【WTOパネル・上級委員会報告書解説⑩】EC-アザラシ製品の輸入及び販売を禁止する措置(DS400, 401)-動物福祉のための貿易制限に対するWTO協定上の規律-

執筆者 伊藤 一頼  (北海道大学)
発行日/NO. 2015年4月  15-P-005
研究プロジェクト 現代国際通商・投資システムの総合的研究(第II期)
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概要

2009年にEUは、先住民によって狩猟されたアザラシや、海洋資源管理のために狩猟されたアザラシを除いて、アザラシから製造された製品の域内における輸入および販売を禁止する規制を導入した。これは、アザラシの非人道的な殺傷方法に関する市民の道徳感情に対応するための規制であり、動物の福祉を動機とした貿易制限であるといえる。これに対し、カナダとノルウェーがWTOに提訴した。WTOの上級委員会は、まず、本件措置は先住民狩猟によるアザラシ製品の輸入を認めていることから、アザラシの含有という製品の「特性」に着目する規制とはいえず、貿易の技術的障害に関する協定(TBT協定)の適用対象にはならないと判断した。これは、動物福祉を目的とする貿易制限に対する法的規律が、措置の設計しだいで大幅に弱められてしまう恐れを惹起した。次に、GATT違反の問題に関して上級委員会は、本件規制は「公徳の保護のために必要な措置」(GATT第20条(a)が認める例外事項)に該当すると判断した。動物福祉に関する道徳的な懸念が「公徳」上の問題であることは柔軟な基準で認定されており、今後も同様の貿易規制に正当化の道を開く可能性がある。本件措置は結果的に、GATT第20条柱書の要件を満たさない(先住民狩猟と商業的狩猟の間、および先住民狩猟同士の間で、制度の設計や運用に関する差別があった)ため、例外条項による正当化はできないと結論されたが、これは措置の部分的な修正により対応しうる余地もある。総じて、本件判断は、動物福祉に動機づけられた貿易制限をWTO協定上も合法と認める可能性を広く示したといえるが、それは本件でEUが導入した措置の特殊な制度設計(特に動物福祉と並んで先住民文化の保護をも政策目的としている点)によるものでもあることに留意する必要がある。