RIETI ポリシーディスカッション

第2回:銀行保有株買い取り 評価と課題
中央銀行主導は次善の策—本来は政府の業務。流動性供給より望ましい

小林 慶一郎
研究員

銀行危機の本質・債務超過の継続

9月18日の臨時政策委員会で、日銀は、銀行が保有する株式を買い上げる構想を発表して世界を瞠目(どうもく)させた。これは、銀行に対して日銀が実質的な公的資本注入を行うという決意表明であり、日本の銀行システムが危機状態にあるという日銀の宣告である。本稿では、銀行システム危機に対する政策対応の実証研究を紹介し、今回の日銀の政策構想を評価したい。

もともと銀行危機とは預金者が預金引き出しに殺到するパニック(銀行取りつけ)を指すことが多い。日本でも銀行危機はこの意味で使われるので、パニックを起こしていない現状では「日本の金融システムは危機的状態ではない」と主張される。

しかし、最近は、銀行パニックは銀行危機の「症状」に過ぎず、本質的問題は、銀行システムが全体として「債務超過(インソルベンシー)」の状態に陥っていることだ、という認識が研究者の間で広がりつつある。このような意味で、日本の金融システムは実質的な「危機」状態にある可能性が高い。

世界銀行の分類によると、1970年代後半以降、世界93カ国で113回の大規模な銀行危機が、44カ国で50回の中小規模の銀行危機が発生したとされる。ほとんどの先進国は銀行危機を経験しているのだが、通常は五年以内に危機を収拾することに成功している。ところが、世界銀行は「日本は92年以降、銀行危機の状態にある」と分類している。

つまり、銀行危機の本質は、債務超過であり、この観点からすれば、日本は10年以上にわたって危機の中にある、とされているのである。銀行危機への政策対応は次の5つに分類される。

【無制限な流動性供給】
パニックの伝播(でんぱ)を防ぐために中央銀行は無制限な流動性供給を実施する。本来は健全な銀行だけに流動性を供給すべきだが、危機時には健全な銀行と不健全な債務超過銀行との区別は困難である。そのため、往々にして不健全行にも流動性が供給され、非効率な銀行の延命につながる。行き過ぎた金融緩和、あるいは日銀特融のような政策である。

【無制限な預金保護】
国民の動揺を防ぐため、政府は預金の全額無制限の保護を行うケースが多い。日本でも96年のペイオフ(預金などの払戻保証額を元本一千万円とその利息までとする措置)凍結で預金全額保護を導入し、今も全面解禁に至っていない。

【規制の先送り】
危機時に、債務超過の銀行に対して会計基準を甘くするなどして営業の継続を許容する政策である。80年代に中南米向け債権が焦げ付いた米国の大手銀行に対して先送り政策がとられ、結果的に成功したとされている。

【公的資本増強】
債務超過の銀行を健全にするには、資本を増強することが不可避である。直接的な資本注入だけでなく、不良債権や銀行のリスク資産(株式等)を政府または中央銀行が高い価格で買い取ることも、広い意味では資本増強策と分類される。

【整理回収機関の設置】
銀行危機に際しては、膨大な不良債権を処理することが必要になる。不良債権処理は、通常の銀行業務とはまったく異質な仕事であり、銀行本体よりも、専門業者または専門機関が実施するのが効率的だといわれる。そのため、各国の銀行危機の例でも、政府が公的な整理回収機関を設立して、不良債権処理を進めさせることが多い。

資本増強は財政コスト増やさず

世界銀行のエコノミスト、ホノハン氏らは、最近の40の銀行危機データを使って、これらの政策の効果を実証的に分析した。

まず、危機解決に要する財政コストに与える影響については、1)「流動性供給」「預金保護」「規制の先送り」は財政コストを増大させる有意な効果を持つ、2)「資本増強」「整理回収機関」は最終的な財政コストに有意な影響を与えない――ことが分かった。

流動性供給、預金保護、規制の先送りは、債務超過に陥った銀行の営業継続を支援する政策であり、経済学者がモラルハザード(倫理の欠如)を助長すると警告してきたものである。1)の実証結果はこの懸念を裏付けるものと言える。

資本増強や整理回収機関の設置が財政コストを増やさないという結果は注目に値する。これらは銀行の債務超過の「穴」を埋める政策であり、直接的な財政支出を伴う。しかし、銀行危機解決までのトータルな財政コストを増やす政策ではない、という結果が出たのである。

この結果は、銀行への公的資本増強や積極的な不良債権処理の推進に関して「新たな財政コストがかかるから」と反対する意見に対して、1つの反証を示している。つまり、債務超過の穴埋めをする政策が「穴=財政コスト」を作り出した訳ではなく、政策を実施する前からもともと「穴」は空いていたのである。

次に、実物経済の回復に対する影響については、3)「流動性供給」は経済成長を阻害する効果を有意に持ち、他の政策ツールは有意な効果を持っていない、ということが分かった。つまり、銀行危機時に、中央銀行による流動性の無制限な供給を行うと、危機解決に要する財政コストを拡大させ、さらに、経済成長をも阻害するのである。

また、国際通貨基金(IMF)によるケーススタディーによると、全体が債務超過に陥った銀行システムを再生する政策は、通常の銀行監督業務とまったく性質を異にするという。したがって、銀行危機への対応戦略を主導するのは、日常業務を抱えた金融監督当局や中央銀行ではなく、新しい機関にやらせる方が効率的だとされる。特に中央銀行の流動性供給機能と(個別銀行の整理とうたを含む)銀行再生業務は、利益相反を起こしやすいため、中央銀行による銀行再生はコストがかかるといわれる。

たとえば中央銀行が銀行再生を主導したチリの場合、不良債権処理や企業への与信まで中央銀行が管理する状況になり、結果的に銀行再生に膨大な国民負担が発生した。銀行再生に成功したスウェーデン、スペイン、アメリカなどでは、時限的な特別機関を新たに設置し、その機関が銀行再生を主導した。

モラルハザード激化など懸念も

もし「日本は銀行システム危機に陥っている」という現状認識が正しいならば、本来とるべき政策は、「銀行再生のための独立性の高い機関を設置し、その機関が主導して、銀行の資産査定を厳格に実施させ、厳格な不良債権処理を行い、公的資金による資本注入で銀行資本を十分に確保する。その後、ペイオフを解禁し、流動性供給は適正水準に戻す」ということである。

日銀による銀行保有株式の購入は、流動性の供給を増やす政策ではなく、銀行の株価変動リスクを日銀が肩代わりする実質的な公的資本増強である。本来的にはこれは中央銀行業務ではなく、政府の業務である。また各国の経験は、中央銀行が銀行再生を主導する場合、国民が負担するコストが最終的に拡大しやすいことを示している。

さらに、直接的な資本注入と異なり、株式買い上げは経営責任の追及がなされないので、銀行や発行体企業のモラルハザードを激化させる懸念が大きい。したがって今回の日銀の構想は、将来的に大きな国民負担をもたらすおそれが大きいが、日銀が新政策を実施しなければ国民負担が軽減されるわけでもない点に注意が必要である。

つまり、もし現状が銀行危機ならば、政府が抜本的な対処をする場合に比べて日銀が乗り出す今回の構想は大きなコストをもたらすが、政府も日銀も何もしない場合には資本増強の代わりに流動性供給と預金保護が拡大されることになるため、国民負担はより一層大きくなるのである。 現状が危機であるという認識に立った以上、日銀は考査基準の厳格化等を通じて、不良債権処理と銀行資産の回復に向けた二の矢、三の矢を打ち出すべきであろう。日銀主導による副作用はあっても、現状よりは経済を改善できる見込みがあるからである。

この文章は日本経済新聞(2002年9月26日)より転載されたものです。

2002年10月15日

2002年10月15日掲載

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