中国経済新論:中国の経済改革

マクロ不均衡をもたらしている生産要素価格の歪み

茅于軾
天則経済研究所理事長

価格シグナルは経済活動を誘導する。歪んだ価格は、歪んだ経済構造や対応しにくい様々な不均衡をもたらし、不適切な政策とともに、急いでこれらを是正しなければ、経済の大きな動揺、場合によっては危機を免れ得ない。逆に言えば、価格の歪みと経済の諸関係を正すことができれば、現在の多くの問題を解決することができる。

現在のマクロ経済の問題点は、過度な投資によってもたらされたGDPの成長、消費の伸び率の低下、貿易黒字による外貨準備の過剰、雇用圧力の増大、貧富格差の拡大、物価上昇、不動産価格の急騰、株式市場のバブルである。これらの問題にはそれぞれの背景があるものの、一部の基礎価格シグナルの歪みに由来するという点では共通しており、また国の政策規定とも関連する。

中国の銀行金利は世界的に見ても最低水準にある。預金金利はインフレ率より低く、預金者が得る実質金利はマイナスとなっている。貸出の実質金利は2~3%にとどまっているが、一般の企業はこれほど低い貸出金利を享受することができず、効率が非常に悪い国家プロジェクトと巨大な独占企業だけがそれを占有している。資金コストが低いため、投資家は資金集約的プロジェクトを選択する。しかし、このようなプロジェクトはそれほど労働力を必要としない場合が多く、雇用の創出にあまり役に立たない。大型水力発電所への投資額は数十億元にのぼるが、雇用する人数はせいぜい千人にとどまる。一本の地下鉄路線を建設するのにキロ当たり億元単位の投資が行われるが、100人か200人の雇用しか生み出さない。億元単位の航空機1機で解決できる雇用は千人未満である。これらのプロジェクトでは、従業員一人を雇用するのに百万元以上の資金がかかる。高速鉄道、原子力発電所、高速道路などのプロジェクトもほぼ同じである。これらに対し、必要な投資額が少なく、数千元で一人の雇用を創出できるサービス業の発展が遅れている。

海外の例を見ると、雇用の伸び率はGDP成長率とほぼ同じである。ブラジルの場合、1992~2006年の年平均GDP成長率は雇用の伸び率と同じ3%であった。同時期の中国では、GDP成長率は10%に達したのに対し、雇用の伸び率は僅か1%にとどまった。中国では、雇用は特に重要な政策目標にすべきである。雇用は中国社会にとって大きな問題である貧富の差を緩和し、社会の軋轢を軽減し、犯罪率を低下させることができるからである。しかし、現在中国では、巨額な資金を必要とする大型プロジェクトばかりが進められ、雇用の問題が無視されている。むろん、この傾向は、低金利だけが原因ではなく、役人たちが業績を上げようとすることとも関係する。大型プロジェクトは豪華絢爛で業績のアピールが容易である。しかし、雇用の増加は一般の貧困家庭が恩恵を受けるだけで、派手に見せ付けることができない。

実質金利の低下は、国民の資産収益を損なう。90年代に、国民の資産収益はGDPの6%以上を占めていたが、現在は2%未満に低下している。その結果、国民は貯蓄の手段として銀行を選択せず、資金が銀行から株式市場と不動産市場にシフトするようになった。これは90年代から2005年までには見られなかった現象である。90年代には毎年、銀行預金の伸び率が当年のGDP成長率を上回り、倍以上の伸び率に達する年も数年あった。しかし今は増えるどころか減少している。これは注意すべき状況であり、リスクが潜んでいる可能性がある。行き過ぎた低金利はマクロ経済に対し悪影響を与えている。

GDPの需要項目別構成をみると、個人消費の割合は低下の一途をたどり、現在40%を下回っている。この数字は、イギリス、米国、ドイツ、フランス、イタリア、日本、オーストラリア、インド、カナダ、韓国、中国の11カ国の中で最も低い。一方、税収の急増を背景に、GDPに占める政府支出の割合は上昇し続けており、1994年の2倍の水準に達している。しかし、国民の受ける公共サービスは倍増せず、政府自身の消費に使われている。その反面個人消費は伸び悩んでいる。さらに、税収は増加を続けている。近年、企業収益も急増しているが、これは、独占的地位にある国有企業の利益が増えたことに加え、赤字の国有企業の多くがすでに売却されたためである。国有企業の利益の増加分は財政部に上納されず、内部で使われる。このような企業は「全人民所有」の企業と言えず、国有企業自身が所有する企業に変わってしまった。最近、独占的地位にある国有企業が上場し、その独占的利益に惹かれた投資家から多くの資金を調達したが、これは一層の歪みをもたらした。本来、全人民に属するべき利益が一部の投資家の手に渡ってしまうことは果たして合理的な富の分配なのか。これらの企業は独占の地位を失えば、利益はたちまち減少し、投資家も損失を被るだろう。税収の増加と国有企業の利益留保は、度を越した政府権力の表れで、国民が期待する政治改革に反するものである。

為替レートも一種の価格である。人民元レートが低すぎることは、1997年以降ずっと続いてきた問題である。当時、年間の貿易黒字はすでに400億ドルに達していた。2005年には1000億ドルを超え、2006年は1700億ドルになった。人民元レートが1997年から徐々に上昇していれば、今日のような苦境に陥ることはなかったろう。安価の人民元レートを無理に維持し、ドルを買うため大量に人民元を売ることは、今日のインフレの種となった。さらに、為替レートの歪みは、多くの貿易紛争を引き起こし、貿易相手国を害した。現在の人民元レートは中国自身にとっても相手国にとっても損である。果敢に調整せず、徐々に調整するという方法によって経済への打撃を避ける(あるいはインパクトを与えるタイミングを遅らせただけかもしれない)ことができたが、一方でより多くのホットマネーを中国に惹きつけてしまった。その結果、中国国内の過剰流動性問題が深刻となり、株式市場と不動産市場では価格が急騰し、バブルの様相を呈している。

2007年に国務院は、省エネ・汚染物質排出削減に政策として取り組むことを決めた。しかし一方で、エネルギー価格の引き上げには消極的で、汚染物質排出課徴金の徴収も厳しく行っていない。企業に対する排出課徴金の引き上げに関しては言うまでもない。エネルギーと環境の価格が低いことが粗放的経済の特徴である。国務院は、価格の変更ではなく、行政の力で省エネ・汚染物質の排出削減を図っているため、行政の力と市場の力が対抗する状況を作り出した。地方政府は、省エネ・汚染物質排出削減に対処する術がないため、上層部を騙さざるを得ない。政府と国民は、価格による資源配分の法則を受け入れるべきである。価格が動かなければ、資源配分も行われない。価格は低ければ良いということではなく、適正な価格でなければならない。適正な価格は、より多くの富の創出に役立つ。価格を意図的に低く抑えることは、国にとっても国民にとっても良策ではない。

経済運営には強力な指導者が必要である。優柔不断は情勢をコントロール不能な状態に追い込む。為替レートの調整はひとつの例で、すでに最良の時機を逸してしまった。中国の政策決定メカニズムの問題は、過度に集中しすぎているという点である。すべての重要な決定は指導部の認可をもらわなければならない。しかし指導部は経済専門家ではないため、、自ら判断ができず、結局、問題を先送りしてしまう。権力と知識の乖離による政策決断の遅れという状況を変えなければ、早晩、経済に大きな問題が発生するだろう。

2008年2月12日掲載

出所

天則経済研究所
※和訳の掲載にあたり著者の許可を頂いている。

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2008年2月12日掲載