『金融編』では、低金利や人口減少等で変革が問われる地域の金融業について、金融庁の政策ラボをきっかけに集ったメンバーが、「DXの思考法」を念頭に議論します。
地銀も、経済環境全体をレイヤーで捉え、自身の役割を再発見する(本棚にない本を探す)ことが必要です。そのためには、従来の自己認識から脱却し、自身を経済環境全体の一部として捉える認識に転換していくべきではないか(『天動説から地動説へ』)、といった問題提起を行い、レイヤー構造等を議論します。
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講演
栗田:
金融庁の栗田と申します。リスク分析総括課で金融仲介法制、横断法制について監督を担当しています。まずは、本日の登壇者やお話しする内容をご紹介します。この報告は、金融庁の政策オープンラボをきっかけとして集った6名でお届けします。
前半私から「DXの思考法」と「金融業の変革」をキーワードにわれわれが考えたこと、論点としては、①金融業の課題は何か、②金融業のレイヤー構造は何か、について説明します。後半では、座談会形式でメンバーの考えをお伝えします。なお、この各論編の副題は「(地域の)金融業の変革に向けて」としています。ここでは、メガバンクに代表される都市銀行というよりも、地域に根を張る地域金融機関に焦点を当てていきます。
西山さん(『DXの思考法』著者西山圭太氏)の本には、いろいろな名言がありますが、特に心に響いたのは「まずは、課題について考えろ」そして「課題を疑え」というメッセージです。われわれも「金融業の課題は何か」から始めて、それを疑い、眺めてみます。
金融業の課題については、長い歴史の中で縷々語られてきましたが、直近では2015年以降、金融庁主導で課題を解いてきました。2015年当時の長官の独占インタビューでは「金融大淘汰」とか「10年後銀行はあるか」等、センセーショナルで挑戦的な問いかけがされました。この記事の背後に何があるのか、2015年に出た金融庁のレポートを紹介します。
資料P.4の左の図は、2025年の地域銀行の収益の予想です。縦軸に利益率、横軸に貸出残高が示されていて、赤と青のドットは個別の銀行の状況を示します。2025年には、6割を超える地域銀行の利益率がマイナスになるという試算が出ています。レポートは、右側の記載のように説明しています。
①低金利の傾向が続き、収益の源泉である利鞘が縮小していく状況
②人口減少とともに、経済成長は鈍化し、借入需要の減少が予想され、担保偏重の単純な貸出の収益はさらに低下する(このままでは早晩立ち行かなくなるとして)
③早期に自らのビジネスモデルの持続可能性について真剣な検討が必要である
この状況は、令和になっても変わりません。直近のレポートでも「地域金融機関を取り巻く経営環境は、低金利環境の継続や人口減少・高齢化の進展、さらにはコロナの影響により厳しさを増している」とあります。
資料P.5の右の図は、長期的に銀行の純利益が縮小している状況を示しています。こうしたレポートに対して、現場ではどのような認識になっているのか、地域金融機関の課長クラスの方に「金融業の課題は何か」と聞いて回りました。
そこでは、低金利・人口減少で縮小傾向にあるマーケットに向き合うべく、地銀としては、ビジネスモデルの見直しが必要、具体的には、優良層以外の顧客層へ働きかけていく必要がある、そのためには、担保偏重から脱却して、いかにして顧客の事業のポテンシャルを高め、そこを評価して事業性融資ができるか、そして、いかにして顧客に寄り添えるかが重要。
しかしながら、トップダウン型の組織構造で、忖度文化が横行している、組織の要となる層は手薄で、その上各人は雑務とノルマに追われ、何ら生産的な仕事ができていない、顧客本位の業務に向き合えていない、そういった回答を多くいただきました。
例えば地銀職員のAさん。当然のことながら、新規顧客開拓に向けて積極的な取り組みが必要、多くのドアをノックしていきたい、ただ、依然として、待っていれば客が寄ってくると構えて、訪問顧客のニーズに自動的に応じるのみ、そういった姿勢の銀行が多いのではないかと認識している。どういうことかというと、バブルの時代は、資金需要が資金供給を超えていて、待っていれば金を貸してほしいというお客さんがいっぱい来たという時代で、そういう時代は、自分たちから働きかけなくても、お客さんが来た。その時のマインドのまま今に至っているので、自分たちから前に出るという慣習がなかなか根付かない。あとは、待っていればお客さんが来るし、貸そうと思えばたくさんの人が来るので、自分たちの基準を一切柔軟化しないで、従前通りのやり方で、一切お客さんに寄り添わない、そういったことを自分たちの課題として提示していました。
信用金庫の職員のBさんは、とても熱い方で、現場に入り込んで1週間でも1カ月でも、お客さんとともに生活をして、お客さんの困っているところに寄り添いたい、決算書では見えない実態を見ていきたい、とがんばっていますが、いざ稟議書、要するに融資の審査、内部決裁を審査部門にあげると、Bさんという営業マンの経験値を無視して、机上の数字のみで判断され切られてしまう、それが大きなジレンマだとおっしゃっていました。
地銀コンサルCさんは、内部にとても入り込んだ方ですが、一番重要なキーマン、半沢直樹みたいな40代次長クラスは忙殺されて部下を育てる余力がない、特にこのような人たちは、今あるポートフォリオでお客さんを査定していくことばかりやってきて、新規にお客さんを開拓した経験がない、目利きがない、そう嘆いていました。
地銀職員Dさん、この方から思い出すのが、西山さんがおっしゃった「発注するな」という言葉です。頭取から「何か麗しいものを作ってくれ、フィンテックだ。それをやってくれ」という発注がくる。他方でこの「麗しさ」について頭取以下で共有認識がまったくなくて、仮に上司に提案しても「ちょっと何か違うんじゃないか」と却下され、どう改善していいかも分からず迷ってしまう。何となく、銀行全体として、頭取が考える「麗しいもの」を当てにいくゲームに参加している感覚の「ザ・忖度文化」みたいなことを、悲しそうに話していました。
元地銀Eさんはすでに退職された方ですが、新卒定着率は約2割で、志と実態の乖離に絶望して辞めていく、そういう実態が地銀にはあるのではないかとのお話でした。
他方で、地銀の人と一緒に働いているコンサルの方やM&Aのアドバイザー、弁護士など外部の人の話も聞いてみました。
ある地銀コンサルは、地銀はせっかく潜在力があるのにまったく生かせていないとおっしゃいました。その潜在力とは何かというと、いろんな人に貸し出して情報もいっぱい持っている、ある種インサイダーである、そしていろんな人との関わりがあってネットワークもある。そういった信用情報ネットワークと顧客の武器を組み合わせて、地域全体を盛り上げて収益性を上げれば、最終成果として自分に返ってくるものがある、だから目先の利益にとらえるべきではないというメッセージを送っているが、実態としては目先の利益にとらわれ、目の前のお客さんの融資をいかに回収するかしか考えていない、というお話をいただきました。
あるファンドの方からは、地銀の人たちは地銀の在り方ばかり考えているが、その前に地域経済の在り方を考える必要があるのではないか、銀行の機能とバンカーだけが残ればいい、銀行という箱は不要、銀行という組織に物事がすべて集まるから非効率な状況が起きてるのであって、本質的に必要なのは融資であったり、決済であったり、その銀行の機能であって、必ずしも銀行という組織で全てをやる必要は全くないのではないか、重要なのはその機能と熱いバンカーだけではないか、そういうメッセージをいただきました。
資料P.10で低金利・人口減少・収益性低下・ビジネスモデルの再検証と、とても分かりやすい論理が並んでいますが、何となく貸出業務だけにフォーカスした考え方が並べてあるだけの感じがして、変数だけを本当に大上段にとらえる必要があるのか、本来的な目的が仮に地域であれば、変数としては足りないのではないか。
こういった問いかけに対する地銀の課題設定とは何かというと「顧客収益性が減るので収益性を改善せよ」という課題に対して「はい、顧客層を開拓したいと思います」という議論がありますが、何のために議論するのか、それは問いかけの背後に、このままだと、地銀の存続可能性が危ういいというメッセージがあるので、それに対して受けているわけですが、いざこの持続可能性を確保した上でその先に何をしたいのだろうか、地銀の存在は何なのか、そういった議論があまり見受けられなかった点が正直な感想です。
あと、課題設定というのはとても内向きだと思いました。当局の方から存続可能性というメッセージを送り込まれて、結局「自分たちが駄目なんだ」という卑屈な議論が展開され過ぎていると感じました。
あとは、地銀の存在ありき、自分たちが10年後20年後も同じ体制でいられて、今のこの機能をどう提供するか、そういう議論が前提になってる感じがして、課題設定の仕方に問題があるのではないか、本質的な課題は何なのか、議論し直してみたいです。
地銀が向かう先は、融資や収益ではなく「地域」がキーワードになるのではと思います。
ではどうやって地域やお客さんを盛り立てていくのかについて「金融業のレイヤー構造」の中で考えてみます。
「レイヤー構造とは何なのか」レイヤー構造が積み重なることによって、機械の処理が人間の具体的な課題に近づいていく。なので、人間の具体的な課題があることが前提で、ここでは地域やお客さんの課題を想定します。課題を解決するためにレイヤーが積み重なっていく。1個1個が課題解決につながっていく、レベルを上げていく、積み重ねれば積み重ねるほど課題をより正確にとらえられる、そんなイメージがあります。こういったものをどういうふうに今見るべき課題との関係で考えるかが次のわれわれの議論の焦点でした。
仮に顧客とそれを包含する地域経済全体の課題を基点に物事を考え直してみたらどうか、貸出層を拡大するだけでなく、地域に思いきり焦点を向けてはどうか。その上で、この地域経済全体の課題を作る、複雑な関係をいかに抽象化するか。おそらく、地域経済の課題を作らしめてるいろんな要素がたくさんあり、複雑な関係を持っていて、そこを1個1個何が影響するのかを考えていくことが、われわれに求められていると思います。
こうしていくと、このレイヤーの中に金融が組み込まれてその一部を成しているということになります。結局そのレイヤーという発想によって銀行の役割自体がバラバラになっていく可能性もある、自分で全てを提供しなくてもいいという状況になるのかもしれない、あとはこういった議論が少し先を見据えてできたらいいのかなと思います。例えばデジタルや地域の枠が今後変わってくる可能性もあり、今目の前に物理的にある世界だけを見るのではなく、デジタルな違う広がりを見ていく必要があるのか、そういったところを踏まえながら、今後レイヤー構造を明らかにしていきたいという出発点に立つということがわれわれの今の状況です。
その上でこれは試論ですが、資料P.13は地域の最終的な活性化を課題に置いたときに、どういうレイヤーが積み重なるのかを議論したものです。いろんなキーワードがありますが、粒度で目的に向かってどういうレイヤー構造を描けるのかを今後も議論してみたいと思っています。
座談会
栗田:
われわれは(地域金融の)課題を問うところから始めました。地域金融機関の内向きなところや、それに対する周囲からの冷ややかな目というのは、問題としてあったと思いますが、実際一緒に仕事をしてきた方々はいい人たちばかりでした。大塚さんが金融庁にいらしたのは、2016年のセンセーショナルなメッセージが出た頃ですね。大塚さんは、当時金融庁で金融行政方針等に取り組んでおられたと思いますが、これらの課題についてヒアリングを踏まえて、現在どのような考え方をお持ちですか。
大塚:
ナッジ株式会社で経営企画部を担当している大塚です。以前金融庁に勤めており、入省1〜2年は地銀などの地域金融機関や証券会社等の監督業務に当たり、その後金融行政方針の取りまとめを担当した経験があります。
金融庁のオープンラボという仕組み自体、私は外部の意見も積極的に取り入れていくというオープンイノベーションの1つの形だと考えております。
栗田さんからの問いですが、地域金融、地域銀行のあるべき姿という視点でいうと、金融行政方針に継続的に書いてある通り、人口減少や低金利環境の継続のような大きな外部環境の変化が、日本で、特に地方で起きています。
また、急速に進んだIT技術の進展と普及も、銀行に限らずほとんどすべての業態のテーマであり、企業の変革や改革は大きなトレンドになっています。
地銀がどのように変わっていくべきかがわれわれの一番のテーマですが、栗田さんからヒアリング結果の概要のご紹介にもあったように、組織やビジネスモデルを変えていくのは実際には難しく、組織の内外両面に障害があります。
このオープンラボで研究を進めてきた中で一番印象的だったのは、地域金融や地銀の在り方について、地銀職員の方々から聞いた意見と、コンサルタントや事業再生ファンドを営んでらっしゃる方、その他有識者など外部の意見が大きく食い違っていることでした。
なぜその食い違いが起こるのか。もちろん地銀職員の方も一生懸命汗をかいて、取引先企業のことを考えて日々仕事をされていますが、なぜ内外で意見の食い違いが生まれるのかということを、キーワードとして「天動説」と「地動説」を使って説明できるのではないかと思いました。
地銀は、その発祥から地域の金融経済や金融活動を支える中核たる機関として活動してきた地域のハブのような存在です。地域の企業や個人から絶大な信頼を得ていますし、多くのステークホルダーとつながってきたわけですが、それがゆえに「自分たちは全部見えている」と認識しがちな部分があったのではないでしょうか。
実際の商流や企業同士の取引関係は非常に複雑で、すぐに理解するのは難しいのが実態です。
銀行側から見たとき、取引のある企業の活動や財務状況については分かるかもしれない。しかし、その先の取引先企業、地域を超えた最終消費者にまで思いを致すのは、日々の業務に忙殺されている中では難しく、そこまで意識が及ばなかったのかもしれません。
これを私は「天動説的な物の見方」、要は自分の取引以外のことはなかなか見えづらいのだけれど、取引先とはつながっているので、銀行はその地域の経済活動についてすべてを理解できている、という発想になりやすいのではないかと考えました。
地銀の方々から「資金需要は減少しており、なかなかそこから新しい種を掘り起こせない」という声を多く聞きましたが、本当にそうなのかというのがわれわれのさらなる問いかけで、自分たちの見えている世界、そこから脱したときに初めて見えてくるものではないかという問題意識を持つに至りました。
この問題意識が「地動説的な自己認識」に地銀は立つべきではないのか、という資料15ページの右側の図で、左の「天動説的な自己認識」では、自分は取引先も含め全体が見えていると考えます。しかし「地動説的な自己認識」では、自分はあくまで地域経済、経済活動全体の中の一部しか見えていないので、ユーザーや実際の商取引を中心として、その中で自分を相対的にどう位置付け、役割をどう考えていくかが出発点となります。
世の中の潮流を見ても、IT産業ではユーザー視点、最終消費者視点を重視することが重要性を増していると思います。デジタルで経済活動の速度が速くなればなるほど、多くの事業会社、銀行の取引先も含め、最終消費者やユーザーがどうなっているのかということにより気を配っていく、そうすると、東京のような大都市に限らず、地方においてもより広い経済圏・商圏の最終消費者を見ていこう、そこを見て自分たちの製品やサービスを考えていこうとなるので、銀行が融資以外で有意義な支援を行っていく際にも、最終消費者や、今まで必ずしもリーチしていなかった層への意識や分析、そういったものが不可欠になってくるのではないかと考えています。
要するに、自分が中心で、自然に情報が集まってくるというもののとらえ方から、自分たちがアプローチできる範囲は経済圏・商圏全体の中で限られているので、そこからさらに遠くへ手を伸ばして情報をつかみにいく、そういった姿勢を持つことで初めて見えてくるもの、そして取引先企業に対して提供できる新しい支援が見えてきて、さらには新しい資金需要を掘り起こしていけるというとらえ方への変化が必要なのではないでしょうか。
ヒアリングを行った地銀幹部の方々の中には、地銀が地域プラットフォームを目指すべきであると明確におっしゃっている方もいて、これはまさに地動説的な自己意識を持っているからこその発言であり、伝統的な銀行業務の外側、コンサルティング業務などを推進していくという決意を持って日々の仕事に当たられていると感じました。
地銀がどう変わっていくかを考えることは、実は逆説的に、地域経済、より広くは日本経済があるべき姿に対して、自分をどう位置付けて、付加価値を見つけていくかということにほかならない、それを行っていけば、天動説的な考え方と地動説的な考え方のギャップも埋まっていくのではないか、と思っています。
栗田:
地銀それぞれの在り方、目的、あるいは周りの見方などの中で、地銀を冷静に見てこられた小野塚さんからコメントを頂けますか。ちなみに、小野塚さんは「ESGの女神」として、ツイッターなどで世にさまざまな問いかけをされています。
小野塚:
このグループには東京理科大学の石橋先生のご紹介で入りました。現在は技術経営を学ぶために大学院に通っています。金融庁では、サステナブルファイナンスの有識者会議で委員を務めており、皆さんに少しでもインプットできたらということで、グループに参加しています。
先ほど2015年以降のお話がありましたが、地銀取り巻く環境として大きく変わった中に「サステナブルファイナンス」があります。
ESG投資なども含め、その地域の目指す方向に向けて、金融がどうあるべきかを各国各地域が本格的に議論しましたが、それは、地銀を取り巻く環境も例外ではないと思います。
地銀というのは、多くのステークホルダーとコラボレーションしたり信頼が基盤となって、地域の持続可能性に貢献できる大きな可能性がある、そういったとらえ方をするべきではないかと思っています。
金融の形として融資もあるでしょうし、地域企業のサステナブル(グリーン)ボンドの発行をお手伝いする、あるいは自身がESG投資の対象になることで、自身のサステナビリティを高めるということもあると思います。
ここで重要なのは、サステナビリティとは、いわゆる環境とか社会の持続可能性だけでなく、経済的な持続可能性も合わせて考えなければならないということ、情報の流れは必ずしも中央や地域の銀行を経由しなくても世界と双方向につながれるというところです。これはコロナ禍を経てより、大きな変化になったと認識しています。
実際に、規制緩和と共に、違う業態に手を広げて、さまざまな収益の機会や地域貢献の機会を見つけている地銀もありました。
私は現在、資本市場に身を置く者であり、投資顧問会社で副社長を務めています。上場会社としての地域金融に関しては、資本コストを上回るリターンへの期待は引き続きありますので、いかに収益力を高めるかというPLの発想に加えて、資本をどう考えるかというバランスシートの発想、そして、もし上場企業という形を持続するのであれば、シェアホルダーへのリターンをどう考えていくのかという価値創造ストーリーをきちっと示していかなければならないということも加えて申し上げたいと思います。
一方で、上場企業でなくてはならないのか、もしかすると非上場の形で地域に貢献する方がよいかもしれない、その形を模索していくことも考えられると思います。
最後に、今回組織の話、人的資本の活用の話が出てきていますが、われわれESG投資の世界では、気候変動の後に来る次なる大きなポイントとして、人的資本の活用が広く叫ばれています。そういった中でも、地域金融が、組織、文化の変革を取締役会も含めてトップがどれだけ推進していけるのか、終身雇用の先にある世界にマッチした人事制度の構築ができるのか、この辺りに注目しています。
栗田:
組織の自己改革を新たなテーマとして研究されている石橋教授、監査法人でいくつもの金融機関の監査をされてきた國塩さん、いかがでしょうか。
石橋:
私は長銀と産業再生機構などを経て、現在東京理科大学の社会人大学院、技術系専攻MOTの教授を務めております。
私が社会人デビューした日本長期信用銀行は1998年に破綻処理されました。
長銀の事例が示しているのは、経済社会の構造変化とともに、組織も、組織を構成する個人も、自らの手で自分を変えていくことが非常に大切であるということです。
人の頭が生み出したのが経済社会ですが、その構造は、まさにレイヤー、もしくはミルフィーユになっていると、西山さんのDXの思考法(西山圭太氏著「DXの思考法」)が鮮やかに示してくれました。
その目線を自分に当てはめると、人の思考回路や行動様式、自分の組織の構造も同じなのだと思います。つまり、銀行がこれまで行ってきた業務は、さまざまなパーツ、まさにミルフィーユ構造だということです。
その中で見えてくるものは、必ずしも銀行という業態の中で閉じていなければいけないものではない、それが地銀を取り巻く方々には見えてきている、ということだと思います。
前例踏襲文化の中からはその絵は見えてこない、そんな議論がこの政策ラボの中で浮かんできたと感じています。
地銀には、先人が積み上げてきた「信用」という非常に重要な社会的プラットフォームがあります。その価値を、どのような形で生かしていくのか、社会を構成するミルフィーユ構造の中に、地銀が、信用を基軸にして、自分たちが新しく形づくるレイヤー、それをどう作ってどう差し込んでいくのか、そのためには自分たちがどう変わり、今何をするべきなのか、その腹のくくり方が、今まさに問われていると思います。
國塩:
私はもともと監査法人の出身で、約1年半前に金融庁へ出向し、現在は外資系金融機関のモニタリングを中心に従事しています。
栗田さんが地域金融機関の組織上の課題について触れた点について、私自身の経験を踏まえて具体例を交えてお話しします。
地域金融機関の課題として、組織の要となる層が手薄、現場の人はノルマに追われている、組織内の論理を優先して顧客に寄り添っていない、などの点が挙げられました。こういった点は、地域金融機関の内外の方からお話を伺う中で、大手金融機関や監査法人業界といった大規模組織の多くに当てはまる課題だと感じました。例えば私自身が長く身を置いてきた監査業界の例をとると、監査を通じて社会経済、資本市場の発展に寄与する、財務諸表への信頼性付与を超えたプラスアルファのサービスをクライアントに提供する、といった、崇高な理念を掲げており、各構成員は深く理解、認識しているはずです。
ただ、現場の実感としては、目の前にあるタスクを期限に間に合わせるとか、金融庁を含む外部権者に指摘を受けることがないよう、組織内部の手続きや文書化が一番大事といった、組織内の上層部や監督官庁への対応に追われて、顧客目線で顧客のために働く、そういった課題を考える余裕はないのが現状です。
ある監査法人の印象的な事例ですが、今から5年ぐらい前、監査業務が年々増加している中、あえて組織全体として1年以上監査の新規契約を一切停止して、既存の監査業務の手直しを行い、その結果、業務を3割程度削減することができました。
実際に組織がどう変わったかはつかめていませんが、法人として目先の収益よりも中長期的なサービス品質に重きを置いた対応という点については、やはり組織のトップがしっかりと決意を持って、既存の業務慣行や人事制度の変革をリードしないと解決には至らないということを実感しました。こういった点は、地域金融機関が今後自らを変革していくところにも当てはまると思います。
このラボに参加する中で、そういった地銀の変革や課題解決に向けた意見を体験することによって、自らが属する監査業界やその他の組織の変革にも今後生かしていきたいです。
栗田:
われわれがこの課題を深掘りする、あるいは課題自身を見つめ直す上で、結局レイヤー構造の議論にリンクする気がします。われわれの中で地域銀行に一番近いところで働かれている、金融庁金融二課の末永さん、このレイヤー構造を踏まえつつコメントいただけますか。
末永:
現在金融庁で地銀を担当する銀行第二課に所属している末永です。資料13ページのレイヤー構造図に込めた思いと、今後の展望をお話しします。
まず、この図の一番下のレイヤーは、地域の経済活動がほとんど見えていないことを表しています。もし融資先に資金供与しかしておらず、そこまで考え切れていない銀行があれば、見えている世界は一番下の層かもしれません。
一番上の層が動的な地域の経済活動を示した図です。現在の地域のステークホルダーのつながりだけではなく、今後どういった方向性につながっていくのか、つながると付加価値が生み出せるのか、というところまで透けて見えていることを表しています。
真の地域プラットフォーマーになるためには、こういったところまで見えているステークホルダーになることが求められます。
一番下の図から一番上の図まで、その間に多くのレイヤー、いうなれば解像度というものがあり、下からできる限り上を目指していくことが、地域プラットフォーマーになるためには必要なことだと思います。
他方、その道のりは容易ではありませんし、銀行などの1つのステークホルダーだけで到達できるものではありません。
資金の流れをつかむだけでなく、その裏側の商流、さらにはそこでも浮かび上がらないような情報の流れをつかんでいかなければならないからです。
こうしたたくさんの積み重なっている層の中の、1つのどこかを掌握して、ほかのレイヤーに上がっていくために別のステークホルダーの力を借りる、そういうことももしかしたら手なのかもしれません。
これからのラボの議論では、今どんなステークホルダーが、どのレイヤーで大活躍しているかというところをマッピングしていきたいと考えています。
ステークホルダーの例を挙げると、われわれがヒアリングしたあるドラッグ会社では、健康というフィールドで地域の情報の流れをグリップしようとしていて、商流データを把握し、関係者とつながって、地域のプラットフォーマーになろうという試みの1つだと思います。
そうしたステークホルダーの動きを整理していくと、今どこでそういったプラットフォーマーが足りていないのか、信用情報や、これまで培ってきた資産が生かせる領域はどこになるのか、そうした地銀の存在意義やこれからのフィールドが見えてくるのではないでしょうか。
こうして地銀が地域のプラットフォームになっていくと、もしかしたらこれまで金融庁、役所で定義していた地銀というものから、どんどん外れていく可能性もあり、その際に金融庁としてどうあるべきか、そうした在り方についても、さらに議論を深めていきたいと思っています。
栗田:
「今回は地銀の話ですが、地銀に限らず、日本の組織はどこも村社会、共同体化してしまい、あらゆる企業がサービス競争していることを忘れて、自分たちの組織を中心とする、天動説に落ちてしまうことに危機感を感じた。DX的思考からすれば、そもそも地銀は必要なのだろうか。サービス競争として中小企業を取り込むプラットフォームを展開しつつあるメガバンクとの競争、さらには中国のアリババなど、1秒で審査するフィンテックとの競争に対し、地銀はどんなサービスを提供できるのか、あるいは提供すればいいのか」というご質問を頂きました。
長らく地銀の方々もこういう問いに対してすごく苦しんで自分なりの答えを出そうとしていて、自己批判につながるような議論もなされてきたという印象を持っていますが、そこに向き合うキーワードとして「天動説」と「地動説」というものがあり、社会全体の中で自分をどういうふうに見つめ直すかという観点から、全体の中で自分を位置付け直すという「DXの思考法」がとても重要だと感じました。その中で石橋さんもおっしゃっていましたが、自分自身が変わっていこうという強い意志を持って変革を目指していく、そういう努力を継続的にやっていくことが重要だと思いました。
その上で結局「レイヤー」というキーワード、西山マジックからは逃れられないのですが、われわれとしては、地銀をその前提の中に位置付けていくために1つの手段として「抽象化」「レイヤー」ということを今後も深く考えていきたいです。
石橋:
地銀に限らず日本の組織はどこも村社会化しているというのは、まさにご指摘の通りだと思います。例えば原発事故を見ても同じようなことが起こっていたのではないでしょうか。
では「地銀は必要なのか」という話ですが、存在意義自体を自らが作り出していくことがどこの組織にも求められていると思うので、「本棚にない本」と組み合わせて自分の存在意義を作っていくことではないのかと思いました。
大塚:
企業間の競争は、付加価値を自分たちがいかに発揮しているか、発揮していけるかという競争だと思います。
銀行の方々からのヒアリングで聞きましたが、実際は「言うはやすし為すは難し」で、自分たちで新規事業を軌道に乗せていくのはとても難しい、なかなかできるものではないと思います。伝統的な金融機関以外、例えばスタートアップみたいな業界を見ても、プロダクトマーケットフィットと言われる、新しいサービスが市場に受け入れられて成功する確率というのは2割強しかないとも言われています。
他方、新しい事業を始めなければ、先細りしていくニーズの後を追うしかないのもまた事実で、苦しい旅に出るしかないのが、地銀を含め多くの日本企業の現状であり、われわれが直面しているチャレンジなのだと思います。