インタビュー vol.1

現場のニーズに応えるデータ分析を発信する

池内 健太
RIETI上席研究員(政策エコノミスト)

2012年、一橋大学大学院経済学研究科博士課程単位修得後退学。2015年、同大学にて博士号(経済学)取得。ヤフーバリューインサイト株式会社アナリスト、文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)研究員、政策研究大学院大学SciREXセンター・プログラムマネージャー補佐、独立行政法人経済産業研究所(RIETI)研究員を経て、2021年より現職。専門は、研究開発、イノベーション、生産性の実証分析であり、査読付国際学術誌に多数の研究論文を発表しつつ研究活動に従事している。

インタビュアー:尾崎 大輔(日本評論社『経済セミナー』編集長)

1. データに基づく意思決定がおもしろい

尾崎:
今回からスタートするインタビュー連載「政策と学術研究の架け橋を目指して」では、2001年に設立された政策シンクタンクである独立行政法人経済産業研究所(RIETI)で学術研究・政策研究に取り組む皆さまに、政策現場に近いところでの研究の実際や、その醍醐味を伺います。初回は池内健太さんです。まずは自己紹介から、よろしくお願いします。

池内:
RIETIで上席研究員(政策エコノミスト)を務めている、池内健太と申します。現在は、主に企業の研究開発(R&D)やイノベーションや企業の生産性について、応用ミクロ計量経済学のアプローチで実証研究を行っています。

尾崎:
学生時代のご専門などを教えてください。

池内:
2002年に中央⼤学商学部の商業・貿易学科(注1)を卒業しました。当時は就職に役立つだろうと考えてビジネスに直結しそうな商学部を選びました。もっとも、勉学自体は好きで、多様な授業を受講する中で統計学に関心を寄せるようになりました。中でも、本庄裕司先生(現・中央大学商学部教授)の「経営科学(マネジメント・サイエンス)」は非常に興味深い内容でした。データを使って経営上の意思決定を客観的に最適化する学問で、実務にも役立つと感じたからです。この授業がきっかけとなり、本庄先生のゼミに入りました。

学問に興味を持ったもう1つのきっかけは、マーケティング・リサーチ会社でのインターンシップです。当時は堀江貴文氏が創業したIT企業・ライブドアが上場するなど起業ブームでもあり、ベンチャーのリサーチ会社である「株式会社インタースコープ」のインターンに参加しました。そこではなんと、統計学や経営科学の授業で学んだデータ処理や回帰分析をそのまま実務に活かすことができたんです。大学での学びを仕事に直接活かせる実感が持てたことは、非常に貴重な経験となりました。

加えて、本庄先生のゼミでは、アカデミックな卒業論文の執筆を重視する指導方針のもと、ライティングの形式的な側面までしっかり教えていただきました。研究者志望の学生が多くない大学ではきわめて独自性のある方針だったと思います。当時は「ネットワーク外部性」という概念に非常に関心があって、卒論ではネットワーク外部性に着目し、ゲームのソフトウェアとハードウェアの売上がどのような相乗効果を持っていて、デファクト・スタンダードがどう決まるのかを定量的に分析しました。

また、先生からは大学院進学をすすめていただき、また進学するなら経済学分野がよいのではないかというアドバイスもいただいて、本庄先生の指導教員でもあり産業組織論がご専門の小田切宏之先生(現・一橋大学名誉教授)がおられた一橋大学大学院経済学研究科の修士課程を目指すことにしました。学部ではきちんと経済学を習っていなかったので、受験ためにミクロ・マクロ経済学を一から勉強し直しました。無事に合格できたのですが、入学後のコースワークでは非常に苦労しました。

2. 仕事をしながらの大学院生活

尾崎:
修士課程ではどのような研究をされたのでしょうか。

池内:
修士論文では、なぜ都市ができるのか、なぜ経済は集積するのかというテーマで、外部性の中でも「集積の効果」、特に影響が周囲に漏出する「スピルオーバー効果」に着目しました。小田切先生からは指導教員として産業組織論を基礎から教えていただきました。サブゼミとして、深尾京司先生(現・RIETI理事長)のもとでも学び、ミクロデータを用いた生産性の測定や、それをマクロの経済成長に関連付ける考え方を教えていただきました。現在もRIETIで継続している「JIPデータベース」(注2)のプロジェクトに当時から参加する機会もいただきました。加えて、授業でお世話になっていた岡室博之先生(現・駒澤大学経済学部教授)には、先生が当時立ち上げた新規開業企業へのアンケート調査を行う大型の科研費プロジェクトにリサーチアシスタントとして雇っていただき、アンケートの集計とレポーティングなどに従事する機会をいただきました。

また、修士課程在学中もインタースコープで契約社員として仕事を継続し、学費程度は自分で稼いでいました。働きながら学び、学んだことを研究だけでなく仕事にも活かせる環境で、仕事ではクライアントの広告効果の測定や、アンケートの設計・実施・分析をしていました。正直、仕事の方が生活のメインだった気がします。当時は研究者になろうとは思っておらず、大学院でアカデミックな知識をきちんと身に付けて、自分が仕事をするうえでのアドバンテージにしたいと考えていました。

インタースコープでは、アンケート調査の設計を、実務を通じて学ぶことができました。これは、大学の授業ではなかなか教わることができない、実務的なノウハウが強みを発揮する分野です。アンケートを設計し、HTMLやJavaScriptでスクリプトを書いて、ウェブ上でアンケートが意図通りに機能するかをチェックするという、非常に地味で労働集約的な作業です。でもこの経験のおかげで、アンケートの設計・分析に関する実践的な感覚を身に付けることができ、岡室先生のプロジェクトでもそれを活かすことができました。

3. 博士課程在学中に政策系シンクタンクへ:NISTEPとRIETI

尾崎:
博士課程でも、同様に仕事と研究の両方に取り組まれていたのでしょうか。

池内:
実は、子どもができたタイミングで2 年間は仕事に専念しようと思い、博士課程に進学した直後に休学しました。そして、インタースコープの関連会社の「株式会社インタースコープ・フロンティア総研」で正社員として雇っていただきました。2年後には博士課程に復帰して、博士論文は提出するつもりでした。

尾崎:
仕事にも継続して取り組みながら研究され、途中で家庭を持たれても博士課程も中断後に続けられるというのは、現在いろいろなキャリアを考えている方々にとっても勇気づけられるお話だと思います。博士号取得後の進路はどのように考えておられたのですか。

池内:
やはり研究者になろうとは考えておらず、大学に籍を置きながら仕事をすることで自分の市場価値を高めたいと思っていました。ただ、そうこうしているうちに、深尾先生が文部科学省の研究機関である科学技術政策研究所(注3)(NISTEP)で研究グループの統括を務めることになり、そこで働いてみないかとお誘いいただき、お世話になることになりました。

ただ、文部科学省の準公務員となり兼業ができないため、この時点でマーケティング・リサーチの仕事との両立は断念することにしました。

当時は博士課程在学中であり、博論を書きながら深尾先生のプロジェクトをお手伝いするという仕事で、具体的には大きく2本の柱がありました。

1つはNISTEPで行っている統計調査、「全国イノベーション調査」(注4)の実施です。もう1つは、深尾先生ご自身が関心を持っておられた、研究開発などの無形資産が企業の生産性や経済成長にどう影響しているのかについての研究です。当時は、無形資産への投資が注目されはじめた時期でもあり、深尾先生は、科学技術政策とイノベーションや生産性をつなげようと考えておられたのだと思います。

また、2011年から始まった文部科学省の「SciREX(サイレックス)」(注5)プロジェクトにも関わることになりました。EBPM(Evidence-Based Policy Making)の先駆け的な取り組みで、科学技術イノベーション政策におけるエビデンスに基づく政策形成を目指して、「政策のための科学」を推進するプロジェクトです。NISTEP でも SciREXに関連した研究に力を入れていくことになりました。ここでは、文部科学省だけでなく科学技術振興機構(JST)の研究開発戦略センター(CRDS)とも連携しながら研究を進める機会にもめぐまれました。NISTEPを起点に、いろいろな方向にネットワークを広げることができました。

尾崎:
NISTEPは研究者としてのキャリアの重要な転機の1つと言えそうですね。

池内:
はい。そして、NISTEPの任期満了後にRIETIに就職しました。ただ、そのときは大学や民間企業なども視野に、転職サイトに登録して幅広く就職活動を行いました。

尾崎:
実際に、民間企業などの面接も受けられたのですね。

池内:
はい。当時(2015年頃)は、ディープラーニングが注目されAIブームでした。それもあり、データ分析を実務に活かせる仕事ができるならおもしろいだろうと思って仕事を探しました。しかし、実際にはアンケート調査を中心とした従来的なリサーチの仕事がほとんどで、それなら民間企業でなくてもよく、RIETIの方が自分の研究を進めやすいだろうと思い、就職を決めました。ただ、RIETIに就職するには博士号の取得が必須だったので、頑張って博論を提出しました。

尾崎:
RIETIでのポジションは、どういったものだったのでしょうか。

池内:
研究員として、主に自分の研究に専念する立場です。特定の研究テーマを割り当てられることはなく、自分の研究を自由に進められる環境でしたので、これまで取り組んできた研究を継続することができました。特に、研究開発やイノベーションに加えて、NISTEPのときからお世話になっていた元橋一之先生とともに、学術的な論文データと特許データを結合し、科学と技術の相互作用を実証的に明らかにする研究に力を入れてきました。

4. 政策現場のニーズに応える知見を提供

尾崎:
RIETIは、政策現場に近い研究機関です。省庁との連携プロジェクトなども行われているのでしょうか。

池内:
現在は政策現場と連携して「研究開発税制の効果検証」に取り組んでいます。研究開発税制とは、企業の研究開発費の一定割合を法人税額から控除できるというもので、研究開発の促進が目的です(注6)。この政策の効果検証を、経済産業省の担当者から政策上のニーズを伺いながら、EBPMの枠組みで実施しています。この制度は何度か改正されており、その効果に関する具体的な要望を担当者からヒアリングしています。また、分析結果を政策にどのように活用できるかについて、現場の担当者と意見交換を重ねながら検討しています。

尾崎:
政策現場の方との密なやりとりがあるのですね。これはRIETIならではのお仕事という感じがします。

池内:
そうですね。1~2カ月に1回程度の頻度でミーティングを行いながら進めています。現在RIETIでは政府のEBPMへの貢献に力を入れており、政策担当者の方々と連携したプロジェクトを他にも複数進めています。

尾崎:
研究者ではない方々とのコミュニケーションで気を付けていることはありますか。

池内:
RIETIでの政策研究もマーケティング・リサーチの仕事と同じくクライアント・ワークなので、まずはクライアントのニーズをつかむことが大切です。それを受けて、データの収集と分析の方針を考え、結果をまとめて報告して理解していただくのが仕事なので、両者は似た面があると思います。ただ、RIETIのクライアントは省庁の官僚の方々で専門知識をお持ちで理解力も高く、分析結果の説明などで困ることはほとんどありません。

尾崎:
政策研究は、ご自身の学術的な研究との相乗効果はありますか。

池内:
実は、私自身は学術的な研究成果を上げること自体に強いこだわりはありません。むしろ、いただいたニーズに対して最適な結果を導くことに魅力を感じています。研究が何かしら世の中の役に立てればいいなと思っていて、そういう意味では一般的な研究者像とは少し異なるかもしれませんね。

5. おわりに

尾崎:
最後に、今後のご自身のキャリアの展望と、これからキャリアの選択を考えていこうと考えておられる方々に向けたメッセージをお願いします。

池内:
RIETIの特徴の1つは、研究のサポート体制が非常に充実しており、研究員は研究に専念できる環境が整っていることです。一方、同じ政策系のシンクタンクのNISTEPでは、国際会議の手配や調査委託先の選定、見積りの手配といった事務作業も研究員が担当し、マネジメント体制は大きく異なります。

どちらの体制が優れているかは一概には言えないのですが、NISTEPでは研究計画と並行して予算計画も自ら立案し、所内の承認を得て遂行するという、大学のラボや省庁の課室に近いスタイルでした。若いうちにこうした経験が積めたことは非常に有意義だったと感じています。NISTEPで培った事務やマネジメントの経験から得た学びも多く、逆にRIETIからNISTEPに移っていたら相当な負担を感じていたかもしれません。

とはいえRIETIは、大学と比較しても研究に専念しやすい環境が整っていると感じています。大学では授業はもちろん、学務も非常に忙しくなることがあると聞いています。RIETIの研究員は事務・管理的な業務の負担がほとんどないので、研究に集中したい人にとっては非常に恵まれた職場と言えるでしょう。

尾崎:
政策系のシンクタンクというと、いろいろな調整業務や事務も少なくないのかと思っていたので意外でした。

池内:
もう1つのRIETIの特徴は、研究の自由度の高さです。政府系の研究所というと、すでに結論が決まっていることに関するレポートの作成を命じられたり、研究テーマが上から決められたりするイメージをお持ちの方が多いかもしれませんが、そういうことはまったくなく、自分のやりたい研究を応援してもらえる環境です。

加えて、RIETIの持っている信用や幅広いネットワークは、研究を進めていくうえで大きな強みだと思います。企業や海外の研究機関などにネットワークを広げたければ、いくらでも広げることができます。「RIETIの池内です」と言えばとりあえず話は聞いてもらえる可能性は高いですし、海外も含めて外部機関からのアプローチも少なくありません。また、経済産業省などの省庁とも密に連携できるのも大きな魅力の一つだと思います。

尾崎:
政策現場の方々に科学的なエビデンスを伝えることも、研究員の重要なミッションでしょうか。

池内:
はい。RIETIのような機関は、社会に役立つ研究成果を発信し続けなければ、その存在意義が問われてしまうと思います。大学の先生方は研究活動に加え、人材育成という形でも社会に大きな貢献を果たしています。一方、私たちは基本的に研究活動に特化しているため、単なる自己満足に留まる研究成果では不十分だと考えています。 RIETIでの研究を政策現場や社会にしっかりと還元し、社会的な価値を生むことを目指して、今後も研究に取り組んでいきたいです。

[2025年6月18日収録]

※本記事は『経済セミナー』誌(日本評論社)とのコラボレーション連載です。

脚注
  1. ^ 2022年4月より「国際マーケティング学科」に名称変更。
  2. ^ 「JIPデータベース」(https://www.rieti.go.jp/jp/database/jip.html)とは、日本の経済成長と産業構造変化を分析するための基礎資料として、2006年からRIETI で提供されている生産性に関するデータベース。
  3. ^ 2013年に科学技術・学術政策研究所に改組。
  4. ^ 「全国イノベーション調査」(https://www.nistep.go.jp/research/rdand- innovation/national-innovation-survey)は、経済協力開発機構(OECD)を中心とした国際的な協調のもと、企業のイノベーション活動の実態や動向を調査し、科学技術・イノベーション政策の企画、立案、推進および評価に必要な基礎資料を得ることを目的に、2002年度からNISTEP が実施する調査。
  5. ^ 文部科学省「科学技術イノベーション政策における「政策のための科学」推進事業(SciREX 事業)」(https://www.mext.go.jp/a_menu/kagaku/kihon/1348022.htm)。
  6. ^ 経済産業省「研究開発税制について」(https://www.meti.go.jp/policy/ tech_promotion/tax/about_tax.html)を参照。

2025年11月7日掲載

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