Special Report

「DXの思考法」セミナーシリーズ 各論編:国際(データ共有・連携を通じた競争力強化と社会的価値への対応)(動画)

福岡 功慶
RIETIコンサルティングフェロー / 経済産業省通商政策局 南西アジア室長

2007年、経済産業省に入省。素材産業・ヘルスケア産業を担当した後、在タイ日本国大使館書記官、貿易経済協力貿易振興課を経て、2020年より通商政策局南西アジア室長(サプライチェーン強靭化担当管理職を兼ねる)として日本とインド・バングラデシュを中心とする南西アジアとの経済外交の高度化及びインド太平洋地域におけるサプライチェーンの強靭化・高度化を担当。米国イェール大学院国際・開発経済学修士。

山室 芳剛
世界経済フォーラム 第四次産業革命日本センター長

2006年、経済産業省に入省。法人税制やグリーン産業政策・デジタル産業政策を担当した後、アジア戦略を担当したバンコク駐在を経て、2019年より大臣官房アジア新産業共創政策室長としてアジア地域における日本企業のデジタル・トランスフォーメーションを推進。2021年7月より、世界経済フォーラム、経済産業省、アジア・パシフィック・イニシアティブの3社により設立された世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターのセンター長に就任。国際機関のネットワークを活用しながら、データ政策、ヘルスケア、スマートシティ、モビリティ、アジャイルガバナンスなど多様な国際プロジェクトを率いる。東京大学卒(農学士)、ハーバード大学院ケネディスクール卒(行政学修士)。

コロナを契機に顕在化した、サプライチェーン途絶リスクですが、そのリスクはパンデミックのみならず米中対立、環境・人権等の社会的価値への対応など多様化しています。そのような中で、これらリスクに対応するサプライチェーン強靭化と生産性向上を同時に実現する企業も現れています。データ共有が競争力に直結する時代で、有志国連携やデータ連携の基盤整備はどのような取り組みを進めていくべきなのか、その方向性を深堀りします。

本コンテンツはrietichannel(YouTube)にて提供いたします。


福岡氏ご講演

福岡:
現在、経済産業省で「グローバル社会の実現に向けた新機軸」として「これから社会はどうなっていくのか、どういうふうに経済政策を高度化していくべきなのか」を議論しているところです。その答えの1つは、アジア大のデータ共有基盤を作り、一体になって成長していく、アジア地域大サプライチェーンを高度化していくということです。

背景としては、日本企業のサプライチェーンはアジアに集積し、現状そこで大きく稼いでいる。日本が世界で稼ぐこととアジアのサプライチェーンとはかなり密接な関係にあります。

しかし、サプライチェーンを取り巻く状況は大きく変わってきています。

今2つのことが起こっています。

1つは「新たな社会価値への対応」が求められているということです。

「新たな社会的価値」とは「環境」や「人権」のことで、再生エネルギーが使われていない、児童労働など人権が守られていないようなサプライチェーンの製品は購入しないという消費者が現れています。

もう1つは「事業環境を需要の変化に対応させる」ということで、これまではジャストインタイムでサプライチェーンを築いてきましたが、今はむしろ欧州・米国企業を中心に、デジタル技術を活用し、サプライチェーン全体を可視化することで競争力を上げていく動きが出てきています。日本やアジアのサプライチェーンは競争力があったわけですが、一方でデータを使って逆転するような大きな変化が出てきています。

これらに対応するために企業においては「ダイナミック・ケイパビリティ(Dynamic Capabilities)」を獲得し、グローバルに競争力ある事業を展開する経営能力が必要ですし、各国政府においては、その基盤を作っていくのが重要です。

サプライチェーンの可視化には非常に複雑な要素があります。

例えばセットメーカーはサプライヤーの情報を全部吸い上げたいという動機が生まれがちです。一方でサプライヤーからすると、原価情報などを取られてしまうと買いたたかれるリスクがあり、出したくない。1つのサプライチェーンの中の企業ですらこういうことが起こります。

その時に、どういう形でモデル契約を作り、お互いWin-Winにするか。ある程度データ共有することによって、最終製品の競争力が上がり、生産性が向上する、欧州に比べても生産性が高くコスト競争力のある製品が生まれてくるようにしたいと考えています。

それには質の高いサプライチェーンの原則を、国をまたいで作ることが重要で、例えば、その要素としては強靱性、持続可能性、包摂性、透明性、信頼性が挙げられます。

サプライチェーン上のデータを共有すると、お互いにいろいろなものが見えてしまう状況になるので、原則にのっとった連携が望ましいです。

これを進めていくにあたり、ユースケースを作ろうと決断した企業には補助金を出すようにしたいですし、そういうユースケースを作りつつ、そこで得た知見を、データスペース設計の議論に還元し、国内でのデータスペースの構築に役立てていく、循環のへそを作っていくことに取り組んでいきたいと思っています。

われわれは、データ共有基盤をアジア大で作っていくことを今回の新機軸で打ち出しているわけですが、その際も欧州が取り組んでる「GAIA-X(ガイア・エックス)」や「インターナショナル・データ・スペース (The International Data Spaces, e. V. (IDSA))の取り組みを参考にしながら作っていくことが重要だと思っています。

先日の萩生田大臣のASEAN出張でも、「アジア未来投資イニシアティブ」という形で「5年でサプライチェーン高度化のユースケースを100件作っていく」ということで、今回の新機軸では、データスペースをアジア大で作っていくための第一歩の検討を進めていきます。そのために「サイバー・フィジカル・サプライチェーン協議会(仮)」を創設して検討することを打ち出していく予定です。

このようにサプライチェーンは日本企業が海外で稼ぐ生命線であり、それを取り巻く状況も非常に変わってきています。

新たな社会価値対応や、データドリブンなサプライチェーンの台頭で、日本のサプライチェーンが相対的に競争力を失う可能性が出てきている中で、社会価値にも対応し、競争力も上げていく、かつサプライチェーンの途絶リスクにも対応する、そういったものをアジア大で作っていくことは日本にとっても重要ですし、ASEANやインドといった国にとっても非常に重要です。まさにこの中で、データスペース等の議論も連携していくことが重要だと思い、こうした構想を打ち出しています。

以上がわれわれの考えている新機軸です。西山さん(西山圭太東京大学客員教授)からも指導を受けておりますが、最初アーキテクチャーを構築するのが非常に難しい、でもそこを逃げずにしっかりやっていきたいです。


福岡氏と山室氏の対談

山室:
世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターの山室です。前職は大臣官房のアジア新産業共創政策室長で、福岡室長とは戦友として数多くの仕事をやってきたご縁で今回お声がけいただきました。

ダボス会議の報道等でご存じの方も多いと思いますが、「世界経済フォーラム」とは、地球規模の課題解決を目指し約50年にわたって官民のかけ橋の役割を担ってきた国際機関で、ビジネス、政府、アカデミア、市民、マルチステークホルダーの協力体制を増幅し拡大するプラットフォームとして機能する機関です。

2022年1月18日に「ダボスアジェンダ2022」がオンライン開催され、岸田総理にもご登壇いただき、日本が2023年のG7議長を務めることを見据えながら、「新しい資本主義」によって世界の流れをリードするという非常に力強いメッセージを頂きました。

私がセンター長を務める「第四次産業革命日本センター」は、2018年に世界経済フォーラムと経済産業省、アジア・パシフィック・イニシアティブの3者で設立した、比較的新しい官民連携のプラットフォームです。第四次産業革命の技術は、良い面と悪い面を持つ諸刃の剣で、その力がより良い方向に発揮されるようさまざまなパイロットプロジェクトを実行しながらルール作りを進めていく組織です。日本センターは約40名で、世界中にネットワークが拡大しています。

先月の「ダボスアジェンダ2022」では、WTOオコンジョ事務局長から、現在のWTOの仕組み上の不備を率直に認める、そして透明性、包摂性、公正性を満たすべく、貿易ルールをアップデートしていく必要があるというお話を頂きました。

また、同席していたとある企業のCEOからは「デジタル技術はもはや不可欠である」というお話や、「地政学的なレジリエンスが欠如している」というお悩みの声も数多く聞かれ、それをどのように解決していくべきかについて、福岡室長が話されたこの新機軸の構想は、日本として新しいリーダーシップを示す非常に代表的なものになり得るのではないかという感想を持ちました。

今回「DXの思考法」セミナーシリーズの大きなお題は、近未来をイメージして白地図から描いていく必要性が高まっていること、あるいは抽象化したシステムを描いていく必要性、産業構造自体の変化によって横割り化やミルフィーユ構造がどんどん進んでいること、アーキテクチャを武器として使っていくこと、こういうキーワードが示されたと考えております。

特にアジア大のデータ共有基盤整備の話は、非常にポテンシャルのある話だと受け止めており、これを官民で実現していくことができれば、先日岸田総理が表明された「新しい資本主義」を実現する好事例として、世界をリードしていくものになるのではと考えます。

経済産業政策の新機軸として議論されているように、さまざまな部局が連動して進めていかなければいけない政策だと思います。

その要素として、通商政策局の担当すること、デジタルアーキテクチャ・デザインセンター(DADC)のような商務情報政策局の政策に関連すること、サプライチェーンだと製造産業局、物流なら商務情報流通グループもチームアップしていく必要がある、さらに経済産業省だけでなくデジタル庁や国土交通省などにも関連する話にもなってきます。これをどういう体制で進めていくか、非常に悩ましい課題であると思いますが、福岡室長から補足していただけますか。

福岡:
アジア大のデータ共有基盤を作っていく議論は、いろいろなものを包含しており、だからこそビッグビジョンとしてわれわれは取り組んでいくべきだと思っています。

まずどういう国と連携していくのかも非常に重要になってきますし、それぞれのポジションによって考え方も違います。

一方で最終的なユーザーは企業なので、企業も巻き込んでいく必要がありますし、製造業、物流業であれば製造産業局や商務流通グループも重要になってきます。デジタル基盤の話ですので国内のデータスペースの議論の進捗とも大きく関係します。特にアーキテクチャを作っていくという意味でDADCとも連携する必要があります。

データ連携と一言で言っても、いろいろな人が、いろいろな部署で、いろいろなことを考えているというところに、本質的な難しさがありまして、先ほど申し上げた、サイバーフィジカルサプライチェーン協議会(仮称)という場で、みんなで頭をとらえるのが最初にやるべきことだと思っています。

製造業の人たちとDFFT(データ・フリー・フロー・ウィズ トラスト)を考えている人たちの考えが同じ方向を向いているわけではないというのが率直な感触で、それを同じ方向に向けるよう協議会で議論をしていくことが重要で、その中で、西山さん(西山圭太東京大学未来ビジョン研究センター客員教授)のように、商務情報局長、アジア大洋州課長を歴任され、DFFTの生みの親でもある方に中心的役割を担っていただきながら進めていくのが良いのではないかと思っています。

そして、おっしゃる通り省内・省外の巻き込みが非常に重要です。省という枠を超えないと進んでいかない、省さえも軽やかに超えていかなければいけない話で、デジタル庁や他省庁がやっている議論も連動させていかないと「絵に描いた餅」になりますので、何とか実現するべく、この協議会を立ち上げていこうと思っています。

山室:
先ほどのご説明にもサプライチェーン強靱化に向けた国際規範、あるいは原則というような表現がありました。2023年は日本がG7の議長国、そして日ASEAN友好協力50周年ということで、日ASEANの特別首脳会合を日本で開催する記念すべき年ですが、G7、G20、APEC、日ASEAN、バイデン政権が主導するインド太平洋経済枠組み(Indo-Pacific Economic Framework)、GAIA-X(ガイア-エックス)といった枠組みを参考にというお話でしたが、これをどのような形で動かしていくのか、どのように進めていくのか、お考えがあれば教えてください。

福岡:
国際的な枠組みをどういうふうに活用していくのか、それを使って効果を最大化していくのかを常に考えています。まず、アジアとしっかり組みたい、特にASEANやインドとは考え方をできるだけそろえたいと思っています。というのも、この地域には日本企業の大きな産業集積があるのでWin-Winを作りやすいですし、同じリアリティを共有し、われわれの原則にもシンパシーがある。そういった国々と連携をまず深めて、認識を合わせていきたいですし、根本的な原則にのっとったサプライチェーンの構築に関心があります。

これ以外にも日・豪・印で立ち上げた「サプライチェーン強靭化イニシアティブ」や、JETROの「サプライチェーン強靱化フォーラム」でも日・豪・印・ASEANでの議論でも出てきている話で、そういった意味では組むべきパートナーだと思ってます。

欧州はGAIA-Xやインターナショナルデータスペースなど非常に取り組みが進んでおり、しかもデータ主権に対して非常に関心が高く、学ぶべき相手だと思っていますが、そのままコピーするのではなく、参考にしながら、アジアのリアリティも考えながら、議論を進めていくのが良いと思っています。

アメリカは、サプライチェーンの業界ではGAFAもありますし、パナソニックが買収したブルーヨンダーなど、サプライチェーンの可視化やデータ活用では抜きんでた存在なので、最新の知見とアジアの考え方を日本がつないでいくという形で連携していけると、さらに良いものになっていくのではと思っています。

その上で各種のフォーラムがあります。直近ではAPECですが、APECでも原則の話を含め打ち出していくのも一案かなと思います。APECでも、質の高いサプライチェーンとは何なのか等も議論し、認識を共有していきたいですし、G7ではもうすでにドイツがサプライチェーンの話を出していると聞いていますので、そういった議論を注視しながら、日本の議長国年にはサプライチェーンの議論を深めていきたいです。G20も同様です。

山室:
企業の巻き込みというお話がありましたが、経済産業省が普段関わっている大企業だけでなく、スタートアップの企業がテクノロジーを持っているケースが顕著に増えており、スタートアップの新政策としても考えていく必要があるのではないかと思っています。テクノロジースタートアップをこの構想の中に巻き込んでグローバルに展開していくような、日本のスタートアップの創出に活用していこうというお考えはありますか。

福岡:
あります。データ活用、AI活用がソリューションの根っこになるわけですが、それを得意としているのは日本の大企業だけではなく、むしろスタートアップに強みがあるケースもあると思っています。そこで提供するソリューションがアジアの国々ということも、まさに山室さんと一緒に立ち上げたアジアDXのコンセプトですし、実際事業もどんどん生まれています。

サプライチェーンというといわゆる製造業を思い浮かべがちですが、概念としてサービス提供なども広く含むというのが今は定説とされていますので、スタートアップが提供するようなサービスもどんどん議論に入れていくことが、結果的に、例えばデータスペースみたいなものの質を上げていくことにつながるのではと思っております。

山室:
5年で100件のユースケースを創出するというお話がありましたが、フラッグシップとなるような大きなプロジェクトを立ち上げていくのが、アジア大のデータ連携を進めていく上で非常に重要ではないか、その観点で、今企業が一番頭を悩ませているのがカーボンニュートラルで、これをサプライチェーン全体でどう実現していくのかが代表的なものとして挙げられると考えています。この領域でフラッグシップ的なものを動かしていってはどうかというのが私のアイデアになります。

もう1つは、経済業省からグリーントランスフォーメーションリーグ(GXリーグ)という新しい枠組みを提唱されていますが、これと連動させていくのが、1つの具体的な進め方になるのではないかというアイデアです。サプライチェーン全体のCO2を計測したり削減したりするセンサー技術、あるいはIoTであったり、ブロックチェーンのようなデジタル基盤技術が、このGXリーグの基本構想の中でプロジェクトの例とし挙げられています。この、フラッグシップとなる大きなプロジェクトを作っていくべきではないか、あるいは、カーボンニュートラル分野でこの取り組みを進めることに関しての福岡室長のお考えはいかがでしょうか。

福岡:
まさにその通りだと思っています。今後予算事業の中で、サプライチェーンの高度化・可視化を支援していく中で、カーボンニュートラルというのはサプライチェーン上の喫緊の課題だと認識していますし、社会の要請も非常に高いので、この中で1つ柱を立てられたらと思っています。他にも人権とか、医療とかも社会課題として大きく認知されていますので、そういったところの対応もフラッグシップを作っていければと思っています。その際は山室さんにもご支援いただきたいです。

山室:
われわれ日本センターが取り組んでいるプロジェクトは、課題に対しいち早く対応したい、対応すべきだという、先進的な企業にお集まりいただき、具体的なアクションを進めていくことが非常に重要だと考えております。今まで産業政策の従来的なやり方だと、横並び主義で平均的な取り組みを底上げ的に進めていこうという考え方が根っこにありましたが、先ほどご紹介したGXリーグは、やる気のある企業に集まってもらい、いち早く取り組む企業連合を作って官民連携で進めていこうというもので、産業政策の歴史の中でもかなり思い切った取り組みの1つではないか思います。これはまさに政府だけでは進めることができないプロジェクトになるので、世界経済フォーラム 第四次産業革命日本センターのプラットフォームを最大限活用していただき、プロジェクトの具体化を一緒にやっていくことができれば、これに勝る喜びはありません。

2022年2月4日掲載