アジア経済の新たな軸、南アジアを考える(動画)

福岡 功慶
コンサルティングフェロー

南アジアの経済成長は目覚ましく、インドは人口でまもなく中国を抜き、経済規模でも近くASEANを超え2030年には日本をも抜くとされている。ここでは、RIETIコンサルティングフェローであり経済産業省通商政策局南西アジア室長の福岡功慶氏から、南アジアのポテンシャルの高さと今後の日本企業の現地展開に向けたポイント、日本と南アジアの経済外交高度化の方向性について聞いた。
インタビュアー:佐分利 応貴 RIETI国際・広報ディレクター

本コンテンツはrietichannel(YouTube)にて提供いたします。


南アジアのポテンシャル

佐分利:中国、ASEANに次ぐ南アジアの可能性に関して教えていただけますか。

福岡:南アジア全体の経済成長率予測は、2021年が7.2%であり、今後も成長が見込まれる数少ない地域だと思っています。国連の予測では、インドは2030年に人口が15億人に上り、中国を抜くとみられます。生産年齢人口も2050年時点で8億人の中国に対し、インドは11億人と予測されており、中国を凌駕するポテンシャルを持つといえます。

加えて、バングラデシュも非常に有望です。1990年代以降、1人あたり国内総生産(GDP)は増え続け、過去10年の経済成長率は平均6%台、2019年の成長率は8.2%でした。人口も24歳以下が約46%を占め、これから非常に有望だといわれています。

しかし、南アジアに進出する日本企業の数は北米や中国、ASEANにはまだまだ及ばないのが現状です。

日本企業は南アジアを含めたアジア戦略を

佐分利:南アジアを担当されて、日本企業には今後どのような取り組みが必要だと思われますか。

福岡:南アジアに日本企業の進出が進んでいない理由はいくつかあり、まずASEANや中国よりも遠いですし、文化的な差異もASEANや中国に比べて大きいです。インドは積極的にネゴシエーションをする文化がありますし、英語に対する苦手意識はまったくありません。

ただ、南アジアのポテンシャルを考えれば、それを乗り越えるだけの価値があり、日本企業は南アジアを重要な市場として考えるべきときに来ているのではないかと思います。実際、欧米企業はうまくインド人・企業と連携しているので、日本企業がむしろ世界的な標準からズレているのかもしれません。そこで、今回の特集テーマでもある「シン・アジア」を考える上で重要な視点を3つご紹介したいと思います。

1つ目に、アジアの認識を南アジアまでしっかり面的に広げていくことが必要です。日本で出版される本では、アジアが北東アジアや東南アジアぐらいで止まっていることがあり、多くの日本企業の認識もそうではないかと感じます。

経済産業省の「海外事業活動基本調査」によると、2018年の日本企業の在外現地法人数は中国が7800法人、ASEANが7400法人、北米が3300法人ですが、南アジアはカテゴリーすらなく、「その他アジア」の2500法人の内数となっています。実際はインドだけで日本企業は千数百社ありますが、まだその程度です。日本は南アジアもフォーカスに入れて、サプライチェーンはどうあるべきか、どのように製造・サービス拠点を配置すればいいかといったことを考えるべきときが来ていると思います。

その際のアプローチも多様化すべきです。これまでのような現地に工場をつくり現地の人材を育成して企業城下町をつくるやり方は、中国やASEANで非常にうまくいったと思いますが、南アジアへの進出を考える際はそれに捕らわれず、現地企業とアライアンスを組んで現地企業にある程度任せる、デジタル技術を活用してASEAN拠点と南アジアの拠点を結んでサプライチェーンを可視化し、生産性の向上を図ることなどの手法も大事だと思います。

そうした観点から、われわれは今、日豪印の経済閣僚で「サプライチェーン強靭化イニシアチブ(Supply ChainResilience Initiative)」という枠組みを4月に立ち上げ、マッチングイベントの開催やベストプラクティスの共有、協力プロジェクトの組成などの取り組みを進めています。また、日本貿易振興機構(JETRO)と連携し、日豪印ASEANの産官学を集めた「サプライチェーン強靭化フォーラム」を通じ議論を深めています。これらを通じインドが地域のサプライチェーンに接続され、日本企業のサプライチェーンが強靭化・高度化される流れを促進していきたいと考えています。

アジアを共に成長していくパートナーに

2つ目に、アジアを「共に成長していく対等なパートナー」としてとらえることが非常に大事だと思います。東アジア、ASEAN、南アジアはそれぞれに強みがあり、日本と強みを生かし合えるパートナーであると意識することが重要です。

その際、新興国側が求めるものは何か、彼らは何であれば本気で取り組むのかを理解しなければならないですし、日本として提供できるものは何か、利益になるものは何かなど、お互いの利益が交わる領域をつくることが重要だと思います。

具体的な事例としては、私がタイの日本国大使館に駐在していた頃の話になってしまうのですが、内視鏡によるがん診断・治療のトレーニングセンターをタイにつくりました。ASEANの経済発展に伴い、平均寿命が延びてくる中で、現地におけるがん・生活習慣病対策の重要性が増していました。そこで、ASEAN各地から医療関係者がタイに学びに来て、日本側からは一流の医師が定期的に来て指導するというビジネスモデルを構築しました。トレーニングセンターをつくることで、そこで訓練を受けた新興国の医師が日本製の医療機器を気に入って各国で日本製の医療機器がよく使われるようになるというメリットもあります。

このように、彼らの社会課題に対していかにWin-Winなものをつくって貢献できるかということを眼目にしつつ、双方が成長を取り込めるようにすることが重要だと思います。タイの事例を出しましたが、インドや南アジアでは別の社会課題があるので、後ほど紹介しますが、それに応じたWin-Win事例を作っています。今後の国際産業政策はまさに、日本とアジアが対話し、Win-Winになれる分野をきっちりと特定し、その分野における日本企業と現地企業の協業を取り持つことが必要だと思います。

アジアから真摯に学ぶ

3つ目に、アジアにおけるイノベーションから真摯に学ぶことです。ASEANやインドでは、デジタル技術を活用して社会課題を解決する動きが加速しています。アジア・デジタルトランスフォーメーション(ADX)といって、日本企業と新興企業との協業を支援する取り組みが生まれていますが、そうした協業を経て現地で生まれたイノベーションを日本に逆流させる(リバース・イノベーション)という発想が今後さらに重要になると思います。

具体的には、インドでは富士フイルムがAIを活用したがん・生活習慣病の健診サービス事業を進めています。インドにおいて、健診サービスを安価で待ち時間少なく、かつしっかり提供することを目的に、AIがまず受診者の診断画像を解析します。それを可能にするのは、日本がこれまでの経験から積み上げた質の高い教師データです。画像診断で病気の可能性の高い人と判断された人を中心に医師が詳細に診ればコストを抑えられますし、医師の負担も軽減できます。これを日本ですぐにやればいいというわけではないかもしれませんが、社会的なニーズに応じてAIをどんどん導入する事例から日本が学ぶことは非常に多いと思います。

インドデジタル人材・企業と積極的に連携を

最後に、インドとの連携で今後最も有望だと考えているデジタル分野を紹介させてください。インドの理工系大学の卒業生は年間150万人(日本の大学卒業生約50万人の3倍)もいるのに対し、日本では2030年以降、理工系技術者が約30万人不足するという予測があります。GAFAがインド人材を経営部門から自社サービス開発部門・採用部門まで幅広く活用している一方で、日本企業との連携は進んでいないのが現状です。

それは日本企業、インド人材双方に、連携するメリットのイメージがあまり湧かないからではないかと思うのです。しかし、日本企業からインドIT企業へシステム開発を外注する、研究開発をインドで行う、日本企業がインド人材を採用する、それぞれに成功事例があります。例えば、インド工科大学のAIエンジニアをインターシップとして受け入れたところ大活躍して採用に至ったのですが、オンラインインターンとして雇う給料はわずか月4万円であったとか。そういう優良事例を類型化して、日印双方に広く伝えていくことが日印デジタル連携促進において重要だと考えています。

佐分利:先ほどのトレーニングセンターのように、現地の専門家と日本から派遣された専門家が連携して、日本の技術を学びながら人づくりができていくといいですね。

福岡:トレーニングセンター戦略は、欧米企業の戦略に学びました。欧米企業が欧米の有名大学医学部に提供した寄付講座でアジアの医師を育成し、その医師たちが母国に帰って出世し、指導的な立場に立ってその欧米製の機器を使い続けるという仕組みがありました。

では日本に置き換えたときに何ができるかというと、日本とアジアの距離は近いですから、むしろ最初からアジアにつくってしまった方がやりやすいだろうと考えたわけです。これは日本の医療に対する信頼感という前提がなければ難しいのですが、そうした分野はまだまだあると思います。ぜひRIETIでもこの点をフォーカスしていただけるとありがたいと思います。

2021年6月22日掲載