中国経済新論:中国の経済改革

「新西山会議」で交わされた改革派の本音
― 和平演変を受け入れて ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

2004年以来、市場化改革を巡って、新自由主義者と呼ばれる主流派経済学者と新左派と呼ばれる非主流派経済学者の間では多くの論争が交わされている。庶民を味方につけた新左派が勢いを増している中で、新自由主義者は守りの体勢を強いられている。この現状を打破すべく、国務院の所属機関「中国経済体制改革研究会」は2006年3月4日、新自由主義者を中心に約40人の経済学者、専門家、政府官僚を北京郊外の西山にある杏林山荘に集め、「中国マクロ経済と改革の動向に関するセミナー」を非公開の形で開いた。会議の趣旨は、中国市場化改革進展の次の段階に関する諸問題について討論を行い、その結果を中国共産党上層部リーダーらに政策作りの参考案として提出することであったが、話題は経済領域を超え、政治改革の必要性に及んだ。後に、一部共産党批判とも読み取れる内容を含む会議の詳細な議事録がインターネット上に流出したが、これは政府のブレインともいうべきエリートたちの「本音」が窺える貴重な資料として内外の注目を集めている()。これに対して、新左派は、同会議を1925年11月23日に第一次国共合作に反対した国民党右派が北京西山碧雲寺で開いた「西山会議」になぞらえ、「新西山会議」として激しく批判している。

会議の内容をまとめてみると、まず、共産党の変質を嘆く声が上がっている。

(1)毛沢東が経済における貧困・立ち遅れと、政治社会における独裁という二つの遺産を残した。われわれは、貧困問題の解決に取り組んでいるが、もう一つの遺産は受け継がれたままである(張曙光・天則経済研究所常務理事)。

(2)「解放」(共産党革命)前は、共産党は完全に労働者・農民側に立っていたが、現在は資本家側に立っており、労働者・農民と対立している(張曙光)。

(3)共産党と市場経済が「結婚」したのではなく、「姦通」だというべきである。なぜならば、本来の宗旨に反しているからである(北京大学法学部・賀衛方教授)。

(4)伝統的手法で新しい情勢下の世論に対処することは愚かである。昔、共産党は独裁に反対し、民主に頼って政権の座に着いた。なぜ、今、共産党は民主を恐れるのか(李羅力・総合開発研究院副理事長)。

(5)現在、中国が直面している問題は、左寄りの政治及びイデオロギーと右寄りの社会政策が結びついていることである。これは最悪の組み合わせである。左寄りの政治とイデオロギーは社会のエリートを怒らせ、右寄りの社会政策は大衆を怒らせているからである(孫立平・清華大学社会学部教授)。

また、格差の拡大や農民と労働者の苦境、腐敗の横行に象徴されるように、平等と調和を標榜する社会主義の看板とますます乖離している実態が報告されている。

(1)高所得者層の収入は十分に把握されていないため、所得格差を示すジニ係数は世界銀行が推計した0.45よりさらに高いはずである。

(2)農民工(都市部に出稼ぎに行く農村出身の労働者)の賃金が、都市出身の労働者の半分しかなく、経済の高成長にもかかわらず、深センの賃金水準は20年前とほとんど変わっていない。その上、労働条件が悪く、珠江デルタだけで、年間10万件ほど、職場での手足の切断事故が起こっている。

(3)2005年の陳情の数は3000万件、集団暴動(20人以上によるもの)は年間8万件に上り、しかも年率17%というペースで伸びている。

(4)医療費の高騰により、病気になっても病院で診察を受けていない人は49%、本来入院しなければならないのに実際入院していない人は29%に達している。

さらに、経済基礎と上部構造との矛盾が深まる中で、社会を安定化させ、経済成長を持続させていくためには、政治改革がもはや欠かせないという意見が相次いでいる。

まず、北京大学の張維迎教授が、会議に提出した論文(「中国の改革を理性的に考えよう」)で、イデオロギーは改革の妨げになっていると指摘している。イデオロギーに制約されて、指導者は明確な改革目標を提示できなかったため、多くの改革は大義名分が欠如したまま行われることとなった。国有企業の民営化をはじめ、多くの改革措置は人目を避けながら行わざるを得ない。その上、経済学者以外の社会科学といった学者たちは改革の議論に参加し難くなり、彼らの知恵を得られず、政治と社会の改革は経済改革と歩調を合わせることができなかったという。

また、中国政法大学の李曙光教授が、改革の盲点として、(1)経済改革だけ先行させ、他の分野の改革が制限または禁止されること、(2)大衆の「権利の貧困」により改革を推し進める力が不足していること、(3)政府部門間の権力の争いの結果によって改革の方向性が決められることを挙げた上、各階層の利益を反映できるような立法機関の重要性を強調している。

続いて、北京大学の法学部の賀衛方教授がさらに一歩進んで、「我々はある目標を持っている。この目標は現在では(公に)言及できないが、将来は必ずこの道を歩まないといけない、すなわち、多党制度、報道自由、真の民主と真の個人の自由を実現させることである。例えば台湾の現在のモデルである」と発言し、共産党から二つの対立党派を分化させ、政党の軍隊に対する統制権を取り消すべきだなどと呼びかけた。さらに、賀氏は中国の法制度に関して、
(1)党の権力構造の反民主主義的性質
(2)人民代表大会は本当の議会といえないこと
(3)結社と集会の自由、宗教の自由など憲法が定めた基本的な権利が実現されていないこと
(4)司法体系が独立しておらず、党が司法への干渉を強め続けていること
(5)法律規定の混乱と、行政命令が法律より効力が強い現実
(6)農民の利益を考えれば、土地は現在の集団所有から私有制に変えていかなければならないこと
(7)私有財産保護が不十分であること
など七つの問題点を指摘した。

現体制を支えるエリートたちによるこのような発言は、まさに「共産党が自ら政治改革に取り組まなければ革命の対象になる」という彼らの危機感を表している。中国共産党にとって、旧ソ連の共産党が辿った運命を回避するためには、もはや「和平演変」(「米国をはじめとする帝国主義者」の狙い通り、平和的に共産党体制を変えていくこと)を受け入れざるを得ないことは、冷遇されている新左派よりも、共産党と運命共同体で結ばれている新自由主義者のほうが痛感しているだろう。実際、賀衛方教授が会議で「我々は敵ではなく、友である。我々はこの党を愛しているからこそ本当のことを言う」と発言した。この愛情が伝わったせいか、「一線を越えた」と思われる政権批判にもかかわらず、賀教授をはじめ、会議の出席者は弾圧を受けていない。

2006年5月29日掲載

脚注
  • ^ ここで紹介された一部の内容を含めて、流出した議事録の中で「敏感」と判断される部分は、後に主催者である「中国経済体制改革研究会」のウェブサイトに掲載された公式の発表では削除された。しかし、流出した議事録がニセモノであるという反論は出席者をはじめ、関係者からもまったくなかったことから、その信憑性は高いと見られる。
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2006年5月29日掲載