地の徴用の規範化」、④「経営性建設用地の市場を通じた譲渡」、⑤「住宅用地制度改革」を中心に、農村土地改革を進めている(図表1)。これらの改革を法制化するために、従来の「農村土地請負法」が2018年12月に、「土地管理法」が2019年8月に改定され、それぞれ2019年1月1日と2020年1月1日に実施された。①と②の改革は主に新「農村土地請負法」に、また③、④、⑤の改革は主に新「土地管理法」に盛り込まれている。

図表1 農村土地改革の全体像
図表1 農村土地改革の全体像
(出所)各種資料より筆者作成

農業用地の「三権分離」に向けた改革

中国では、農業用地の権利を従来の「二権分離」から「三権分離」に改める改革が進められている。その狙いは、「集団」の所有権を堅持しながら、農家の請負権を安定させ、経営権の活性化を図ることを通じて、農業用地の流動化と規模の経済性を生かした経営の効率化を促すことである。

農業用地の「三権分離」改革のきっかけは、2013年7月に、習近平総書記が武漢農村総合財産権取引所を視察した際に、農業用地の所有権・請負権・経営権の三者関係をよく研究すべきだと指示したことである。続いて、2013年12月に行われた中央農村工作会議では、習近平総書記は、農業用地について、農家が請負権を持ち続けながら経営権を第三者に移転するという意向を尊重し、「請負経営権」を「請負権」と「経営権」に分離することを指示した。これを受けて、2015年10月の中国共産党第18期中央委員会第五回全体会議で、農業用地の所有権、請負権、経営権の分離方法を明確にしたことに続き、2016年に「農村土地の所有権、請負権と経営権の分離方法の完備に関する意見」が発表され、それにより、「三権分離」政策の具体的内容が明らかになった(図表2)。

図表2 農業用地の「二権分離」から「三権分離」へ
図表2 農業用地の「二権分離」から「三権分離」へ
(出所)中共中央弁公庁、国務院弁公庁、「農村土地の所有権、請負権と経営権の分離方法の完備に関する意見」(国務院公報、2016年第32号)、2016年10月30日より筆者作成

まず、「集団」の所有権を堅持する。所有権を持つ農村集団経済組織は、農業用地の請負に関する発注、調整、監督、回収などの権利や、土地徴用補償案に意見を申し出る権利、法に基づき、補償をもらう権利を有する。農業用地の請負権の移転は、同じ農村集団経済組織のメンバーに限られる。

次に、請負権を持つ農家は、農業用地の譲渡、交換、賃貸、現物出資などの方法で請負地を流動化させ、それによって利益を得ることできる。それに加え、請負地の経営権を担保に融資を受けることや、また自らの意思で請負った農業用地から有償で退出することも可能になる。

そして、経営権を持つ経営主体は、農業用地を占有し、耕作し、またその関連の利益を得る権利、そして賃貸継続の優先取得権を有する。その上、請負農家の許可を得ることを前提に、経営権を他の経営主体に移転することや、経営権を担保に融資を受けることができる。

2019年に実施された新「農村土地請負法」は、「二権分離」から「三権分離」への転換に法的根拠を与えている。それによると、「集団」から土地を請負う農家は、経営権を自分で行使することも、第三者に移転することもできる。

それまでの法律では、農家が都市部に定住する場合、農村部に残る農業用地の請負経営権を放棄しなければならなかったが、新「農村土地請負法」では、これを前提条件としないと改められた。農家は、家族全員が請負期間内に都市部に移住する場合、有償で土地の請負権を、所属している農村集団経済組織または同組織の他の農家に譲渡することも、請負権を持ち続けながら、経営権だけを他の経営主体に移転することもできると明確にされた。

また、耕地面積を一定の水準以上に保つために、新「農村土地請負法」では、農業用地は、経営権が第三者に移転されてからも、農業以外の用途に利用してはならず、非農業用地に転用する場合、厳しい審査を受けなければならないと定められている。

農業用地の請負関係の安定維持

農業用地の請負関係の長期安定に向けて、「二期目の土地請負契約の終了後にさらに30年延長させる」という方針は、2017年10月の中国共産党第19回全国代表大会における習近平総書記の報告で初めて提示され、その後、新「農村土地請負法」に盛り込まれた。土地の請負制は1980年代に始まった。第一期の請負期間は1983-1997年の15年間だった。満期を迎えた後、30年間延長され、第二期の請負期間は1997-2027年となった。二期目の満期が近づいているため、当局はさらに30年間を延長するのである。

それに加え、農業用地の請負関係の安定維持のためのもう一つの措置として、出生や死亡といった世帯の人口変動は既存の請負地の継続に影響しないという方針が、2019年11月26日に発表された「中共中央・国務院の土地請負関係の安定と長期不変の維持に関する意見」に示されている。具体的に、農家に子供が誕生した場合、請負土地が増やされることがなく、その一方で家族が死亡した場合、請負土地が減らされることもない。家族全員が死亡した場合のみ、請負土地は「集団」に返上されることになる。

農業用地の請負関係の安定維持に向けたこれらの取り組みは、請負権を持つ農家をはじめとする関係者にとって次のメリットがある。

まず、請負期間が長くなった分だけ、農家は自ら農地を利用し、または第三者に有償で利用してもらうことを通じて、より多くの収入を得ることができる。

また、土地の価値が上昇する。土地請負契約の残存年数が短いことは、土地の流動化の妨げとなっていた。しかし、請負契約が延長されると、回収期間の長いプロジェクトを行うことができるようになる。農業経営の収益性の向上を反映して、農業用地の価値も上昇するのである。

さらに、以前は土地の残存年数が少なかったため、農家が土地経営権を担保にローンを組んでも、融資額は少なかったが、請負期間が延長されるのに合わせて、土地の担保価値が上昇し、受けられる融資額は大きくなる。

そして、農家は安心して経営権を移転することができる。一方、経営権を取得する側も、賃貸期間が長くなることから、長期的な戦略を立てることができ、政策変更の心配もなく、大胆に事業展開ができるようになる。このことは、農村の産業発展と農村の活性化に役立つ。

新「土地管理法」に盛り込まれた三つの改革

農業用地の「三権分離」の実施と請負関係の安定維持に加え、今回の農村土地改革のもう一本の柱は、「農業用地の徴用の規範化」、「経営性建設用地の市場を通じた譲渡」、「住宅用地制度改革」の一括推進である。2013年11月の中国共産党第18期中央委員会第三回全体会議は、①土地徴用の範囲を縮小させ、土地徴用の手続きを規範化し、土地が徴用された農民の合理的、規範的、多様な保障メカニズムを確立する、②都市部と農村部の統一された建設用地市場を確立し、計画や用途規制に適合することを前提に、農村の経営性建設用地の譲渡、賃貸、現物出資を認め、国有土地と同じように市場を通じて譲渡ができ、同一権利・同一価格の制度を採る、③農家の住宅用地の権利を守りながら,農村住宅用地制度を改革するなどを提案した。これを受けて、2014年に「農村土地の徴用、経営性建設用地の市場を通じた譲渡、住宅用地制度改革のパイロット・テストの実施に関する意見」が発表され、2015年から33の地域においてパイロット・テストが展開された。その結果を踏まえて、次のような変更を中心に、「土地管理法」が改訂された。

1)農業用地の徴用制度の規範化

工業化、都市化が進むにつれて、土地徴用規模が大きくなることによって、それを巡る社会的矛盾が顕著になりつつある。パイロット・テスト地域では、土地徴用範囲の縮小、徴用プロセスの規範化、多様な保障メカニズムの整備に向けた多くの政策が模索された。その結果を踏まえて実施された重要な改革が、新「土地管理法」に盛り込まれている。

まず、土地徴用の公的利益範囲について明確なルールを定めた。憲法によると、国家は公的利益のために、一定の補償を与えた上、土地を徴用することができる。しかし、旧「土地管理法」には土地徴用の「公共利益」の範囲について明確な定義はなかった。しかも、経営性建設用地が直接市場を通じて譲渡できなかたゆえに、土地徴用は各建設用地を確保するための唯一の方法となった。徴用の規模も大きく、徴用された農民の合法的権益も生計も保障されないことは、社会の不安定要因にもなっていた。新「土地管理法」は、初めて土地徴用の「公共利益」の範囲を、軍事、外交、インフラ、公共事業、貧困扶助による移転や低所得者向け住宅建設、大型開発建設など六つの分野と明示した。これにより、土地徴用範囲の拡大と政府による徴用権の乱用に対して、一定の歯止めがかかると期待される。

また、旧「土地管理法」では徴用された土地の元の用途を基準に補償額が算出されたため、金額が低かったが、新「土地管理法」では、「徴用された農民の生活水準は低下してはならない、生計も確保される」という新しい方針が法律として明文化された。しかも、補償額の算出に当たり、従来から支払われていた補償費、代替地確保の補助、地上附着物と青苗の補償費に加え、農民の住宅補償費と土地が徴用される農民が負担する社会保障費も補償の対象となる。

さらに、土地徴用の告知のタイミングは、当局による承認後から承認前に変更された。土地が徴用される農村集団経済組織のメンバーの多くが提案された保障条件に異議がある場合、聴聞会が開かれ、修正が行われるなど、農民が土地徴用プロセスに関する情報を知る権利、参与権と監督権が確保される。土地徴用が承認される前に、当局は土地が徴用される予定のすべての所有権者、利用権者と補償と代替地の確保などについて契約を交わさなければならない。

2)経営性建設用地の市場を通じた譲渡

従来の「土地管理法」では、農村集団経済組織以外の企業や個人が直接に経営性建設用地を取得しようとする場合、まず政府による徴用という手続きを踏んで、それを国有土地に切り替えなければならなかった。それゆえに、経営性建設用地の流動性が低く、有効に利用されていない。

新「土地管理法」では、旧法第43条「如何なる組織・企業または個人が建設のために利用する土地は国有地を利用しなければならない」という文言が削除され、「経営性建設用地はルールに従い、法的登録を行い、所有者である農村集団経済組織の2/3以上のメンバーまた村民の賛成を得たうえで、譲渡、賃貸などの方法で農村集団経済組織以外の組織・企業・個人に利用してもらえる」ように改められた。そして、経営性建設用地を取得した企業や個人は、それを、経営活動のために使うことに加え、転売したり、他の土地と交換したり、金融機関融資の担保として生かしたりすることもできる。

3)住宅用地制度改革

長い間、住宅用地に関して、「一戸一宅」、無償配分、統一した面積基準、譲渡不可などの原則が法律で定められていた。しかし、農民の都市部への移住が進むにつれて、このような硬直した制度の下で、大量の農村住宅用地が空き家になるなど、無駄が顕著になってきた。パイロット・テストを行った地域では、農民が自ら住宅用地を有償で譲渡し、第三者に利用してもらう模索が行われた。新「土地管理法」では、農民の利益を保護する一環として、都市部に移住する農民が自らの意思で住宅用地を有償で譲渡することを認めると明示されている。

まだ法律に反映される段階には至っていないが、農業用地の「三権分離」に向けた改革をモデルに、2018年1月の「中共中央・国務院の農村振興戦略の実施に関する意見」には、住宅用地の所有権、資格権、使用権の「三権分離」を模索しながら、住宅用地の集団所有権を確実なものにし、農家の住宅用地の資格権と家屋財産権を保障し、住宅用地と農民家屋の使用権を適度に活性化するという方針が提示されている。その実施により、農村における住宅用地の流動化への道が開かれるようになると期待される。

未完の農村土地改革

進行中の一連の農村部の土地を巡る改革は、市場化への一歩として評価できる。土地の流動性が高まった結果、各種の荒廃した土地が再び利用され、大規模な農業経営が可能になるなど、土地の生産性が向上すると予想される。これによって生まれる付加価値は、主に農民の収入となる。このことは、都市部と農村部の間の所得格差を縮めるだけでなく、消費の拡大にもつながるだろう。

しかし、新「農村土地請負法」と新「土地管理法」が実施されてからも、土地の有効利用を制約する制度上の要因が依然として多く残っている。特に、都市部と農村部の土地市場が分断されたままでは、両地域における需給のインバランスが解消されないだろう。その上、公有制の堅持と耕地の最低限の面積の維持という政府の基本方針も、土地の流動化、ひいては集約化の妨げになっている。これらの問題を解決するために、土地制度の抜本的改革が求められる。

脚注
  1. ^ 「農村土地」は、本文において、「農村部における全ての土地」という広い意味で使われているが、中国の法律など、公式文書の場合、「農業用地」という狭い意味で用いられるのが一般的である。実際、「農村土地請負法」でいう「農村土地」は、「農業用地」のみを対象としている。
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2020年4月17日掲載