日本の産業レベルでのTFP上昇率:JIPデータベースによる分析

執筆者 深尾 京司  (ファカルティフェロー)
発行日/NO. 2010年11月  10-P-012
研究プロジェクト 産業・企業の生産性と日本の経済成長
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概要

本稿では、日本産業生産性(JIP)データベースを用いて、日本のマクロ・産業レベルの生産性動向を分析した。主な結果は次のとおりである。

1)1990年以降の日本における2.2%という労働生産性上昇率は、同時期の米国の2.0%と比較して決して遜色がない。ただし、米国ではTFPの上昇が主、物的資本蓄積が従の要因として、労働生産性を上昇させていたのに対し、日本では物的資本蓄積が主、人的資本蓄積が従の要因として、労働生産性を上昇させていたという違いがある。TFP上昇を伴わない資本蓄積主導の労働生産性上昇は、資本過剰を通じて資本収益率を低下させ、最近の投資低迷を生み出している可能性がある。

2)産業別に見ると、1990年代以降TFP上昇が急落したのは製造業の方であった。非製造業で問題なのは、1970年代以来一貫してTFP上昇が低迷していたことであった。

3)より詳細な産業別にTFP上昇を他の主要国と比較すると、日本における情報通信技術(ICT)生産産業では、米国や韓国と同様に高いTFP上昇を記録した。しかし、流通業や電機以外の製造業などICT投入産業において、TFP上昇が1995年以降下落した。なお、他の先進諸国と比較して、日本ではそもそもICT投資の対GDP比が長期にわたって停滞してきた。

4)日本におけるICT投資の停滞は、企業による労働者の訓練や組織の改編といった、いわゆる無形資産投資の問題と密接に関連していると考えられる。日本企業は米・英企業より活発に研究開発支出を行う一方、組織改編や労働者のオフ・ザ・ジョブ・トレーニングへの支出が特に少ない。また、他国と比較して日本の製造業では、活発な研究開発を反映して労働生産性上昇への無形資産蓄積の寄与が大きいのに対し、非製造業では寄与が相対的に小さい。

以上の結果を概観すると、日本の生産性低迷は労働市場の機能不全と密接に関係していることが分かる。セーフティー・ネットを拡充する一方で雇用の流動性を高め、また正規労働とパート労働間の不公正な格差を無くすなど、労働市場の改革を進めることが急務であろう。