中国経済新論:中国の産業と企業

国有企業は誰のものか
― コーポレート・ガバナンスを確立させるために ―

関志雄
経済産業研究所

最近、中国の大型国有企業の好業績や国際地位の上昇といった「朗報」が相次いでいるが、これに対して、中国国内のマスコミや世論の反応は冷ややかである。中でも、大型国有企業がその独占的地位を悪用して得た巨利が、本来の所有者である国民に還元されることなく、企業の経営者と従業員といったインサイダーに「山分けされる」ことに対して批判が高まっている。二年前に国有企業改革を巡って大論争が起きた際は、民営化に伴う国有資産の流出が焦点になり、民営化反対論が終始優勢であったが、これに対して、今回は、民営化が行われなくても国有財産が侵食されていることに象徴されるように、国有企業におけるコーポレート・ガバナンスの欠如が問題視されている。これらの問題を解決するために、競争的かつ公平な市場環境の整備と民営化を軸に大型国有企業の更なる改革を急がなければならない。

巨大化する中国の国有企業

7月に国有資産監督管理委員会が発表した『2005年度中央企業財務統計年報』によると、中央政府が管轄する169社の国有企業の年間利潤は前年比27.9%増の6276.5億元に達した。しかし、これは、一部の企業に集中しており、100億元以上の利潤を上げている12社だけで、全体の78.8%を占めている(図1)。中でもエネルギー価格の上昇の恩恵を受けた石油三社(中国石油天然気、中国石油化工、中国海洋石油)と神華集団(石炭)が、好業績を上げている。国有資産監督管理委員会と国家統計局の統計に示されるように、大型国有企業の好調は2006年に入ってからも続いている。

また、7月に米経済誌『フォーチュン』による2006年度「世界企業500社」(2005年の売り上げ規模による番付)が発表されたが、19社の中国企業(香港と台湾を除く)がそれにランクインし、そのすべては国有企業である(表1)。新たにランク入りを果たした中国鉄路工程総公司(441位)、上海汽車(475位)、中国鉄道建築総公司(485位)、中国建築工程総公司(486位)に加え、上位の中国石油化工(23位、昨年31位)、国家電網(32位、昨年は40位)と中国石油天然気(39位、昨年は46位)や、四大国有商業銀行(中国工商銀行は昨年の229位から199位に、中国銀行は399位から255位に、中国建設銀行は315位から277位に、中国農業銀行は397位から377位に)なども、大きく順位を上げた。

図1 最も高い利潤を上げた中央管轄国有企業の上位12社(2005年)
図1 最も高い利潤を上げた中央管轄国有企業の上位12社(2005年)
(注)税引前、( )内は前年比増加率。
(出所)国有資産監督管理委員会『2005年度中央企業財務統計年報』
表1 フォーチュンの「世界企業500社」にランクインしている中国企業(2006年)
表1 フォーチュンの「世界企業500社」にランクインしている中国企業(2006年)
(注)金融機関の場合、売り上げは営業収益を指す
(出所)Global 500 『FORTUNE』July 24, 2006

巨利をもたらした国有と独占による特権

これらの巨大企業は、いずれも参入障壁の高い業種に属しており、その好業績は経営者と従業員の努力と能力よりも、独占力と政府の優遇策によるものであるという認識が広がっている。

まず、独占力の強いこれらの企業は、商品価格を支配することができる。計画経済の時代には、国有企業は自らの意思で生産量と価格を決めることも、利潤を配分することもできなかったが、市場経済化が進むにつれて、利潤を極大化するように、生産量と価格を決めるようになった。これは、資源価格の急騰とともに、一部の国有企業に業績改善をもたらしている。

第二に、国有企業は低コストで資源を手に入れることができる。その一例として、諸外国と比べて、鉱物資源の採掘に課せられる資源税が非常に低いことが挙げられる。

第三に、国有企業に対して政府が安易に財政補助金を与えている。例えば、中国石油化工は、2005年に巨額の利益を上げたのにもかかわらず、原材料である原油の価格上昇を理由に中央財政から合計100億元の補助金を手に入れ、世論に厳しく批判されている。また、これまで、国有銀行(その融資先の大半は国有企業)の不良債権の処理のために、すでに数兆元に上る公的資金が投入されたことも忘れてはならない。

最後に、国有企業は、税引き後の利潤を所有者である「国」に配当金として還元することはほとんどなく、実質上国から無償で資金の供与を受けるため、資本コストの面において、非国有企業より有利な立場にある。計画経済体制において、国有企業の生産資金は国家財政によって賄われた代わりに、すべての利潤を上納しなければならなかった。しかし、改革開放に転換してから、「放権譲利」(個々の企業の経営権と利潤留保の拡大)、「利改税」(利潤上納を税金納付に改めること)、そして、1994年の「分税制の財政管理体制を実行することに関する国務院の決定」の実施によって、国有企業は法人税や企業所得税などの税金を納めれば、利潤を上納しなくて済むようになった。確かに、多くの大型国有企業が株式市場で上場しており、国有株主と非国有株主に配当金を払っているが、そのほとんどの場合において、「国有株主」は親会社に当たる企業集団であり、政府を代表して国有企業の株主の役割を果たすはずの国有資産監督管理委員会ではない。そのため、国有企業の利潤は政府の財源として予算に組まれることがない。

国有と独占によってもたらされた弊害

このように大型国有企業は大きな利益を上げているが、その所有者である国民はその恩恵をほとんど受けていない。

まず、独占は消費者利益を損なってしまう。国有企業の「巨利」は、財またはサービスを購入する消費者(家計や他の企業)に対する「搾取」の結果に他ならない。特に、資源といった川上にある独占の色合いが強い国有企業の産出価格の上昇は、川下にある多くの企業に生産コストの上昇をもたらしている。実際、独占的地位にある国有企業の高収益とは対照的に、他の企業の業績はむしろ悪化している。

第二に、独占企業の存在は、競争原理の導入や市場のさらなる開放の妨げになってしまう。独占企業は自らの利益を維持するために、行政当局に圧力をかけ、市場参入の壁を高くしがちである。それによって、競争原理の導入や市場のさらなる開放が困難になってしまう。たとえば、中国における「独占禁止法」は、その立法過程において独占企業の抵抗に遭い、草案チームが1994年に設立されてから12年の歳月が経っているにもかわわらず、まだ成立に至っていない。

第三に、独占企業の存在は社会の公平を損なう。実際、エネルギー、情報通信および交通関連の独占企業においては、利潤と比例して、従業員の平均所得が高く、福利厚生も充実している。前述の国有資産監督管理委員会の統計年報の数字に基づいて計算すると、最も多くの利潤を上げた12社の平均賃金は、国有企業の全国平均の3~4倍にも上ると報道されている。

最後に、独占企業は容易に利益を上げられるがゆえに、効率を向上させるインセンティブが働かず、国際市場において競争力が欠如したままである。実際、中国が世界の工場と呼ばれるようになったにもかかわらず、その担い手は、あくまでも外資企業であり、「世界企業500社」にランクインしている国有企業は、輸出にはほとんど貢献していない。また、国に還元されず内部留保となった国有企業の利潤の大半は再投資されることになるが、残念ながらこのような投資は、必ずしも企業価値の向上のために有効に行われていない。最近急増している中国の国有企業による海外でのM&Aも例外ではない。

コーポレート・ガバナンスの前提となる公平かつ競争的市場環境

このような弊害を除去するためには、独占企業をはじめとする国有企業におけるコーポレート・ガバナンスの確立が欠かせない。

コーポレート・ガバナンスにかかわる問題は、所有と経営が分離している企業において、代理人となる企業経営者と委託者である所有者との間の利害衝突と情報の非対称性に由来している。企業経営者は、所有者と異なる目標を有している。利益が所有者に帰属する一方で、その利益を獲得するために努力しなければならないのは経営者である。そのため、監督システムが健全でない限り、経営者は所有者の利益より、自らの利益を追求しようとする。しかし、所有者よりも経営者が企業の経営状態を正確に把握できる立場にあるという、情報の非対称性が経営者の監督を難しくしている。

北京大学の林毅夫教授が主張しているように、このような情報の非対称性を乗り越え、コーポレート・ガバナンスを確立するためには、公平かつ競争的市場環境が欠かせない。公平かつ競争的市場環境の下では、各企業の利潤は全体(または業界の)平均水準に収斂する力が働く。そして、個別企業の実際の利潤水準を企業同士の平均と比較してみることで、それぞれの経営状況、ひいては経営者の能力と努力の情報を得ることができる。このため、利潤率は企業経営を考察し監督するための有効な情報になる。これに基づいて、経営管理者の経営実績によって選抜と賞罰を行い、経営者と所有者との利益に衝突を解消することができる。

これに対して、独占企業では、利潤率が企業の経営状況を反映しておらず、企業経営を監督するためには、より細かい情報が必要となるため、その分だけコストが高くなる。コーポレート・ガバナンスを確立するために、競争的かつ公平な市場環境の整備に向けて、国有企業による独占体制を打破しなければならない。中でも、「独占禁止法」の成立を加速させることに加え、国有企業の利潤を配当金というかたちで国の予算に組み込まれることや、石油など天然資源の採掘を対象とする資源税を大幅に引き上げることなどが、緊急課題となっている。

民営化も視野に

発達した資本主義経済においても、企業の所有と経営の分離によって、所有者の利益が経営者に侵害される恐れがあるが、この問題は、「所有者の不在」に象徴されるように、所有権が曖昧である中国の国有企業において、特に深刻である。確かに、最終的所有者である13億の国民の一人一人がすべての国有企業に対して13億分の1の所有権を持っているが、彼らは、数十万単位に上る国有企業を自ら監督する能力もインセンティブも持っていない。またそのような意欲を持っていたとしても株主総会に出席できるわけではない。そのため、国民は国有企業の株主の権利を、代理人としての政府機関に委託しなければならないが、政府が国有資産を経営する目的は利潤最大化の他に、雇用の創出、社会の安定、機会の平等などさまざまなものがある。また、政策を策定し、実施する政府の役人は、国民や国の利益より、常に自らの利益を優先する。

結局、誰が監督者を監督するかという問題が残る。この問題の解決は選挙や議会といった民主主義制度が整っている先進諸国においても難しいが、国民の監督が届きにくい一党独裁という政治体制を採る中国ではなおさらである。このように国有であることが企業経営の問題点の根源であるため、民営化を行わない限り、コーポレート・ガバナンスの確立は不可能であるといえよう。

こうした認識に立って、中国政府は1990年代半ば頃から、「抓大放小」(大をつかまえ小を放す)と、「国有経済の戦略的再編」という名のもとで、国有企業の民営化を進めてきた(BOX)。「抓大放小」では、民営化の対象を中小の国有企業にとどめたが、「国有経済の戦略的再編」では、公共財の提供など一部の業種に限って国の所有を維持し、大企業を含む国有企業を民間と競合する分野から全面的に撤退させるという方針を示している。中小の国有企業の民営化はMBO(経営者による自社買収)などを通じて進んでいるが、大型国有企業の民営化はこれまで上場企業の発行株数の大半を占める国有株の流通が認められていないことがネックとなって遅れている。幸い、昨年以来の証券市場改革により国有株の「全流通」に向けて大きい進展が見られ、これをきっかけに大型国有企業の民営化の道も開かれるだろう。

BOX:「国有経済の戦略的再編」とは

1997年9月の中国共産党第15回全国代表大会で、「国有経済の戦略的再編」が打ち出されたことにより、国有企業改革は大きな転機を迎えた。「国有経済の戦略的再編」は、企業の規模の大小を問わず、一部の重要産業を除いては、もはや国有にこだわらなくなり、これは事実上、国有企業の民営化の推進を意味する。

第15回党大会の方針を受け、1999年9月の第15期四中全会で採択された「国有企業の改革・発展の若干の重要問題に関する決定」では、国有経済の戦略的再編の具体的内容が明確になった。それによれば、2010年までに戦略的再編を完成させ、産業構造の調整に合わせて、国有経済も産業分野によって進出すべき部分と退出すべき部分(「有進有退」)に分ける。一部の重要分野を除いた競争産業においては、国有資本は縮小・撤退することになる。具体的には、中国政府は国有経済が主導する産業を以下の四つに限定し、それ以外の分野では、国有企業を民営化の対象としている。

第一は、国家の安全にかかわる産業である。これには武器の製造など国防に関する産業、貨幣の鋳造および国家の戦略的備蓄システム(食糧の備蓄、エネルギーの備蓄などを含む)などが含まれている。

第二は、自然独占および寡占産業である。これには、郵政、電気通信、電力、鉄道、航空などの産業が含まれる。

第三は、重要な公共財を提供する産業である。具体的には都市部における水道、ガス、公共交通および、港、空港、水利施設、重要な防護林工事などが挙げられている。

第四は基幹産業とハイテク産業における中核企業である。石油採掘や鉄鋼、自動車、電子の先端部門などがその対象業種となる。

このように、中国政府が最終的に国有企業のままで保有しようとする対象範囲は、「基幹産業とハイテク産業における中核企業」を除けば、資本主義の国とそれほど変わらない。

2006年7月28日掲載

関連記事

2006年7月28日掲載