中国経済新論:中国の経済改革

急がれる市場経済化のための法整備
― 高まる企業破産法、独占禁止法、物権法への期待 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

市場メカニズムは、見えざる手とたとえられるが、市場経済は、決して無秩序ではなく、「法治」を前提としている。市場経済への移行を目指している中国においても、法律の整備が進んでいる。今年の1月に実施した新しい「会社法」と「証券法」に続いて、8月に「企業破産法」が成立し、「独占禁止法」と「物権法」の審議も大詰めを迎えている。

企業の退場のルールを決める「企業破産法」

「企業破産法」は、企業破産と清算の手続きを決め、その際の従業員や債権者など関係者の権利を明確化するものである。中国では、今年8月に成立した「企業破産法」が来年6月1日に実施されると同時に、従来の「企業破産法(試行)」が廃止されることになる。

法律の対象範囲は、「試行」が国有企業に限られているのに対して、「企業破産法」では、それに加え、私営企業、外資企業、上場企業を含む株式会社、さらには、金融機関を含むすべての企業法人に及ぶ。「破産法」が金融機関にも適用されることにより、今後、閉鎖を含めて、債務超過に陥っている銀行や証券会社、保険会社の整理も進むものと見られる。また、企業活動のグローバル化を考慮して、国際条約に基づき、「破産法」の拘束力は負債者の海外での資産にも及ぶ一方で、国外の裁判所による破産に関する裁決に対しては、中国の裁判所がそれを承認し、実行することになっている。

「企業破産法」の実施により、国有企業が市場から退場を余儀なくされる際、特別扱いをしなくなる。これまで、東北地域の振興や、西部地域の産業調整、軍事産業の民用産業への転換、資源が枯渇した炭鉱の閉鎖など、国家の政策調整により一部債務超過に陥っている国有企業の倒産に当たっては、政府による労働者の再就職や、銀行債務の減免といった手厚い援助を受けてきた。しかし、2008年までに、すでに認定された2000社あまりを最後に、このような「政策性閉鎖」は終了し、それ以降はすべての企業が「破産法」の規定に従わなければならない(注1)。これにより、国有企業にも優勝劣敗という市場競争のルールが適用されるようになる。

「企業破産法」には、破産手続だけでなく、企業更生の手続きに関する規定も含まれている。ここで言う破産手続とは、経済的に破たんした企業等の財産をすべて換価し、債権者に配当等を行う清算型の手続である。これに対して、企業更生手続は、経済的苦境にある企業等について債務の減免等を行うことにより、その経済的な立ち直りを図る再建型の手続である。このように、中国の「破産法」は日本の「会社更生法」の役割をも兼ねている。

「企業破産法」では、破産財産の配分は、(1)破産費用、(2)従業員の未払賃金及び、労働保険料、(3)滞納された税金、(4)破産債権という優先順位で分配される。また、日本をはじめとする諸外国と同じように、銀行など、担保を有している債権者は、破産手続きと関係なく担保物件を競売し、優先的に債権を回収できるようになった。

競争的市場環境を目指す「独占禁止法」

「独占禁止法」は、市場競争を保護し、独占行為を抑制するもので、市場の正常な秩序を維持するための重要な法的制度である。中国では独占禁止に関する法律規定は、主に「価格法」や「不正競争禁止法」などに定められているが、市場経済化と対外開放が進むにつれて、新しい環境に適応できなくなっていることから、系統的、かつ全面的な「独占禁止法」の制定が求められるようになった。これに応える形で、「独占禁止法」の草案が今年の6月に開催された第十期全国人民代表大会第二十二次常務委員会に提出され、早ければ来年の春にも成立する見通しである。

「独占禁止法」の草案では、(1)競争関係にある企業の間の価格維持のためのカルテルや、入札を巡る談合など、独占につながる協定、(2)価格差別や、取引の拒否または強制など、市場における優位的地位の濫用、(3)特定の分野における競争を実質的に制限することにつながる大型の企業間のM&Aが禁じられている(注2)。

また、中国の独自の事情を考慮して、「独占禁止法」の草案は、行政レベルでの独占行為にも対応するものとなっている。行政の権力を乱用し、競争を排除・制限するものとして、(1)ある商品を特定の企業からの購入しか認めないこと、(2)商品の地域間の自由な流通と競争を阻害すること、(3)基準や、情報制限をもって他の地域の企業を現地の入札から排除すること、(4)他の地域の企業に対して、差別待遇をもって現地での投資や出店を制限すること、(5)企業に「独占禁止法」で禁じられる行為を強要すること、(6)競争を排除し、制限する規定を設けることが、禁じられることになる。これにより、地方政府の保護主義政策による国内市場分断の問題が克服されることが期待される。

現在、中国の独占型企業は、国有企業と外資企業に集中している。審議の過程において、「独占禁止法」の取り締まりの重点を、どちらに置くべきかについては、意見が分かれているが、双方に対して同じ扱いをするという線で決着しそうである。

所有権の保護を強化するための「物権法」

「物権法」は、国民の財産権を保護する重要な法律である。2004年の憲法改定では、すでに、「公民の合法的な私有財産は侵害されることはない」という大原則が明記されるようになったが、「物権法」の制定は、その具体化に向けた大きな一歩である。

中国における「物権法」の草案の審議は、2002年12月から始まった。2005年に「社会主義の中国においてなぜ、私有財産の保護のための法律が必要なのか」という一部の批判を受けて一時中止していたが、今年の8月に開催された第十期全国人民代表大会第二十三次常務委員会における5回目の審議では、国有財産と同じように、集団所有の財産も、私有財産も、同様に保護されるという原則が確認された上、来年3月の全国人民代表大会で成立する見通しである。「草案」は全般にわたって動産と不動産を対象とするが、国民の生活が直接かかわっている農家の土地徴用や都市部における土地の使用権の期限延長と住宅立ち退きなどの規定が焦点となっている。

社会主義を標榜する中国では、都市部の土地は国有、農地は「集団所有」となっており、土地の私有を認めていない。これまでの法律では、都市部の宅地に関しては、土地を購入しても、70年間の「使用権」(借地権)しか認められていない。期限満了の扱いに関しては、明確な規定がなく、土地を国に返さなければならないと解釈される。「物権法」の草案では、宅地に関しては、期限満了とともに、契約が自動的に継続され、国務院の規定に従い、延長の年数や、土地使用料が決められることになっている。

また、「物権法」の草案では、近年トラブルが頻発している土地の徴用に関しても、住民に対する保障が強化されることになっている。具体的には、徴用の対象が農地の場合は農民の生活を保障し、宅地の場合は住民の居住条件を保障するという条項が盛り込まれている。

一方、「物権法」の草案では、国有財産に対する保護も強化されている。国有企業の幹部だけでなく、監督当局者が、立場を悪用して国有資産を私物化するような不正行為も懲罰の対象となるとされている。

投資環境の改善に寄与する法整備

中国はWTOに加盟してから、改革開放が一層進んできたが、市場経済を支えるための一部の法律の整備の遅れなどがネックになり、いまだ日本や、アメリカ、EUなど、先進国と貿易する際、「市場経済国」として認められていない。中国は「非市場経済国」であるゆえに、貿易相手国が、中国製品に対して、アンチダンピング措置を採る際、追徴税率を計算する基準として、中国自身の生産コストの代わりに、第三国の生産コストが適用されるため、より高い税率が課せられることになる。中国が法律を整備することを通じて「市場経済国」の地位を獲得すれば、中国企業のみならず、直接投資や委託加工などを通じて中国を輸出の生産基地として活かしている多くの多国籍企業もその恩恵を受けることになろう。また、これらの法律の実施により、所有権への保護が強化され、公平な競争が行われるようになれば、外国企業にとって中国の投資環境も一層改善されることになる。

2006年9月22日掲載

脚注
  1. ^ 今年一月に発表された「国有企業の政策性閉鎖と破産の進め方に関する意見の通達」では、今後三年間、2116社の国有企業(従業員351万、国有の金融機関に対する負債は2271.6億元)がその対象となる。
  2. ^ 「草案」では、大型のM&Aに対する事前申告・審査制度が導入されることになっており、参加するすべての企業のグローバル売り上げ規模が年間120億元以上、また個別の企業の中国での売り上げ規模が年間8億元以上のM&Aの案件について、申告義務が課せられている。
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2006年9月22日掲載