【WTOパネル・上級委員会報告書解説㊱】ロシア-一定の農産品及び工業品に関する関税措置(DS485)-moving target及びシステマチックな適用のある措置-

執筆者 清水 茉莉 (経済産業省)
発行日/NO. 2021年7月  21-P-013
研究プロジェクト 現代国際通商・投資システムの総合的研究(第V期)
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概要

本件は、ロシアの農産品及び工業品に関する多数の関税措置についてGATT2条1項(b)不整合が認定された事案である(パネル判断で確定)。係争措置には譲許税及び実行税双方が混合税であり税率の比較が複雑になる類型も含まれるが、パネルは、実行税率が譲許税率を超える分岐点となる課税価格(分岐価格)の特定について、措置の構造を示唆する違反例を示すことで足り、詳細な数学的論拠は不要であることを明示した。安定性・予測可能性を要する関税譲許の性質に照らし、譲許違反は、措置の設計・構造上実行税率が譲許税率を超えうることによって立証できるとする先例に沿った判断であり、妥当である。

また、係争措置に、パネル審理中に修正・撤廃された措置(いわゆるmoving target)が含まれ、審理対象の特定や勧告の要否が重要な争点となった。本件パネルは、申立国の同意及び措置の各段階の論理的な関係性を考慮して審理対象を特定し、「違反し続ける範囲で」と留保していずれの措置についても是正を勧告するという分析的・合理的なアプローチをとった。今後の事案でも同様のアプローチが取り入れられるかが注目される。

さらに、パネルは、一定類型の関税待遇をシステマチックに付与するという内容の独立した複合的な措置の存在の立証に関して、個別適用の単なる反復では足りず、システムによって裏付けられている必要があるとしつつも、反復頻度が高くシステムの存在を示していることがありうる(more likely than not)場合は、システムの存在を推認しうるとした(結論として本件では措置の存在を認めず)。しかし、反復頻度の高さのみに基づいて措置の存在の推認(立証責任の転換)を認めやすくする判断基準の妥当性には疑問がある。