Special Report

「DXの思考法」セミナーシリーズ 各論編:組織(組織改革としての“METIトランスフォーメーション”)(動画)

河野 孝史
経済産業省大臣官房秘書課 課長補佐(総括)

2007年に経済産業省入省。資源エネルギー政策に関する法制度・予算等の企画調整や災害対応、気候変動問題の国内調整・国際交渉等を計7年間担当し、AI・IoT等を活用した新産業モデル創出(Connected Industries)やデータ流通ルールの整備、また独立行政法人IPAにおけるDADC(デジタルアーキテクチャ・デザインセンター)創設等のデジタル関連政策の推進を計5年間担当。2005年東京大学工学部卒業、2007年東京大学大学院新領域創成科学研究科修了、2016年カリフォルニア大学サンディエゴ校国際政策・戦略研究大学院(国際関係学)修了。

亀長 尚尋
経済産業省経済産業政策局産業人材課 課長補佐(マーサージャパン株式会社からの出向)

2009年に外資系ファームの組織人事コンサルティングチームに参画後、2012年よりマーサージャパンに在籍。幅広い業種の企業に対し、コーポレートガバナンス・役員報酬・役員指名を軸とした組織人事課題の解決に向けた支援を実施。2021年7月より経済産業省の経済産業政策局産業人材課へ出向し、人的資本経営の推進を中心に人材政策を担当。2006年東京大学工学部卒業、2009年東京大学大学院工学系研究科修了。

経済産業省をとりまく環境変化として、①政策ターゲットの変化(グローバルな政治・経済環境の激変、産業構造の変化等)、②組織内の変化(50代の増/30-40代の不足、働き方のニーズの多様化等)、③組織外の変化(労働市場の流動化、社会全体の働き方改革の進展等)がある中、平成28年より組織・政策立案の変革「METIトランスフォーメーション」を実施してきた。その内容と成果、今後の課題等について紹介するとともに、民間の人事・組織改革の第一線に携わってきた有識者と、民間の最新事例や官民比較、そして経済産業省の組織改革の今後の方向性等について議論する。

本コンテンツはrietichannel(YouTube)にて提供いたします。


河野氏ご講演

河野:
経産省を取り巻く経済社会環境や政策ターゲットの変化の中で、組織改革のプロジェクト「METIトランスフォーメーション」を平成28年(2016年)から実施してきました。

この結果等を中心に、組織改革の話、アーキテクチャとひもづけた今後の課題をご紹介します。

経産省の組織改革のゴールはまだ先にあります。皆さんさまざまなご意見をお持ちだと思いますので、ぜひ私のところに持ってきていただいて、一緒に、経産省、霞が関そして政府を良いものにしていく、それによって日本経済、日本産業が良くなっていく、そういう動きを皆さまとつくっていきたいというのが、本日の主なメッセージです。

私は現在大臣官房秘書課の総括補佐で、働き方改革、組織改革などを進める立場におりますが、大学時代はエネルギーや環境を専攻していました。平成19年(2007年)に経産省に入省し、約7年間エネルギー・環境関係の専門性を積む機会をいただきました。

その後「デジタル」が私の2つ目の軸になり、留学後、世耕弘成(せこう・ひろしげ)元経済産業大臣によるITを活用した産業構造改革の議論を担当させていただきました。その後、(独)情報処理推進機構(IPA)に出向し、新たに「デジタルアーキテクチャ・デザインセンター(DADC)」の創設を担当しました。新しい組織を立ち上げるという経験で得た組織論や人事論を、大臣官房秘書課での組織改革に役立てていきたいと考えています。

平成28年、当時の事務次官(※ 嶋田隆 しまだ・たかし)の呼びかけで、現場の若手も含めさまざまな議論が進みました。従来の、産業団体を相手にしていれば良い状態から、いかに個人あるいはスタートアップを大事にしていくかということに政策ターゲットも変わってきました。省内では、デモグラフィーが変化し、若手で退職をしていく人、ファーストキャリアのステップとして経産省を選ぶ人も増えているという状況もあります。

最近の新卒採用面談で学生の話を聞いていると、いかに短期間で自分が成長できるかが鍵になっているようで、そういうニーズに経産省が本当に応えられているのか、われわれはそういった問いに直面しています。大企業であっても組織を転々としていくのが当たり前になっていますし、経産省としてもこれが当たり前になるように政策を推進しているところです。

経産省が、社会からの期待・要請に応え挑戦を続ける組織になれているのか、個々の職員の思いに寄り添う働きがいのある組織になれているのか、この2つの観点から「目指すべき姿に近づけているのか」「どれぐらい距離があるか」「壁は何か」といった点を議論してきました。

組織の在り方には「これをやればいい」という答えがあるわけではないですが、当時の経産省の「METIトランスフォーメーション」担当の方も「屋台骨となる組織基盤」である①認識の共有・文化醸成 ②生産性向上、「組織パフォーマンスを左右する3要素」である③職員の能力 ④職員のモチベーション ⑤チーム力、まずはこの5つから進めていくということで、当時議論が開始されました。大事なのは5年たった今でもきちっとそれが引き継がれ、議論がさらに進んでいるということです。カルチャーの浸透というのは時間がかかることなので、この5つの要素について、私がきっちりそのバトンを受け継いで、この先にもつないでいくことが大事だと思っています。

1つ目の「現状認識の共有・文化の醸成」は、「どんな問題が起きているのかデータで把握し、それを継続的に見ることによってトレンドを把握する」ということで、これがスタートです。その中で「組織の現状把握」「世代・役職を超えた認識の共有」「幹部のコミットメント」この3つについて5年前から議論を進めています。

特に「組織の現状把握」は、マネジメント実態調査を継続的に実施しています。これはMETIトランスフォーメーションが始まる前から断片的にやってきてるものに継続性を持たせて、トレンドの把握に役立てています。

資料P.6のグラフは「経産省という組織に対する評価」「課室や部局の評価」「自分が向き合ってる仕事の評価」の3つに分けて、その満足度を定点観測しています。全体として大きく改善傾向にありますが、ずっと低いランクにある項目もあり、それに対する打ち手をどうするかという議論を、定量的なデータを組織として共有しながら進めるので、課題認識がぶれず、トップから末端まで同じ課題に向き合うことができるようになっています。民間企業の方々からすると当たり前かもしれませんが、省庁の中では経産省は先を行っていると思っています。

局長レベルだと私より20歳ぐらい年上の方たちがいて、「主査」(各局の総括係長のこと)には10歳ぐらい若い人たちがいますが、それぞれの年代で考えていること、経産省の役割とは何かというようなことも含め多様なので、そうした人たちが思っていることを縦で議論を通していくことが重要です。そのためのさまざまな仕組みとして、「政策企画委員BBL」のような柔らかいものから、別のフォーマルな議論の場も含め、なるべく風通しを良くしようとしており、組織として定着してきているところです。

2つ目の要素「生産性向上・働き方改革」ですが、特に働き方改革はこのコロナ禍で加速し、企業は価値向上のために採用戦線で魅力度を上げることに力を入れていますが、経産省も同じ意識です。具体的には「時間を意識して働く」、「仕事のやり方を見直す」、「ナレッジの共有を進める」、大きくこの3つの柱で進めてきています。

「時間を意識して働く」ことについて、これまではエクセルに出退勤を記入していましたが、2020年度から電子出勤簿を導入し、電子的に管理するようになりました。「仕事のやり方の見直し」という点については、政策立案の仕事に加えて、庶務的な、人によっては雑務と思ってしまうような業務もありますが、そのような業務を集約したり、テレワークで持ち帰りやすい軽量のパソコンを導入したり、名刺印刷、文書印刷、会議・イベントの準備をアウトソースできる「業務サポートセンター」を導入したり、電話の取り次ぎを減らすためにIP電話を導入したりしました。

その他業務プロセスの見直しでは、テレワークで残業は一律3時間まで、という原則を導入したり、秘書課として、適切なマネジメントのティップス(tips)を省内に共有したりしています。それによって霞が関の中でもトップレベルのテレワーク実施率が実現しています。

3つ目の「チーム力を高める」ことも進めています。政策の企画立案はチームで実施する必要があるので「マネージャーの認識を、昭和から平成そして令和に変えていく」「マネジメントの力をさらに強化するためのマネージャーレベルへの研修の機会を設ける」「チームとして一体になってチャレンジングなことに挑む空気をつくる」をMETIトランスフォーメーションとして実施をしています。

「チーム力を高める」ために10年以上前から「360度調査」を実施しています。

以前は仕事に集中しすぎるがあまりマネジメントがあまりできない上司が多かったと聞いています。他方で、最近は部下からの目線を気にするがあまり、仕事のアウトプットがあまり出ていない可能性もあります。なので、その両方が大事であることについて、360度調査の基本的なメッセージとして出しながらも、ファクトとして周りがどう思ってるか情報を集め、適切なフィードバックや追加研修を進めています。

それからチーム力を高めるチームアップチャレンジや表彰制度も行っています。働き方改革に向けたさまざまな創意工夫ある取り組みを応募してもらい、優れたものには官房長から表彰をすることもやっておりますし、各管理職のマネジメント方針を明文化して省内でシェアする取り組みも2020年度から始めています。それによって、自分の上司はどういうマネジメント方針なのか、どんな優先順位で物事の判断をする人なのか、働くスタイルは、等について、これまでのように仕事をしながら感じていくというよりは、その上司が自分で書いた言葉を見てあらかじめ把握をする、こうしたことを夏の大異動後に行うことで、チームとしての一体感が早期に高まるという工夫を進めています。

4つ目は「能力を生かす」ということです。経産省など政府組織は、国家公務員法上、給与や任用が年功序列的であったり、課長補佐になるには何年以上の経験が必要、というような制約があったりします。制度上決められた前提は守りながらも、可能な限り適材適所を実施するため、例えば若手をどんどん登用する、一般職と総合職の垣根をなくし、年次、職種、性別、プロパーか中途採用かにかかわらず、能力・意欲に応じた任用を進めていく等を進めていきたいと考えています。また、出向の形で来ていただく方、少し高い給与で特定任期付職員としてきていただく弁護士や会計士の方、中途採用も人数を拡大しています。

多様な働き方のサポートですが、育児・介護のため時間上の制約がある方は職員の中でも大勢います。経産省内全職員の約4分の1は何らかの時間的制約があるというデータもあります。こうした人たちが、どういうことに気を付けながら働くと良いか、また上司にあたる人たちはどのようにマネジメントしていけばよいかなどについて、研修でサポートしています。

若手の登用も、まだ1桁の数ではありますが積極的に進めていますし、一般職からの登用も、幹部候補育成課程を準備して、課長レベル・管理職レベルの人材を増やしていこうと考えています。女性の登用についても、男女かかわらず、能力・意欲のある人は登用していくという方向で、管理職層の女性割合も政府目標が10%のところ経産省は13%まで高めています。

外部人材に関してですが、経産省の領域はIT・金融・エネルギー・グローバル・地方創成など多岐に亘っており、やはり現場の最先端の知見が必要になってくるので、積極的に取り込んでいます。出向者や官民交流任期付を合わせると、年間約250人の職員の方に経産省に来ていただいています。どうすればそういう方々が経産省の中でしっかりと活躍していただけるのか、また、来ていただいた外部の方々が、その後の転職市場で高く評価されるような職場環境をどうすれば提供できるのか、等を検討しながら外部人材活用を進めていかなければならないと考えています。

5つ目は「モチベーションを高める」ということです。年々、何を働きがいとみなすかは多様になっています。従って、コミュニケーションをとりながら、個々の職員が「なぜ仕事をしているのか」というところまで突き詰めた上での適切な意欲の引き出し方、職場環境の構築の仕方、これらについてコーチング研修なども交えて進めています。

それから「現場主義・手触り感の醸成」ですが、産業政策を現場に即して進めていくという観点から、特に中小企業やベンチャー企業に対して、数年前から職員の派遣を始めています。こうした取り組みをどんどん進めていくことで、若手がスタートアップの経営層に入った時に、どんな課題を感じるのか、その課題を経産省の施策としてどう役立てるのか、こうした感覚を磨くための環境を整えています。

最後に、今後の課題について述べます。

まず、私が入省した時や若手の頃と比べ、以上のような取り組みがかなりの効果を生んできていることを実感していますが、今後はその継続的な実施、すなわち継続的にゴール達成までやり切る、ちゃんとバトンを渡す、ということが大事だと思っています。

2つ目として、働き方改革が職員の実感につながっているかを測っていくことです。KPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)にもいろいろあります。どのくらい家族で夕飯が食べられたか、夜の予定を実現できたか、出張に行きたいと思った時行けたか等、改善実感につながるための数値の特定と継続把握、そしてこの取り組みが職員の実感を伴うようにしていくことが大事だと思っています。

3つ目は「人材戦略」で、このような取り組みを実施していくにあたり、経産省のミッションを遂行し必要なアウトプットが出せる人材について、必要な質・量をそろえることができているかという観点での議論をしていく必要があります。そのためには、経産省のゴールを最大化するために働き方改革をやっているので、まず経産省の役割は何なのかをはっきりさせること、そしてその役割の実現に必要な人材像を定義すること、さらにはそれに到達しうる人を採用し、そうなるように育成すること。まさにアーキテクチャ的な視点を活用し、全体の目的を意識しながら、採用・育成・任用等の要素をつなげていかなければいけないと思っています。今後秘書課としてさまざまな仮説の検討や職員との対話の場を設けていきたいと考えているので、視聴者の皆さまにおかれてはぜひ主体的なご参画をお願いしたいです。

資料の最後のページに「デジタル臨調による総理指示」という内容を載せています。霞が関全体として、同じような論点が、問題意識高く設定されてるということのご紹介です。2021年12月22日にデジタル臨時行政調査会が開催され、岸田総理が、デジタル原則の旗振り役として霞が関がしっかり改革していくべき、そのために、(1)真に必要な分野に人材を確保・配置すること (2)外部登用を含めて優秀な人材が活躍できるような方策 (3)デジタル技術を徹底活用できる、働きやすく、やりがいを持てる魅力ある職場環境の整備、を挙げられました。これらのご指示に対応するという観点でも、METIトランスフォーメーション、その内数としての人材戦略を、省内の皆さまと対話しながらしっかり進めていきたいですし、同時に、省外から組織改革・人材改革の最先端を知ってます、やりたいです、という人材を、秘書課の外部人材として取り込んでいくことも必要だと思っておりますので、関心のある方はぜひお声がけいただきたいと思います。

以上、組織改革とアーキテクチャについて、現状と今後の課題についてご説明させていただきました。ご視聴いただきありがとうございました。


亀長氏ご講演

亀長:
私は「マーサージャパン」という、組織・人材に関する企業の課題に特化してアプローチをしているコンサルティングファームから出向し、経済産業政策局・産業人材課の課長補佐を務めています。

私がマーサージャパンで行ってきた3つの主要な業務は、(1)コーポレートガバナンス・役員報酬関連のプロジェクト (2)経営人材育成・サクセション関連のプロジェクト (3) 人事制度設計・人材マネジメント関連のプロジェクトです。

私がお伝えしたい内容は大きく2つあります。最初に民間での組織人材マネジメントについてのトレンドが、どのように流れているかについてお話しさせていただき、それに続いて民間の事例や類似点・相違点についてご紹介させていただきます。

人的資本情報の開示を巡る活発な動きが世界中で起こっています。昨今、人的資本開示、人的資本投資といったキーワードを耳にする機会も増えていますが、欧州、米国それぞれにコロナ前から流れが続いている状況です。

欧州は2014年からEUによる「非財務情報開示指令」が発出されまして、2019年にISO (International Organization for Standardization:国際標準化機構)が人的資本マネジメントに関する指標を整理し、「ISO30414」が取りまとめられました。2021年に「非財務情報開示指令の改定案」が発表され、対象企業がさらに拡大している状況です。

米国でも2019年に「サステナビリティ会計基準審議会」が改訂版スタンダードを公表し、2020年には、米国証券取引委員会が「Regulation S-K」改正案を公表し、人的資本に関する情報開始が企業に対して義務化されるなど、人的資本に関して世界的にフォーカスが当たってきています。

日本でも2021年6月にコーポレートガバナンスコードが改定され、人材や人的資本に関する記載が盛り込まれました。例えば第3章では、自社の経営戦略・経営課題の整合性を意識したかたちで、人的資本投資等について投資家に対し開示することが企業側に求められました。これが非常に大きなきっかけとなり、人材や人的資本に関する議論が企業の中で活発化しています。

そういった流れと並行するかたちで、METIでも「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」を立ち上げ検討してきました。第4次産業革命などによって産業構造が大きく変化し、少子高齢化が進み、人生100年時代が到来した中で、企業を取り巻く環境が大きく変化しているだけでなく、個人のキャリア観も大きく変化しつつあり、これまでの日本型雇用コミュニティが見直されるべきではないかという議論が、この研究会で非常に活発に行われました。

これまではクローズドのコミュニティの中で企業運営がなされてきましたが、メンバーが出入りすることが前提のオープンなコミュニティを企図していくべきではというのが、この研究会の大きなメッセージになりました。資料P.6は「人材版伊藤レポート」のサマリーで、左側の「Not this」というのが「Before」、「But this」というのが「After」だとご理解ください。

これまでの日本企業は、人材マネジメントに対しオペレーション志向なところがありました。人材に対してお金を使うことが、「投資」ではなく「コスト」と見られる傾向が強かったように思います。そういった考え方を、企業価値の向上にうまくつなげられるような人的資本投資とは何かをとらえ直すことが重要です。

また、これまでは人材マネジメントは人事部門に任せるという考え方が主流で、経営戦略とのひもづけが意識されにくい側面がありましたが、それを「人材版伊藤レポート」では、人材マネジメントと経営戦略を結び付けて、経営陣や取締役会がイニシアチブを持つべきである、あるいは社外取締役を含めた取締役会でモニタリングしていくべきではないか、という点を強調しています。

「人材版伊藤レポート」が示す「人材戦略に求められる視点」は3つありまして、経営戦略と人材戦略がきちんと連動しているところが視点1です。視点2は「As is-To Beギャップの定量把握」で、例えば重要な人材課題があった場合、目指すべき姿はどのように可視化され、現状とのギャップをどう明確化すべきかを、経営陣の間で議論し、投資家に示していく必要があると強調されています。視点3は、人材戦略の実行プロセスを通じて、企業文化の醸成をしていくことです。

共通要素は5つあります。例えば「知と経験のダイバーシティ&インクルージョン」とは、属性のダイバーシティを高めていくだけではなく、多様な知や経験を持った外部人材をうまく取り込み、彼らが活動しやすい環境整備をしていく中で企業のパフォーマンスを高めるといった視点・発想がこれまでの日本企業では必ずしも強くなかったのではないかということを書いています。

「人材版伊藤レポート」は、価値観レベルの話が多いですが、企業は具体的に何をやっていくべきなのかという観点で、企業のアクションをガイドする検討会を、2021年7月に開始しました。そこでアウトプットとして、本年度中に、何かしらのかたちで皆さまにご披露し、それをもって、民間企業の皆さまとの議論をより深めていければと考えております。

資料P.15ですが、これは日本企業が人材マネジメント上で何を問題視しているかについての表で、一番課題視しているのは「人事戦略が経営戦略に紐づいていない」点でした。これはある種METIの課題とも符合する部分かと思っています。

ここからMETIトランスフォーメーションの取り組みに関連するかたちで、民間の事例をご紹介させていただきます。資料P.10をご覧ください。基本的には組織人材マネジメントという点では官も民も重要なポイントはかなり一致していると思いますが、相違点を3点挙げさせていただきました。

1点目は「職員の仕事のコントロール」です。官僚組織は、企業が持つ収益責任がない一方、さまざまな政策領域を丸ごとカバーし、政・民の期待要請に真摯にこたえていく責任がある中で、独断の職務の質や量のコントロールが難しい側面があります。

2点目は「職員のローテーション」で、不正防止等々の観点から、幹部から職員まである程度定期的に人材異動が行われています。対象となる職員側だけでなくマネジメントする担当者側も定期的に異動することを前提に考えていかなければいけないという側面があります。

3点目は「職員のモチベーション」で、仕事に求める報酬として、金銭報酬ももちろん大事ですが、経験の価値もケアされるべきではないかと考えています。

資料P.11では、5つのMETIトランスフォーメーションの取り組みに関連して、民間の現状を簡単にご紹介します。

「現状認識の共有・文化醸成」は、多くの民間企業でも実行が一番難しいととらえられていると思います。ただ、民間企業で目的が達成されている事例で共通しているポイントは、組織・人事に関する課題が、可能な限り明確に言語化されている点です。言語化されていれば意見も言いやすいですし、あるべき姿に近づいているのかを図ることができ、「How」をディスカッションできる状況が担保されますが、そこが曖昧だとうまくいきません。

加えて、民間の場合はCEOやCHROが、現状認識やあるべき文化について、社員とインタラクティブに語る機会が定期的に設けられており、進められるべき改革はきちんと軌道修正されます。せんえつながら「METIでも可能な工夫案」も書かせていただきました。省レベル、局レベル、課レベルで、組織人材課題がどこにあるかについて議論されるべきだと思いますし、省全体で、あるべき文化や課題についての対話機会があるだけでなく、そこからブレイクダウンした局・課単位での政策立案や実行体制の確立を進めていくことが重要ではないかと考えます。

資料P.12の「生産性向上・働き方改革」ですが、コロナ禍により、重要性が議論されるフェーズから、どうやって実現していくかに論点が移ったという印象を持っています。一部の企業では、リモートワークの環境の整備で議論が終わってしまっている側面もありますが、先進企業では、直接・間接部門問わず、テクノロジーを最大限に活用して、職務生産性を高める動きに移行しています。これを機に「やめてしまえる業務は何か」のような抜本的な議論を進めることが、生産性を向上させるような施策にもつながったのではと思います。

有名な話として、トヨタ自動車はパワーポイントを使ったプレゼンテーションを廃止しましたし、ある製造業の会社は、関与する人が増えると無駄な議論も増えるということで、新規事業立ち上げや改革について、関与者を可能な限り限定したという例があります。当たり前にやっていたことの中で何をやめるかを議論していくことは、METIでも有効だと思います。

先ほど私が強調させていただいた官と民の違いの中で、職務の「スクラップアンドビルド」は難しいと申し上げましたが、その辺りもMETIで議論をしていくことは可能だと思います。

「チーム力を高める」と「能力を活かす」についてですが、能力を生かした適材適所に向けて民間企業で議論されている点は、社内人材の役割責任の在り方です。

この人はマネジメント人材なのか、専門家人材なのか、専門家人材ならば何の専門家人材なのかを、人を中心に議論していく、あるいはそういった人材が共存して企業のパフォーマンスを実現していく仕組みとはどうあるべきかを議論していく必要があります。

加えて、人材の出入りを前提とした制度の在り方、どんな分野で社外人材の採用が必要なのか、その外部人材が活躍しやすい環境作りとはどうあるべきか、その解決策として昨今ジョブ型への移行の是非が議論されていると思います。活躍イメージを細分化・類型化すること、継続的にフォローができる体制を人的に整えていくこと、スタープレーヤーを作ってロールモデルになっていただく、などは、民間では比較的行われていますが、METIでも取り組んでいく、そしてそれが定着していく中では、既存のメンバーの考え方が変わっていかないと、中途人材は定着しないということが、今後浮かび上がってくると思うので、そこを重点的につぶしていくことが重要だと思います。

「モチベーションを高める」ですが、最近では「モチベーション」ではなく「エンゲージメント」という表現がちまたで話題になっており、重視する傾向は非常に顕著ですし、それを高めることが経営者の責任であるという認識も明確になってきていると思います。

当然ながら国内外のハイパフォーマンスの企業は、組織や個人の健康状態を日常的に観察し、迅速に手を打っています。よってMETIでもエンゲージメント状況の把握の解像度をどう高めていくべきか、頻度をどう高めていくべきか、エンゲージメントが高くない人材はどこにいるのか、その人たちに対して個別にアプローチするにはどうすべきか、丁寧にコミュニケーションをとって取り組んでいく、ある種、手がかかる、当たり前のことをきちんと細やかにやっていくことが、METIにも求められることではないかと思います。


河野氏と亀長氏の対談

河野:
亀長さまは、人材戦略と経営戦略が紐づいてないことが一番の課題と指摘されていて、それに対する打ち手として、ソニーグループ社とオムロン社の事例を踏まえながら、課題をなるべく言語化する、責任者が社員とインタラクティブに語れる機会を設ける、大きくこの2つを挙げていらっしゃいました。ただ、言語化と対話は、時間をかければやれそうにも見えるのですが、なぜそれが他社ではできないのか。やろうとしてつまずくのか、それともやるという動きが生まれないなのか、やるけれど成果につながっていないのか。ソニーグループ社やオムロン社は他の企業と比べてどこが優れていたのか、このあたりについて伺えますか。

亀長:
経営戦略と人材戦略をどのように結び付けていくべきか、は非常に難しい課題です。ひとつのうまくいっていない典型には、経営課題を全社の人事部門が引き受けようとしすぎて、それを無理にそしゃくしようとしすぎてしまうケースがあります。ソニーのような企業は、人事部門が考えるべきことと、事業部門が考えるべきことをうまく役割分担しており、そこは重要な点だと思います。

現場の戦略、現場の人材課題を解像度高くとらえているのは、実は人事部門ではなく現場部門である場合もありますので、そのあたりの企画を、一部現場に任せながら、人材マネジメントの専門性を持って、人事部門がそこを支援していく形で、経営戦略と人材戦略を結び付けながらスムーズに執行していく体制を整えていらっしゃることが、大きなポイントだと考えています。

河野:
ありがとうございます。次に、抜本的に働き方改革を進める観点からは、単にテレワークができるようするようなことだけでなく、トヨタ社の例でご紹介いただきました。「一気にこの仕事をやめてしまおう」というような議論が進んだということは、大変重要だと思います。そこで、どんな業務だったら非線形な改革をやりやすいのか、どんな業務からこうした改革を進めていくと良いのか、伺えますか。

経産省に限らず政府全体で、他律的な業務は比較的多いと感じています。報道されているような、国会対応みたいなものも少なからずあるのは事実ですけれど、コロナ対策や災害対応のような社会的課題に政府として対応しなければいけない業務、かつ当初予定されておらず急きょやることになる業務に対しても、働き方改革の対象として聖域なく取り組んでいくことも大事と考えております。どんなふうにやっていくと抜本的な働き方改革につながるのか、そういう観点で民間の事例を踏まえたご示唆をいただけますでしょうか。

亀長:
民間企業の人事部門も、大企業の人事部門であればあるほど「継続性のマネジメント」という表現がされるぐらい、これまでやってきた制度をいかに継続していくべきかに加えて、経営陣からの指示でどんどんやることが増えていくということは、METIや官僚組織だけでなく、大企業、大組織の共通した課題だと思います。

それに対して民間がどのように解決に取り組んでいるかというと、人材課題をとらえた時に、何が優先的な課題なのか順に並べて、取締役会のような最高意思決定機関にかけて、どうしていくべきか議論していくことによって、さまつな議論にエネルギーが割かれないように仕向けます。そしてコーポレートガバナンスのようなトレンドもうまく活用しながら、やることをそぎ落としているのが、民間でうまくいっている典型の1つだと思います。

立ち上げたイニシアティブをどう止めていくのかの撤退基準や、優先順位が高いものから順に並べた時に、リソースが割けない部分を世間にご理解をいただくような対話の在り方を検討していく方向性が良いのではと思います。

河野:
ありがとうございます。全部がんばるということではなく、人、予算、時間の制約を意識した上で、何から取り組んでいくか、優先順位を作っていくことが、霞が関であれ、経営陣には求められるということをしっかり認識していきたいと思いました。

亀長:
METIの中では、組織改革を指導する担当者は定期的に入れ替わるので、中長期的な目線で取り組みを進めるのは難しく、かつ、そういう施策のコンテクストは複雑なので、歴代の担当者間で丁寧に引き継いでいくには限界があります。よって、こういった組織施策の成否について、時の担当者に頼り過ぎないことが重要ではないかと思います。

緩やかでも良いので、長く関心を持ち続けていただき、担当者任せで不満を抱くのではなく、皆さん自身が引き受けて考え、民主的な対話の場、コミュニティを形成していくことが、施策を成功させる上で重要ではないでしょうか。それぞれの時々の立場にこだわりすぎず、中長期的な議論と取り組みを継続していくような、幅広なコミュニティを作っていけると良いと思います。私も出向期間中できる限り努力する所存です。

河野:
亀長さま、ありがとうございました。METI内部・外部の方々も含めて、経産省あるいは霞が関の組織改革を一緒にやっていきたいという方は、ぜひご意見をお寄せいただければと思います。職員の皆さまと主体的に議論を進めていく仕組み作りが大事だと思っておりますし、そうしたレールを引いておくことが、私の限られた任期の中で絶対に取り組みたいと考えていることです。

2022年2月7日掲載