DXの思考法

開催日 2021年9月10日
スピーカー 西山 圭太(東京大学未来ビジョン研究センター客員教授 / 元経済産業省商務情報政策局長)
スピーカー 池田 陽子(RIETIコンサルティングフェロー / 内閣官房デジタル市場競争本部事務局 参事官補佐)
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI国際・広報ディレクター / 経済産業省大臣官房参事)
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開催案内/講演概要

2021年9月1日にデジタル庁が発足し、コロナ禍における官民挙げてのデジタルトランスフォーメーション(DX)が急務となっている。2021年4月に『DXの思考法』(文藝春秋社)を上梓した西山圭太・東京大学未来ビジョン研究センター客員教授に、競争政策の分野で『DXの思考法』の実践に取り組む池田陽子RIETIコンサルティングフェローが、そのポイントを聞いた。

議事録

DXとは経営改革のこと

西山:
デジタルトランスフォーメーション(DX)は毎日メディアで取り上げられていますが、経営者なら、DXの細かな知識を詰め込むのではなく、DXに取り組む上での基本的な視座や発想、つまり思考法を理解すべきだと思います。

DXは、個々のシステム改修ではなく「経営改革」であると同時に、経営はアルゴリズムで動く、経営はソフトウェアであるという視点も大切です。経営とシステムをつなぐ蝶番(ちょうつがい)となるのがレイヤー構造です。レイヤー構造化する世界で仕事を切り開くには新しい思考法が必要であり、それを一言で表すと「抽象化」となります。

デジタル化とは何か

西山:
デジタル化とは、人間の課題をコンピュータを使って解くためのイノベーションの歴史だといえます。われわれは、コンピュータが誕生したときからコンピュータとは万能機械だと思っていたのですが、人間の解いてほしい課題を機械に分かってもらうには工夫が必要で、例えばプロのエンジニアが機械に分かるようにプログラムを書き、それを読み込ませて、結果を使うことを当初は繰り返していました。

それではとても面倒なので、人間はオペレーティングシステム(OS)や検索エンジン、自然言語処理といった仕組みを開発し、ユーザーがコードを書かなくてもコンピュータが自分のしてほしいことをしてくれるようにしたのです。ここで重要なこと、これらのイノベーションは、特定の分野とは関係がないことです。個々の領域の課題を解くのではなく、何か1つの仕掛けを作れば全てが片付いてしまうという「抽象化」が背後に非常に強く存在します。そうした取り組みがまさにレイヤーとして積み重なり、人間の課題とコンピュータを結び付けてきたのです。

人間の課題とコンピュータ(半導体)をつなぐレイヤーは、大きく2段の固まりに分類できます。下段は、半導体が計算しデータを大量に記録・記憶する計算処理基盤、上段は、世界中のデータを取り寄せてそれを読み込んで解析するデータ解析です。従来は人間がいちいち個々の課題に対応しなければ使えなかったものが、現代はデータを読み込みさえすれば結果が出るようになりました。データ解析の大きなレイヤーが、会社組織や行政組織の機能を置き換え始めているのです。

ですから、これからの組織はレイヤー構造のソフトウェアと組織をうまくミックスする形にして、人材もそれに合わせて切り替わっていく必要があります。

抽象化とは

西山:
そのためには、より「抽象」に向かう大きな発想の転換が必要となります。昭和では先進国に追い付くという目標があり、その目標を達成するために今までなかった製品や機能を付け足すことがイノベーションとなっていました。

ところが、今はイノベーションの新しい大波が来ていて、分野と関係なく一気に課題が解けるようなレイヤー構造になっているので、発想がまったく異なってきます。そのために必要なのが「抽象化」なのです。

では、「抽象化」とは何なのでしょうか。ベストセラーにもなった細谷功さんの『具体と抽象―世界が変わって見える知性のしくみ』を参考にしながら説明したいと思います。

私のいう「抽象」とは「概念」よりも広い事柄を指しており、具体的な出来事や政策、法律などを意味空間の中に位置付けることを指しています。「抽象化」の分かりやすい説明は、「物事を単純化すること」です。枝葉末節を除いて幹だけにする。そうすれば人によく伝わりますし、方向を間違えません。ただ、単純化にもいろいろあって、重要なのは「課題にひも付けて単純化する」ことです。なぜそれが必要なのかから考える。そうしないと、目の前の具体的なことにとらわれてしまい、その政策をなぜ行っているのか、そのサービスをなぜ提供しているのかが分からなくなります。また、課題から考えることで、目の前にある具体策以外にも視野が広がります。ベストの解決策を作るには、目の前にある解決策をいきなり改良し、磨き込んでもだめなのです。

それから、「課題そのものを疑う」。世の中が安定していると課題はあまり変わりませんが、今のような変革期には本当にその課題が今の課題なのかということを問う必要があります。つまり、課題の課題に立ち戻る必要があるのです。そうしなければ、今日起こっていることには対応できても、明日何が起こるかということには頭が回りません。課題自体を疑うことは、変化への備えになるのです。

「物事を多面的にとらえる」ことも抽象化の1つです。経済産業省を一言で表現しようとすると、政策で説明することもあるでしょうし、人の数や組織の特徴で説明することもできるでしょう。要するに物事は多面的であり、「抽象化」とはその対象がどれだけ多くの面を持っているかを見いだすことにつながります。

物事が多面的だとすると、いくつかのものにまたがって見いだされる「共通点・パターンを見いだす」ことも抽象化につながります。これがなぜ大事かというと、みんなが共通していると思っている共通点以外の共通点を見いだす能力が身に付くからです。例えば、トヨタ自動車が「かんばん方式」を編み出したときに、米国のスーパーマーケットの物流の仕組みを参考にしたのは非常に有名な話です。異なるものから共通するパターンを見いだすことは、非常に大切です。

「比喩を使う」ことも抽象化です。共通するパターンを表現しようとすると、多くの場合、比喩を使います。比喩が上手だということは、共通点の取り出し方も上手だということです。比喩ができるようになると、知識を単に人から教わったものを記憶として再生できるだけでなく、自分なりの駒として使えるようになります。

それから、「レベル感を持つ」ことです。これは特にデジタル化の現代において大事だと思います。抽象化というのは、「具体と抽象」の行き来を繰り返す能力を身に付けることですから、その能力があれば「具体と抽象」の行き来が瞬時にできるようになります。

最後に、「単純化する」といっても、例えば政策はそれだけで孤立して存在しているわけではなく、他の政策との関係を意識せざるを得ません。その関係性を単純化して理解し、人に伝えるために使えるようにしたものがモデルやフレームになります。それをたくさん持つことで、世の中の複雑な関係性を単純に理解し、人に伝えられるようになります。

以上、「抽象化」の話をしましたが、もちろん思考法だけがあればいいわけではありません。思考法と、学びを通じた知識、それを実際にアプライする経験の3点セットで経験値は増えると私は思っています。

デジタル市場競争本部で行ってきたこと

池田:
西山さんの『DXの思考法』を初めて読んだときに一番印象に残ったのは、コンウェイの法則にのっとって、「仕事が変われば組織も変わる。なぜならアルゴリズムが変わるから」というところでした。内閣官房や内閣府は典型的な横割りの組織ですが、コンウェイの法則でいえば、寡占・独占化しやすいデジタル市場の競争政策という、新しくて幅広い政策領域をとらえるために、2年前にデジタル市場競争本部ができたのも当然の帰結だったのだと思います。

こうした中で、2021年4月には、デジタルプラットフォームの主要なビジネスモデルであるデジタル広告市場の透明性や公正性に関する問題とその対応の方向性を取りまとめました。現在、世界に先駆けたルール整備を目指して、対応を進めているところです。

また、2021年6月からは、OSを基盤とするレイヤー構造全体がデジタル市場の競争環境に与える影響について分析を始めています。

デジタルのレイヤー構造に関する競争評価

池田:
西山さんのお話にあったデジタルのレイヤー構造を概観すると、ユーザーのインターフェースとなっているデバイスのOSを基盤として、ブラウザレイヤー、Webサービスレイヤー、アプリストアレイヤーと、その上に乗っかっているアプリのレイヤーが階層化しています。

また、レイヤー構造は、スマートフォンなどのデバイスと人間 との間に積層していくものですが、最近の傾向として、人間側にどんどん近づいてきています。それが新たなデータ獲得のための顧客接点になりますが、今回の競争評価では、レイヤー構造全体に加えて、AIスピーカーなどのボイスアシスタントと、Apple Watchのようなウエアラブルデバイスにも着目して現状分析を行っています。目下、ヒアリングなどを精力的に進めていますので、取りまとめができたら成果をお示ししたいと思います。デジタルのレイヤー構造の現在地が把握されれば、そこから立ち上がってくる新たな産業政策として、われわれが「デジタル小作人」に固定化されない道といったものも見えてくるのではないかと思っています。

ルール整備に関して海外を見渡してみると、欧州委員会ではデジタルマーケッツ法案が審議中ですし、米国議会でも複数の法案に関連の義務規定が盛り込まれていて、本当に目が離せない状況です。

日本では、2021年4月に運用が開始されたデジタルプラットフォーム取引透明化法があり、規制の大枠を法律で定めつつ、詳細は事業者の自主的な取り組みに委ねる共同規制(co- regulation)という新たな規制手法が採用されています。

また、最近では、韓国で、世界に先駆けて、GoogleやAppleなどがアプリ開発者に対して自社決済システムの利用を強制するのを禁止する法律が決まったことも話題になりましたが、こうした国際水準を定めにいくようなルールセッティングの動きも活発化していると思います。

このように各国では、いかにGAFAのパワーを適切に相対化できるかということにどんどんトライしていますし、アフターGAFAの世界に向けたイノベーティブな動きもさまざまにあります。こうした、そう簡単に先が見通せない状況にあっては、決まった答えに向かって効率よくキャッチアップすればよいということではまったくなく、そうであるからこそ、世界に先駆けてとか、世界で初めてということを意識して、コミュニケーションの主導権を取ることが一段と重要になっているのではないかと感じているところです。

ディスカッション

池田:
西山さんは若手行政官へのメッセージとして「常識を疑う」「根本を変える」ことを挙げておられて、「発注は廃止する」「政策の議論なんかしない」とおっしゃっていますが、では代わりに何をするのだろうと素朴に思いました。

西山:
若い人と議論していると、「残業だらけで創造的な仕事ができない」と言うのですが、これは働き方の基本を変えないと絶対に変わらないと思います。なぜこの話を「DXの思考法」のコンテクストでしているかというと、まさにDXは、組織の在り方、経営の在り方を変えることだからです。

「発注は廃止する」というのは、例えば今までは発注者が教えてほしい項目を書いて、発注された側がそれを読んで答えを書いて資料を提出するのですが、問いを立てている人と答えを書く人が分かれているのは無駄です。デジタル技術で資料を瞬時に検索できるようになったのだから、発注者が聞きたいことがあれば、情報を共有しておいて、発注したい人がそれを調べて答えを作ってしまえばいいのです。

「政策の議論なんかしない」というのは、「具体と抽象」の話と同じで、政策を議論するよりも情勢認識を共有した方がよほど正しいということです。政策を徹底的に議論して固めたところで、明日また違うことが必ず起きます。そのときに、議論をやり直している時間はありません。

要するに、今までの仕事のやり方は、よかれと思って「具体」の方向に寄り過ぎていたのです。汎用性の高い「抽象」の側に寄せて仕事をすれば楽になると私は思います。

池田:
こと政策立案の局面になると、変わらなくてはいけないことは分かっているけれども、経路依存性(path dependency)にあらがい難いことも多いと思います。どんな思考法で対処したらよいでしょうか。

西山:
私は、縦割りではない組織の在り方、仕事の仕方についての答えができつつあるのではないかと思っていて、それが今のデジタル化、DXといわれているフェーズなのではないかと思います。ですから、答えは半ばあると思っていて、みんなでそうした未来像を具体的に描いていくといいと思います。広くいえば先ほどの「常識を疑う」とか「根本を変える」ことになるのですが、それを可能にする環境やツールができつつあるのだと思います。

池田:
西山さんは「流行を追わない」ともおっしゃっていましたが、西山さんは流行を追わずに、それでいてどんどん変わっていく時代感覚を磨くということをどう両立していけばよいとお考えですか。

西山:
流行を追うというのは、今現にはやっているものをやってみようという発想なのですが、「抽象化」の話に結び付けると、その流行が起きる背後にある構造を理解しようということなのです。つまり、Aという流行が起きる次にはBが来そうだという、流行を生む源を理解するようにしようということです。ですので、流行を追わないけれども流行を作ることができるのは、流行が生まれるメカニズムを自分で理解しようとするからであり、皆さんそうしてはどうですかという提案でもあります。

質疑応答

Q:

「抽象化」といわれても、中小企業の経営者がどう取り組めばいいのか分からないと思います。世の中に出てきた便利なアプリケーションをどう使いこなすかということでしょうか。その際にはそれまでの業務のやり方にこだわらないということなのでしょうか。

西山:

それはYes and Noです。DXとは、自分の会社なら会社をそのままやり方を変えずにデジタル化することではないと思っています。例えば、紙の書類がなかなかなくならないとよく言われるのですが、私は紙の書類をデジタル化することはできないと言っています。紙の書類は1つのフォーマットでいくつもの機能を詰め込んでいるので、それをデジタル化しようとするとまったく汎用性がないものができます。

ただ、自前のシステムを使うよりも世の中にあるツールを組み合わせればDXができてしまうと考えるのであれば、私は賛成です。ツールを使うこと自体に本質があるわけではなくて、ツールを使うと仕事のとらえ方がレイヤー構造的な思考に矯正されるところに本質があるのだと思っています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。