中国経済新論:実事求是

民営企業家のための憲法改正
― なお解消されない経済基礎と上部構造の矛盾 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

3月14日に閉幕された第10期全人代第2回会議(全人代)において、1982年に採択された現憲法の四回目の改正が行われた。前三回(1988年、1993年、1999年)と同様、今回の改正においても、民営経済の促進と私有財産の保護など直接経済活動にかかわるものについては進展が見られたが、その一方で政治面を含む改革のビジョンが依然として提示されていないままである。

今回の憲法改正では、まず、非公有制経済に対する差別の撤廃、特に民営企業(家)の社会的地位の向上が図られた。従来の憲法では、非公有制経済は政府によって誘導、監督と管理を行わなければならない対象であったが、今回は国が非公有制経済の発展を奨励し、サポートし、誘導し、法によって監督、管理を行うことに改めた。さらに、民営企業家、個人の私営企業主を新たに「社会主義事業の建設者」として認め、これまで彼らに対する社会の偏見を根本から改める。これまで、非公有制経済は融資、租税、輸出入などの面ではいずれも一定の制限を受けてきただけに、今回の改正は、非公有制経済の発展に大きく寄与するだろう。

また、今回の憲法改正で公民の合法的財産の保護が強化された。具体的には、「公民の合法的な私有財産は侵害されることはない」、「国が法律の規定によって公民の私有財産権と相続権を保護する」、「国が公共利益の必要から、法律の規定に照らして公民の私有財産に対し徴収または徴用を実行するとともに、補償を与えることができる」といった文言が盛り込まれた。従来の憲法では生産手段や生活手段としての資産の保護については、公民の生活手段としての所有権に重点を置き、生産手段の保護はあまり明確にされていなかった。このため、一部の個人投資家は自分の財産が十分に保障されないことを懸念し、投資や事業拡大を避けたり、収益が上がったところで撤退したり、得られた資金はすぐに使ったりする例が相次ぎ、中には資金の一部を国外に避難させる投資家もいる。これを防ぐために、今回の改正では、私有財産の保護範囲が拡大され、生活手段以外のほか、生産手段や労働所得以外の合法的な収入も含まれるようになった。また、保護すべき対象は「所有権」の代わりに、占有権、使用権、収益権をも含む「財産権」に改められた。

さらに、今回の憲法改正では、江沢民前国家主席が提唱した「『三つの代表』という重要思想」がマルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論と並ぶ国家指導指針と位置付けられるようになった。これにより、中国共産党が無産階級を代表する階級政党から、「先進的生産力の発展要求」、「先進的文化の前進方向」、「最も広範な人民の根本利益」を代表するものに正式に軌道修正されることになった。「三つの代表論」が理論の根拠となり、「先進生産力を代表する」民営企業家(すなわち、資本家)の共産党への入党がすでに認められている。

このように、「三つの代表論」は、鄧小平理論以上に、階級闘争を標榜する「マルクス・レーニン主義、毛沢東思想」を否定するものであり、これらを同時に両立させつつ中国の発展を指導することはとうてい無理である。その上、改正後の憲法においても、共産党の一党独裁という地位については何ら変わりがなく、選挙や政党間の競争といった民主主義の要素が排除されたままである。しかし、政治改革は中国にとってもはや避けて通れない道である。マルクスの学説に従えば、中国における経済という下部構造の変化はやがて政治という上部構造の変化をもたらすに違いない。それに伴って、現行憲法の改正に留まらずに、新たな憲法の制定が必要となってくるだろう。

2004年3月15日掲載

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