政策決定プロセスについてのコロナ禍の教訓

執筆者 小林 慶一郎(ファカルティフェロー)
発行日/NO. 2023年11月  23-P-023
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概要

2020年から突如始まった新型コロナウイルス感染症のパンデミックでは、様々な政策失敗の教訓が得られた。他国に比べPCR検査の普及が顕著に遅れた理由は、PCR検査が持つ経済政策的な機能(検査結果の情報が経済社会の「情報の不完全性」を緩和して経済活動を適正化する機能)が無視され、医療行為としてのPCR検査の最適な運用を追求した結果であった。これは縦割り思考の典型であり、また、政策に対して広く国民がどのように思考し、反応するか、ということを政策当局者が我が事として考えるという「再帰的思考」の欠如を例証している。

再帰的思考の欠如は、日本の政策失敗のエピソードにおいてしばしば出現する。たとえば1990年代の不良債権処理の遅れも、銀行界にとって望ましい緩やかなスピードで処理を進めようとした結果、広く家計や一般企業の間に疑心暗鬼を発生させ、マクロ経済の停滞につながった。これも管轄領域の内部の都合で政策を決めた結果、外部の膨大な人々に大きなコストをもたらした事例であると言え、当局者が外部の人々の「思考について思考する」という再帰的思考を欠如させた結果であった。

再帰的思考の欠如を戒めたのが合理的期待仮説の原点となったルーカス批判である。また、再帰的思考は、当局者と市民が対等の立場に立って相手の思考を思考することであり、民主的な現代社会の政策決定の前提となる倫理的な価値規範である。本稿ではコロナ危機関連のRIETIでの研究成果も紹介している。